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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン1(2019)

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31/114

第29話 初戦の祝杯

(簡易人物メモ)

細矢悠(9): 黒船TA 代表

真弓一平(6): 黒船SC 管理部長

下村健志(5): 南紀ウメスタSC 選手兼監督

ウメスタ選手一同

柳井進(2): トロングジム代表


ーーーーーーーーーー

 2019年4月6日、県2部リーグの開幕戦を終えた南紀ウメスタSCの選手や関係者が、木国横丁の居酒屋「よし乃」に集まっていた。


 チームのスポンサーである株式会社トロングジムの柳井によって店は貸し切りとなっており、手前のカウンター席はほぼ立食状態。高卒コンビの真田と西野を除く選手らは酒を煽っていた。


 黒船の公式SNSにおけるアンケートで、見事マンオブザマッチに選ばれたFWの小久保は、管理部長の真弓とGKの礒部からお酌を受けている。



「いやあ、最初のゴールはすごかったよ小久保くん。いきなり今シーズンのベストゴール出ちゃったと思ったもん」


「まぐれですよね!」


「おま…礒部、本当のこと言うなよ。まぐれだよ」


「いやいや、あそこでシュートを打ってみようと考えつく心の余裕というのかな、やっぱりベテランならではだと思うんだよね」


「あ、そういうもんですか」



 小久保は今年で30歳。監督を兼任する下村を除けばチーム最年長のプレーヤーである。心に余裕があるつもりはなかったが、もしかしたらこれまでの経験が活きたといっても良いのかもしれない。


 一方、本日無得点に終わってひとりテンションの低い西野は、カウンター席に座り職場の同僚であるキャプテンの大橋に慰められていた。



「自分だけ役に立たなかったんで…」


「そんなことないって裕太! 毎試合必ず点取るなんて無理なわけだから。確かに小久保さんと真田はゴールしたけどさ!」


「そうですよね、FWで唯一ゴール決めなかったですもんね」


「ま、まぁサポーターの期待に応えられないなんて、よくあることだ!」


「そうですよね…サポーターの期待を裏切りましたよね」


「大橋さんは慰めるのが下手すぎる」



 やりとりを横で聞いていたボランチの大西がツッコミを入れつつ、隣に同意を求めると、ウーロン茶を傾けていた真田が曖昧に頷いた。



「そういえば真田、あの後半のシステムどう思ってるんだ?」


「俺が中盤に下がるやつですか? うーん、チームとしてそれが最善ならいいんじゃないですか?」


「いや、そうなんだけど、本人の好き嫌いはあるだろ」


「やっぱり俺より適任がいるかなとは思いますね…。今日の後半も正直あんまり機能している感じはしなかったし」


「悪いな、真田。無理させて」



 二人の会話に監督である下村が割って入る。



「あ、監督。いえ全然…」


「中盤のところは真弓と手分けして選手探してるんだけどな」


「見つからないんですか?」


「候補の選手はいるんだが、まだ決まってはいない。でもな、おまえは若い。自分のプレイスタイルを決めつける必要はないと思うぞ。これから中盤の選手としてやることだってできるわけだしな。大西、お前も同じだ。複数のポジションできるやつのほうが監督にとって使いやすいし、そういった挑戦は歓迎している」



 確かにその通りだと二人は頷く。明確な武器を持っている真田は別としても、大西はもっと主体的にそういったことを考えてもいいかもしれない。



「仮に他のポジションやるとしたら、俺はどこですかね」


「そうだな…大西が一列前でプレイできるなら、うちのパサー問題も解決するんだが」



 守備的MFは監督や戦術によって様々な役割を要求されるポジションである。ウメスタの場合は、攻守の切り替えがはっきりしているため、大西に求められる役割は守備の方向に寄ってしまっているが、もっと攻撃側のタスクを任される選手になれば、監督や戦術の変更にも対応できる選手に進化する余地は十分にあった。



「大西さん、パスできるじゃないですか」


「できねえよ」


「そうですか? 練習試合で大西さんから受けたボール、ドンピシャでしたけどね」


 真田の言葉に大西が2月のプレシーズンマッチを振り返る。1-2のビハインドで迎えた後半、真田のラストパスを受けた西野が同点ゴールを決めたわけだが、起点となったのは大西から真田へのボール供給であった。



「あれは、はじめから右に出すって決めてただけだろ」


「え、だからそういうパターンを増やせばいいじゃないですか」


「真田の言う通りだ。なにもパサー=創造性溢れる天才ってわけじゃないぞ。決められたことをきっちりやるというのも監督にとっては計算できて助かる」


「そっか、そういうものなんすね」



 視野が狭かったかもしれないと反省した。今年で25歳。もう25歳だが、まだ25歳でもある。もう少し自分の可能性について挑戦しようと思う大西であった。

 

 それぞれの選手が未来へ向けて様々な思いを馳せる中、カウンター奥の座敷スペースでは、飛び入り参加した黒船TAの細矢がトロングジムの柳井と商談を行なっていた。



「…ウメ味のプロテイン?」


「はい、やってみませんか?」



 細矢の喫緊の関心事は、前回の経営会議で議題に上がっていた新規事業、西野黒船食品のビジネスを軌道に乗せることであった。


 目下、西野農園の社長である西野裕氏と黒船TAの福島が中心となり、新商品の開発が進められているが、細矢としては2020年3月までに一定の利益を積まなければならないプレッシャーの中、他社との協業策も並行して進めるべきであると考えていた。



「それはなかなか尖ったアイデアですね」


「御社は和歌山発のジムブランドだと思いますが、プロテインに関しては地元色がないじゃないてますか。他社があまりやってないフレーバーで差別化するというのは検討の余地があるように思いますが」


「…それはそうですね。既存のフレーバーもありきたりな味に留まっています。もちろん、それでも一定の差別化がされているからこそ売れているわけですけどね」


「存じています。ただ弊社は投資先に梅農家がありますから、本物の和歌山の梅を提供することが可能です。梅干しはクエン酸が多く含まれ、疲労回復に効果があるため、プロテインでたんぱく質を摂取しつつ、疲れも取ってもらう。いかがですか?」



 細矢の営業トークを受けて柳井は思案するように上を向く。酒は一滴も口にしていない。本来はスポンサーとして選手たちとの親交を深めてもらい、筋トレ談義に花を咲かせてもらいたいところではあるが、一方で矢原から聞いている限り、柳井は仕事人間。飲んで騒ぐよりも、こちらのほうが楽しんでもらえるはずだというのが細矢の読みだった。



「…やってみますか。そもそもプロテインの新しい味はラボで常に試しているんです。和歌山カラーを出すというアイデアは元々あって、うちではミカンを採用する方向でも動いていたことがあるんです。ただミカン味は系統的に既存のレモンと被るところがあるので進めていなかったんですが…ウメの方が面白いかもしれないですね」


「ありがとうございます!」


「んー、やるんだったらチームの名前も出しますか? チーム名もウメだから、合いますよね」


「もちろんそちらのほうがありがたいです。御社の知名度に比べればうちはまだまだですが…」


「共同商品として検討しましょう。レベニューシェアでいかがですか?」



 レベニューシェアとは、そのプロダクトやサービスから発生した収入(売上)を複数人で分け合う仕組みのことである。


 今回の場合、例えばウメ味のプロテイン1袋5,000円が売れたとすると、その5,000円を1対1でシェアするなら、トロングジムの売上が2,500円、西野黒船食品の売上も2,500円ということになる。


 柳井のイメージとしては、プロテインはOEM工場で量産化できる仕組みを持っているので、作るのは自分たちがやる。その材料の一部である梅干しは市場価格で西野黒船食品からトロントジムへ卸す。パッケージ含めたデザインは共同で考えつつ、最終的なエンドの売上はトロングジムと黒船=4:1で分け合うというものだった。黒船側からすれば、在庫リスクを抱えなくて済むため、断る理由がなかった。



「ぜひその方向性で協議したいです」


「分かりました。とりあえずモノを作るところからやりましょうか。ウチのプロテイン開発担当に話通しておくので、実務ベースでまず打ち合わせしましょう」


「柳井さん、ありがとうございます!」


「その代わり…もう一件、やる気あります?」



 柳井の言葉は、先日2件稼働を開始したトロングジムの新規PJのことだと細矢は察した。



「ほんと好調ですね、これで何件目ですか?」


「いま仕上げてるのが2件あるんで、もう一件やれば10件です。いやあ黒船さんのおかげで銀行の審査待たなくても先に展開できるんで、助かってるんですよ」



 黒船側としてもトロングジムの経営が順調である限り、安定した家賃収入が確保できる本件は魅力的な案件と位置付けられており、稼働が始まり開発リスクのなくなった状態であれば、追加の投資にも踏み切りやすい。細矢として断る理由はなかった。


 こうして、西野黒船食品は強力な販売パートナーとともに、大きな一歩を踏み出したのである。






つづく。

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