第33話 黒の五つ紋
(簡易人物メモ)
福島亜紗(8): 黒船TA 社員
西野裕(3): 西野黒船食品 社長
寺田真人(2): 寺田デザイン 社長
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「まさか黒船さんから本業のお仕事依頼が来るとは思っていませんでしたよ」
黒船ターンアラウンドの社員である福島亜紗は、西野農園と西野黒船食品の代表者を兼務している西野裕とともに、和歌山市内にオフィスを構える株式会社寺田デザインを訪れていた。
寺田デザインと言えば、南紀ウメスタSCのチームエンブレムとユニフォームのデザインを担当してくれた会社であり、同時にクラブのスポンサーでもある。
一方で、寺田デザインの本業は農業に特化したデザイン&マーケティングである。味に加えて見た目でも野菜を買ってもらうをコンセプトに、県内では一定の知名度を有する存在でもあるのだ。
「梅農家さんなんですよね?」
「あ、は、はい。そうです。私は婿養子なんですが、妻の家が代々、木国で梅農家を営んでおりまして」
ミーティングルームにて出されたコーヒーを恐縮しながら手にした西野は、寺田デザイン社長の寺田に声をかけられて慌ててカップをテーブルに置いた。
「梅のデザインは実はあんまりやったことないんです。ほら、梅って加工して売られてるので、直接そのままスーパーに並ぶことが少ないでしょう」
梱包やパッケージにそれほど気を使わなくて済むゆえに梅農家は他の農産物を使っている農家よりも利益率が高い。その強みを捨ててまでデザインにお金をかける先が少ないのである。
もちろん福島も西野農園の梅のデザインを寺田に頼むつもりはなかった。あくまで西野黒船食品としての依頼である。
「それにしても、黒船さんはなんでもやりますね。てっきりスポーツを中心に事業展開されているものとばかり」
「もちろんそれがメインなんですけど、私の所属している黒船ターンアラウンドのミッションは地域の活性化です。木国ブランドを盛り上げるためならなんでもやりますよー」
「なるほど、そうなんですね。それと…黒船さんの社員となられてからお話するのは初めてですが、いかがですか?」
以前ユニフォームのデザインをお願いしに行った時、福島はまだ地域のWEBメディア「ジモットわかやま」の編集者であった。その時に黒船入りを勧めてくれたのが寺田である。
あれからまだ半年も経っていないなんて、もう随分と昔の話に聞こえてしまう。
「いやあ…名前の通りブラック企業ですね。私なんて広報担当のはずなのに、関係会社の商品開発までやらされてますから、あはは」
「でも楽しそうですよ。あ、元々ワーカーホリックなんでしたっけ」
「あ、それはもう、そうです」
開き直って答える福島に寺田は声をあげて笑った。仕事好きな人間は仕事好きな人間のことが好きなのである。
「それで、今日は新商品のお話だとか」
「あ、はい! その通りでございます。西野黒船食品の第一号商品の試作品が出来上がりまして、そのデザインとか諸々ご相談しようと思って伺いました」
ここ1ヶ月の間、福島は西野と共同で必死に黒船食品の新商品のリリースに心血を注いでいた。さすがに西野農園の梅を使うわけにもいかず、大量に冷凍梅を買ってきては色々と試行錯誤を繰り返していたのだ。
西野黒船食品は今年の3月、西野農園の救済スキームの一環として、黒船ターンアラウンドと西野農園の二者で立ち上げたジョイントベンチャーである。3月の経営会議で黒船サッカーパークを管轄する役員の矢原から、黒船食品のビジネスに疑問を呈されて以降、見返してやるつもりで働いていた。担当役員の細矢は口に出さなかったが気にはかけており、先日ひとりでトロングジムの社長にプレゼンして案件を獲得してきたくらいだ。
「まず、これ…食べてみてくれませんか?」
福島が自身のバッグから小さなタッパーを取り出すと、寺田の前に差し出した。寺田はそれを受け取って、蓋を開ける。
「これは…うめぼし、ですか?」
「そうです」
しかし梅干しと言うには違和感がある。その表面は鮮やかな赤い色ではない。赤というよりは、臙脂色と言うべきか、暗い赤だ。
「…そうか! 黒船だからですか?」
「あ、そうです。社名に色が入ってますので、せっかくなら黒をテーマにした商品にしようと思って作りました。本当はもう少しぱっと見で黒いって感じにしたいんですが、そこはまだ色々工夫してるところです」
「なるほど、でもいいですね。色が特徴であれば、デザインする側にとってはやりやすいです」
福島に勧められるがまま、寺田がその梅干しを指で摘んで口に放り込むと、想像していた酸味が口の中に広がらないことにやや驚く。
「…おお、甘いんですね」
「はい。お菓子というわけではないんですが、お茶請けみたいなイメージで考えています」
福島の言う通り、ご飯の上に乗せるような梅干しとは一線を画している。かと言って、甘味というほど甘ったるいわけではない。お茶請けという表現はしっくりきた。
「はちみつ梅みたいなものですね、これは」
「あ、そうですそうです。これははちみつではなくて」
「黒糖を使ってるということですか」
「です。はちみつに漬けているやつは結構メジャーだと思うんですが、黒蜜でやってみたんです」
「なるほど。だから色も黒っぽいんですね。甘い梅干し=はちみつのイメージありますけど、黒蜜というのは新しいですね。何よりおいしい。甘さは控えめですが、独特のコクがあるというか、深みは感じますよ」
「イメージは贈答用の高級梅干しです。梅はこの試作品は違うんですけど、実際は西野農園の最高級のものを使いますし、黒糖は沖縄県宮古多良間島産の純黒糖を使ってます」
単価の高いもので勝負するというのは新商品考案時における細矢の意向だった。食品販売会社を作ったとはいえ自分たちは素人。安いものを工夫しておいしくすることも難しいだろうし、大量生産して利益を生み出すような仕組みの確立も困難だ。シンプルに良いものを使ってそれなりの値段を頂き、おいしく食べてもらおうというわけである。
梅干しを食べ終えた寺田が腕組みをする。
「これのデザインということですよね。まずは商品名を決めるところからかなぁ…なにか福島さんの方で考えてるものありますか?」
「あまり良い案は…。高級路線で梅干しなので、日本語の名前が合いそうだなとは思ってます。あと特徴に合わせて黒にゆかりのあるネーミングが良いです」
寺田が棚からネーミングで使えそうなマニアックな辞典や数冊取り出してパラパラとめくる。
「黒っていう色は実は呼び名が少ないんですよね。黒ってもうオンリーワンじゃないですか。他の色であれば濃さとか淡さで色んな表現ができるんですが…そうなると、喩えがいいかな」
「喩え?」
「そうです。カラスって言ったらみんな黒をイメージするでしょう?」
「あ、なるほど。夜とか、海苔とか?」
「うん、そういう感じですね。食べ物を食べ物で喩えても仕方ないので、それ以外にしたいけど…高級路線…ーーーあ、着物はどうですか?」
「着物?」
寺田が棚から和服のカタログを取り出して、ページを開いたままテーブルの上に置いた。
「そうそう、黒留袖」
「くろとめそで?」
「黒留袖は、最も格の高い着物で、文字通り黒いんです。結婚式や披露宴で新郎新婦のお母さんが着てるやつですね」
「あ、確かに言われてみれば皆さん黒い着物着てますよね」
黒留袖とは、既婚女性が着る着物の中で最も格式の高い第一礼装のことである。結婚式や披露宴で、新郎新婦の母親や親族、仲人夫人が着用するが、黒の着物に、背中と両袖の後ろ側、両胸にそれぞれ一つずつ、合計五つの家紋を染め抜いたものが特徴とされる。
「イメージには合ってると思うのですが」
「いいです! すっごい合ってますよ! 名前はそのまま使いますか?」
「もし文字るなら…黒梅袖とかですかね」
「採用」
「え、もう決まりでいいですか?」
「ビシッと決まってる感じがします! 西野さんこれでいきましょうよ!」
「あ、は、はい。私もいいと思います。でも、あまりに格式高い感じがして作る側からするとプレッシャーですね…」
「今からそんなんでどうするんですか! 私達で木国を代表する一品を作るんですよ! 黒船といえばサッカーというイメージを覆すくらいやらないと。食品会社がサッカーチームやってるんですね…みたいに言われたいです、どうせだったら!」
福島の勢いにバシバシ押されている社長の西野を見ながら寺田も笑みを浮かべる。
「これで良ければすぐデザイン入りますよ。黒の五つ紋をイメージしながらやってみます」
「お願いします! …あ、でももう少し商品を名前に寄せたほうがいいのかな」
「というと?」
「この着物、ぱっと見は黒っていう印象になっちゃいますけど、帯の黄色もすごい映えてるじゃないですか。それをこの商品で表現しようと思うと
…たとえば、金箔を乗せるとか」
「ナイスアイデアですね。原価とオペレーションのバランスは考えたほうがいいとは思いますが、多分一気にそれっぽくなる気がします」
福島は立ち上がって荷造りを始めた。
「西野さん、帰って金箔乗せてみましょう! あ、寺田さん。デザイン案できたらメールで送ってください。社長とかにも見せないといけないから!」
視界が開けた気がした。デザイン案をもらう前にもかかわらず、福島の頭の中では、黒梅袖の完成図とそれが店頭に並ぶ絵がありありと映っている。
「今から一気にやれば今年の梅の収穫に間に合うかもしれないですよね。夏くらいには商品として出せると思うんです」
「そうですね、やりましょう。ぎゃふんと言われたいです人がいっぱいいますもんね」
「いるいる! 矢原さんもそうだし、銀行の人も! あの時もっと融資しておけばよかったって思われたいです」
西野も立ち上がり、福島の後を追うように部屋を出ていく。寺田はすぐに内線でスタッフを呼んでデザイン案の作成に入った。
こうして黒船食品を代表するお菓子「黒梅袖」の開発が本格的にスタートしたのである。
つづく。




