第32話 黒船カップの開催(19/5月)
(簡易人物メモ)
木田(4): 南紀ウメスタSC データ収集班
高橋(2): ウメスタサポーター
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2019年5月。南紀ウメスタSCは2戦2勝で県リーグ2部における中断期間に入ることとなった。勝ち点として同率のチームはあるが、ウメスタは2試合で7ゴール無失点。得失点差で首位に立っている。
県リーグの日程として、次節に当たる第3節の開催日は8月であり、試合が最も集中しているのは11月である。一方で、5月から7月の3ヶ月間は試合がない。そこで、かねてより糸瀬らが画策していたイベントがこの日、wetubeチャンネルを通して公開された。
第1回黒船カップの開催である。
黒船カップは、南紀ウメスタSCの運営会社である黒船サッカークラブが主催の小規模な大会であり、ウメスタを含めた全8チームがトーナメント形式で優勝を争う。3位決定戦はなし、トータルの試合数は7試合である。
大会の開催地は言うまでもなく黒船サッカーパークであり、具体的には人工芝の第一練習場にて各ゲームは行われるが、決勝戦のみ会場はメインスタジアムとなるようだった。
トーナメント表はまだ公表されていないものの、出場チームは一覧で見られるようになっていた。
南紀ウメスタSCのデータ収集班に任命された木田は、高橋の自宅にも関わらず彼のPCにかじりついて、対戦する可能性のあるチームの下調べを行なっていた。
「この前の試合さー」
ベッドでスマホを眺めていた高橋が木田に声をかける。
「後半の選手交代どう思った?」
「あー…三瀬?」
「そうそう」
「どうって別に…仕方ないんじゃない?」
前半の攻撃は素人のこちらが見ていても明らかに機能していなかった。慣れているメンバーに戻して勝ち点を取りに行く作戦は合理的に思えた。
「ちょっと厳しすぎないか? 懲罰交代じゃん、あんなの」
「まぁそういう言い方もできるのかな」
PCから目を離した木田が椅子を回転させて高橋の方へ身体を向けた。
「前半は確かに悪かったよ、でもその日がデビュー戦だぜ。せめてハーフタイムで修正の指示出して後半少し様子見るとか、できただろ絶対」
「お前シモさんの采配が間違ってるって言いたいのか?」
「いやそう言われるときついけどさ、でもそう思わないか?」
「うーん…リーグ戦は1敗もできないわけだから、そこらへんは厳しく判断したってことじゃないの?」
「でも目先の一勝ばかりに気を取られてたら選手は育たないよ。三瀬は若いんだ。実践の中で教えてあげるべきなんじゃないかな」
高橋の言葉に木田は苦笑した。すっかり身も心もサポーターになっている。実際自分もそうだが、プライベートが充実すると仕事も捗るようになる。これまでリストラの危機に遭っていたことも含めてなおさらであった。毎日に彩りがあるとでも言えばいいのだろうか。
高橋の心配している選手の起用や育成について、おそらくそういう議論はクラブでも死ぬほどやっているに違いないと木田は根拠なく思っていた。試合に出すことも経験だが、交代させられること自体が成長の糧になることもある。
「シモさんはそんな簡単に選手を見捨てたりしないだろ。それに前半うまくいってなかったけど、三瀬は浮いてなかった。周りの選手のレベルと遜色ないってことだよ」
「それは俺も思った。あいつ多分うまいよな」
「判断ミスはあってもパスやドリブルのミスはなかった気がする。ハマれば絶対に機能するはずだよ」
だからこそ経験を積ませるべきだという高橋の主張は一理あるが、何せ県リーグの試合数は少ない。6チームによる2回戦総当たりで、1シーズンたったの10試合である。
この5月から7月の中断期間に何かしらの経験積む方法があれば良いのにと思っていた矢先の黒船カップであった。
「どっかおもしろそうなチームあった?」
もちろんそういう観点で楽しみながら見ていた節があるが、木田はチームを調べながらすぐに気がついた。
「これ、参加してるの全部1部リーグのチームだわ」
「あ、まじ?」
やはり2部よりも1部の方がしっかり情報公開しているチームも多く、データ集めの観点では助かる。
おそらく黒船カップはチームの強化目的。開幕戦と第二節で2部リーグはある程度勝ち上がれる自信がついたのか、一足早く1部リーグの強さを体感したいという運営側の意図を感じた。
「じゃあ全部相手は格上ってことかぁ」
「リーグ単位で見ればだけどな」
ウメスタは2月のプレシーズンマッチで関東1部のシェガーダ和歌山と引き分けている。その結果を鵜呑みにするわけではないが、各選手の経歴を見る限り、他県を含めた県1部リーグ所属選手が複数在籍していることからも、1部リーグ相当の力はすでに持っていると考えた方がいいかもしれない。
であればこの黒船カップは、現時点のウメスタの立ち位置を知る良い機会と捉えられた。それに、1部レベルで満足するわけにもいかない。今年と同じように、来年も1部リーグで圧倒できなければ、その上の関西リーグの扉は開かれないのだから。
「でもよく1部のチームがみんな参加してくれたよな」
「…そりゃあ、賞金あるからでしょ」
そう、黒船カップの大きな特徴は50万円という優勝賞金があることだ。この50という数字はこの規模の大会では破格であり、どのチームも当然に優勝を狙ってくるだろう。
「ある意味リーグ戦より本気になるかもな、これ」
「見てる方はおもしれーじゃん。…ーーーあれ、この伊勢瑞穂FCっていうところだけ、他県のチームだ。しかも2部」
「伊勢ってことは三重か?」
「そう、三重県社会人サッカーリーグの2部」
なぜ他県のしかも2部のチームが参加しているのだろうか。チームはおそらく黒船側が決めているはずなので、何か意図があってのことなのか。
「うお、2部の試合結果見てるけどすげーじゃん。負けてるようち」
県リーグの2部では、開幕戦アウェイで2-4、第2節はホームで7-1。まるで野球の試合のようなスコアで連勝を飾っている。単純に比較する話ではないが、2試合の得失点差を加味するとウメスタ以上の独走状態である。
「スコアだけ見ると攻撃大好きチームか?」
「みたいだな。去年は3部にいたみたいだけど、全勝で勝ち上がってる。この調子が続くなら、今年そのまま1部に上がるかもしれないね」
「誰かすげー選手がいるのかな」
「んー…この児島って選手がよくゴール決めてるってことくらいしかわかんないなぁ」
もしかしたら運営側もこの成績を見て面白そうだと思って出場チームに加えたのかもしれない。
とりあえずこのチームについても2部といえ調査が必要であろう。短期間で複数のチームと戦うため、データ収集はリーグ戦以上に役立つはずだと感じた。
「でもすげえな、和歌山県リーグ1部の全チームに、他県の好調チーム、それにうちだよ。普通におもしろそう。多分動画で出すんだよな?」
「出すよ。しかもリーグ戦じゃないからいつもみたいなラジオじゃなくて、たぶん映像で出せるぞ」
「おおお、そっか! そうだな。やばいじゃん、優勝してほしいなぁ」
「可能性はあるよな、絶対。うちのサポーターも増やせるかもしれない」
「今どれくらいいるん?」
木田の質問に高橋がスマホでサポーターの公式サイトからメンバーリストを確認する。
「うちオフィシャルのサポーターは100人くらいだなぁ。こういうのに参加しなくても試合見に来てくれら人もいるから、実際は200人とかになるんだけど」
「でも多分県の2部でこんだけサポーターいるのって多分すごいことだよ」
「でもまだまだ増やさないとな。なんか集まれる場所みたいなのがあるといいんだけど」
「確かに。…やっぱジョージ屋か?」
「あそこ広いもんな。サッカーパークも近いし」
サッカーパークの近くにあるジョージ屋は、黒船関係者がよくいる場所としてサポーターの間では少し有名だ。
店にもウメスタのユニフォームが飾ってあるし、スポーツバー的な使い方もできるのか、ディスプレイも複数置いてある。
「店長も試合見に来てるぜ、確か」
「あそこにみんな集まるようになればもっとサポーター増えるかな」
「今度店長に聞いてみるか」
「よし、こっちでどんどん盛り上げていかないと。サポーターがチームを強くするんだ!」
試合前のお決まりの檄を飛ばした高橋を木田は乾いた拍手にて相槌を打ってやった。
つづく。