第28話 県2部リーグ第1節
(簡易人物メモ)
木田(2): ウメスタサポーター
糸瀬貴矢(11): 黒船SC 代表
オレンジ熊野(2): 黒船ch 実況担当
真弓一平(7): 黒船ch 解説者
西野裕(3): 西野農園 社長 西野裕太の父
西野裕介(4): キッズサポ 西野裕太の弟
※選手は割愛
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2019年4月6日、プレシーズンマッチ以来、約1ヶ月ぶりに南紀ウメスタSCサポーターグループのヤマトは黒船サッカーパークに集合していた。
ホームサポーター席には前回の倍にあたる200人余りが来場しており、プレシーズンマッチの健闘ぶりに加えて、黒船チャンネルの動画における広報活動や、ご当地アイドル池田明里のアンバサダー就任なども影響していると思われた。
『ーーーさぁ、いよいよ始まります! 和歌山県社会人サッカー2部リーグの開幕戦、我らが南紀ウメスタSCはホームでSuerteFCを迎え撃ちます! 本来実況は中立性に気をつけなくてはならないのですが、ここは黒船チャンネル! 全力でウメスタ贔屓でやらせて頂きます! よろしいですね、真弓さん!?』
『あ、は、はい…もちろんです。良識の範囲内でお願いしますね』
「くくっ、オレンジさんいい感じですね」
左耳にイヤホンで黒船チャンネルの実況を聞きながら、サポーターの木田は笑いを堪えつつ、横に座る黒船サッカークラブ代表の糸瀬に話しかけた。
糸瀬は黒船サッカーパークで始まったキッチンカーのサービスを全力で満喫しており、左手にビール、右手にフランクフルトを齧りながらピッチ内に目を落としていた。
糸瀬の視線を追うと、ピッチ上に選手が整列している。いよいよキックオフが近づいてきた。
『ウメスタのスターティングイレブン既に発表されております。GK礒部、DF右から大橋、下村、岡。ダブルボランチは大西と相川、ウィングバックに江崎と伊藤、トップ下に上田、2トップは小久保と真田です。ーーー真弓さん、2月に行われたシュガーダ和歌山戦と同じスタメンですね?』
『そのよう…ですね。西野選手はベンチスタートということのようです。シモさ…ーーーあ、いや、監督判断ですね』
ピッチに広がる選手たちを見て、プレシーズンマッチで同点ゴールを決めた西野がベンチスタートであることはサポーターも気づき始めている。
「裕太はベンチスタートみたいだな」
「うん、でもこの前の試合も後半から出てゴール決めてるから、きっと出てくると思うよ!」
今日は西野親子も観戦に訪れていた。練習試合の時は不安気に見ていた裕介少年も、同点ゴールで兄を見る目が変わったのか、他のサポーターと同じように期待に目を輝かせているようだ。
『真弓さん、今日の試合のポイントはどこでしょうか?』
『そうですね…この試合に限らないですが、先制点ですね』
『先制点?』
『ウメスタのプレイスタイルは堅守速攻です。基本的には相手が攻めてきてくれた方がやりやすいんです。先制点を取れれば、相手は勝ち点取るために攻めるしかなくなりますから、何らかの形で先制点を取ることが大事です』
真弓の解説に木田も頷く。もう少し補足するなら、ウメスタのもう一つの武器は身長だ。下村、大橋、小久保、長身のプレーヤーを活かしたセットプレイでの先制点。これがおそらく理想の形だろう。
試合開始を告げるホイッスルが響いた。ホームサポーター席では、リーダーの高橋を先頭にクラブ名を叫んで選手を鼓舞している。その後ろでフランクフルトを食べ終えた糸瀬が木田に話しかけた。
「木田、相手はどんなチームなの?」
「あ、はい。糸瀬さんに言われて調べましたよ。Suerte FCは2年前に3部から昇格してきたチームで、昇格後は中位に留まってますね。えーと、基本的にはサッカー好きな若い奴らが集まって同好会的に始まったチームです。もっとも2部とか3部とかはそういうクラブがほとんどですけど」
「弱いってこと?」
「いや、弱いわけじゃないですけど。そういうチームはやっぱり楽しくやりたいみたいな気持ちが入るので、ボールを繋いで華麗に攻撃したいとか自分のテクニックとかを披露したがるプレイが出ますよね、もちろん人によりますけど」
決まればかっこいいかもしれないが、それがいつも決まらないからこのレベルに留まっているわけで。相手のミスをつくことができれば、シンプルなフットボールに徹するウメスタが有利に進められるだろう。
試合は前半から動いた。木田の見立て通り、ミスをしてくれた相手選手からボールを奪った伊藤が前線へロングボール。ターゲットマンである長身の小久保が胸でトラップした。それを見てエースの真田がギアを上げる。
『9番の小久保、綺麗に胸でトラップして反転、前を向きました。真弓さんチャンスですね』
『いいショートカウンターの形です。相手の守備陣は後ろに残っていますが、先程相手が攻めていた分DFラインの前が空いています。真田くんも動き出してますね。できればシュートで終わってコーナーキックが取れれば…』
『ーーーおっと、小久保選手! ドリブルで突破、しないのか? もしかして? そのまま? 右足で打ったーーー!』
バイタルエリアが空いた隙を狙ったのか、思いきって振りかぶった右足から放たれたボールは、弾丸シュートと呼ぶほどの力はなかったものの、上手い具合に放物線を描き、慌てて後ずさった相手ゴールキーパーの左手を越えて、ネットに吸い込まれた。
ざわめきが歓声に変わる。
『は、入りましたーー! スーパーゴール!! 前半20分! 南紀ウメスタSC、今季のファーストゴールは30歳ベテランFWのロングシュートで幕を開けました! それにしても打った本人もびっくり! ゴールパフォーマンスも忘れて立ち尽くしていたところ、他の選手にもみくちゃにされております!』
「すげえ!」
「すげえ!」
ホームサポーター席は語彙力をなくした子供達と大人達でお祭り騒ぎ。練習試合ではそれほど目立っていなかった伏兵の大仕事だ、盛り上がるはずである。木田も思わず両手を上げた。
「こーれはまぐれっすね」
「結果が大事」
「しかもこのゴールはおまけがついたので、結構ワンサイドになっちゃうかもしれないですね」
「おまけ?」
糸瀬の問いに木田が頷く。あんなゴールを決められてしまっては、相手は小久保がボールを持ったら厳しいマークに行かざるを得ない。しかし本当に彼らが注意しなければならないのは、10番の真田だ。
「今までの守備を見ても、特に真田をチェックしている様子がありません。あまり相手のことを研究しないチームなのかもしれないなぁ。そこに相方の小久保にゴールが生まれたので、さっきよりもさらに真田はボール持ちやすくなると思います」
「なるほどね…サッカー面白いな」
その後、ウメスタは前半に2ゴールを追加で決めて前半を3-0で折り返す。セットプレイから選手兼監督の下村が貫禄の追加点。前半終了間際にはハーフウェイラインから真田が独走して3点目を決めると、サポーター席は大いに沸いた。
ーーーそして、ハーフタイム終了後。
『さぁ、後半が始まります。あ、開始早々から選手交代があるようです。上田を下げて…ーーーみなさんお待ちかね、背番号11西野選手がピッチに入ります! おお、ホームサポーターから裕太裕太の大合唱ですね。真弓さんこの交代はどういう意図なんでしょうか?』
『システム的にはおそらく前回の練習試合の時と同じ、真田を中盤に下げて西野をフォワード起用する形になりそうですね』
『練習試合の時と違って今日はリードした状態ですが…?』
『うーん、そうですね。単純に西野くんを活かすシステムにしたかったのか、もしくは…より得点を取るためかもしれないですね』
『得点?』
『3点差ついてしまっているので、言い方悪いですが、相手がやる気をなくして攻めてこない可能性を気にして、ボールを支配して点を取れるような形としてシステムを変えたということも考えられます』
『なるほど。ゴールをたくさん決めたい理由は、得失点差ですか?』
『その通りです。もちろん全勝すれば得失点差関係なく昇格できますが、1試合でも落とせば勝点で他のチームと並ぶ可能性があります。そうなった時は得失点差で順位が決まるので、点は取れるだけ取っておきたいというのが監督の考えでしょうね』
結局相手が攻めてこないかもしれないという真弓の指摘は杞憂に終わった。
Suerte FCがフレッシュな選手を入れてガンガン攻めてきてくれたおかげで、ウメスタの選手交代がハマったわけではなかったものの、引き続き得点のチャンスは複数生まれたのである。
65分にはペナルティエリア内で倒された小久保が自ら決めて今日2ゴール目をあげると、終盤にはセットプレイから右ウィングバックの江崎が5点目を決めて試合を決定づけた。
「快勝でしたね」
試合終了後、ホームサポーター席の前まで挨拶に来た選手たちをサポーターが声援で応える。
ゴールを決められなかった西野の表情が多少暗い感じはしたものの、対する父は全力で手を振っていた。息子が選手としてピッチを走り回る姿を喜ばない親はいないだろう。
それにしても、やはり今の戦力なら2部は全然問題がなさそうである。セレクションで加入した新戦力がチームのレベルを1つも2つも引き上げたのだ。
「油断はできないと思いますが、今日のパフォーマンスが維持できれば2部はいけそうですね。やってるプレイもシンプルなので相手も対策しにくいですし」
「…木田、バイトする気ある?」
「はい、え?」
試合も振り返りながらあれやこれやと勝手に妄想していた矢先、隣で試合を眺めていた糸瀬の声を受けて我に返る。
「バイト?」
「今日の実況解説、俺も聞いてたけどさ。相手チームの情報が全然ないのよ。チャンネルとしても必要だし、これから勝っていくためにも相手のこと調べる必要あるよな」
「それはまあ、そうですね。データ収集係みたいな人いないんですか?」
「いない。だからお前に頼むことにする」
「な、なんで俺なんですか?」
「今日相手チームのことをちゃんと調べてくれたろ。あとお前の説明は分かりやすい。ちゃんとサッカーのことに詳しくないと、素人が聞いて理解できるように話せないと思う。相手チーム調べる時も知識とかチームのこと分かってる奴がやったほうがいいだろ、きっと。その点、木田は去年までこのチームにいたわけだし」
糸瀬は不思議な男だ。何も考えていないふりして、いつもその視線は今より一歩二歩先を見据えている気がした。
正直サポーターは高橋が1人で十分まとめられている。自分には自分にしかできないことで貢献した方がチームのためになるかもしれない。
木田はその日中に正式に糸瀬は返事をして、データ収集係として、ウメスタのサポートメンバーの一員となったのである。
南紀ウメ Suerte
5 ー 0
小久保 19', 65'
下村 26'
真田 45'
江崎 80
つづく。




