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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)

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第23話 雨天の傘

(簡易人物メモ)

森田梢(3): 紀伊銀行木国支店 担当銀行員

中清水(初): 紀伊銀行木国支店 支店長

中辻(2): 紀伊銀行木国支店 法人部副部長

矢原智一(7): 黒船SP 代表

細矢悠(7): 黒船TA 代表


ーーーーーーーーーー

 2019年3月。紀伊銀行木国支店の法人営業部第二課の森田梢もりたこずえは、朝から副部長席に立たされていた。


 紀伊銀行へ新卒で入行してもう6年目を迎える。入行後は白浜町支店に配属となり、個人向け営業を3年経験してから、現在の木国支店にて法人営業部へ異動となって2年が経つ。



「ふーん…とりあえず新設の会社だから、あまり見るところないってことだな」



 黒船グループの来社日程が決まり、一昨日から資料を作り始めた結果、それなりに深夜残業する格好にはなりつつも、とりあえず形にはなったと思うが。


 その資料を興味なさげにパラパラめくり、商業登記簿謄本を眺めてから副部長の中辻は、森田の身体を舐めるように見つめた。



「まぁ、私と支店長に任せておけ。君は支店長のお気に入りだから同席させるが、座っているだけでいい。この前の訪問の時のことは何も話すな」


「…はい、わかりました」



 ハラスメント親父が…心の中で悪態をついてから、副部長の後について支店長室へ向かう。


 通り過ぎる席から、顔だけのやつ、枕営業などの陰口が聞こえてくる。森田は歯を食いしばって毅然と前を向いた。 



「いったい今日は何しにくるんだね、彼らは」


「先日西野農園に行った時、私殴られましたからね。その謝罪でしょう」


「お、中辻くんやるねえ。殴られるなんて一流の銀行員だよ。殴られても信念を曲げない、あるべき姿だ」


「ありがとうございます」



 あまりにも愚かな二人の会話に森田は頭痛がしそうになって目元を押さえた。彼が木国支店の支店長である中清水である。中辻に負けず劣らずのどうしようもない男だ。


 先日の西野農園における細矢の提案については支店へ戻って中辻には報告した。こちらの要求通り1,000万円の返済が決まったのは中辻にとっては望ましい話であったが、従業員の大橋に胸ぐらを掴まれた手前、機嫌の良い振りをするわけにもいかず、憮然とした表情で、それでもアポイントは受け入れた。



「殴った本人は来ないのか?」


「それどころか社長も来ないんですよ。ふざけた奴らです。黒船だかなんだか知らんが、紀伊銀行の誇りにかけて、毅然とした態度で臨むべきです」


「その通りだな。西野農園の融資なんか、2,000万円残してもらってるだけ感謝してほしいものだよ。…中辻くん、連中の態度が気に食わなかったら、全額引き上げたっていいぞ」


「いやあ、あんな融資でもなくなってしまうと私のボーナスに影響が…。あ、それに支店長。あいつらですよ、ヤマト製鉄の土地を30億円で買った連中は」


「土地を? なんでまた」


「金だけ持ってる阿呆な連中なんです。うまくすれば謝罪を受け入れる代わりに…ほら、この前処理したがってた不動産、奴らに売りつけてやりませんか?」


「おお、君は本当に頭が切れるねえ。木国不動産の社長にも同席してもらってはどうだ? うちも何か手数料取れるかもしれん」


「さすが支店長! 商売上手ですね」


「はっはっは!」



 本当にこの場でぶん殴ってやりたい。直ちに離席して退職届を持参して戻って来たいところだ。この男たちの下で働いていることは人生の汚点だとすら思えた。


 木国支店の応接室へ入ると、黒船サッカーパークの矢原社長、黒船ターンアラウンドの細矢社長がこちらに向かって頭を下げた。


 機械的な名刺交換を終えて席に座ると、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた中辻が口を開く。



「それで、今日のお話というのは?」


「この度、弊社から西野農園さんに出資を行うことが決まりましたので、株主としてメインバンクの御行にご挨拶をと思いまして、本日お時間を頂いている次第です。出資金の一部は、御行のご意向に従い、既存融資のご返済に充てる予定です」



 第一声が柔らかに始まったことを受けて中辻は中清水に目配せをしてから、身を乗り出した。



「まさかそれで事を済ませようというんじゃないだろうね? こっちは殴られてるんだ、警察を呼んだっていいんだぞ。借りた金を返すなんて当たり前のことをされても、そりゃ誠意でもなんでもないよ」


「はぁ。ではどうしろと仰るんですか?」


「まず謝罪だろうが。社長の西野と、殴ったやつ、名前は知らんが…そいつを連れて頭を下げに来い。まず話はそれからじゃないか?」



 中辻の強硬な姿勢を受けて、細矢の隣でやりとりを眺めていた矢原が口を開いた。



「まず従業員の大橋はあなたを殴ってなどいないと言っています。しっかり事実を前提にお話頂きたい。またそれを言うならあなたも西野社長の小学生の息子さんに暴言を吐いたでしょう。なんだっけ、細矢」


「返済が終わるまでは息子さんをサッカークラブには通わせない。ガキのお遊びに金使ってんじゃねえぞこのクズ、だったかな?」


「な、そ、そんなこと言ってない! 出鱈目だ!」



 森田は思わず顔を伏せて、笑いそうになるのを必死に耐えた。中辻の言う通り、細矢の発言は脚色に溢れていた。



「出鱈目なんですか? 言われた本人からそのように聞いてるんですが…ちなみにこれに関しては副部長、謝罪されるつもりはありますか?」


「証拠がないだろう! なぜ嘘に謝らないといけないんだ!」


「そのままお返ししますよ副部長。大橋があなたを殴った証拠もないでしょう。…なぜやってないことに謝罪しなければならないんですか?」


「ぐっ…!」



 中辻は言葉を詰まらせて、やがて握っていた拳を静かに下ろした。



「それで、株主の立場から申し上げますが、今回西野農園への融資を減額した理由はなんでしょうか?」


「は…。あんたらも株主なら去年の決算見ただろう。赤字じゃないか、赤字の会社に対する与信を縮小するなんて、当たり前の話だよ」


「あなたこそメインバンクなら進行期の試算表を見ているでしょう。売上はすでに去年を大幅に上回っている。過去の数字だけ見て与信を判断しているんですか?」


「う、うちのクレジット判断にケチをつけるつもりかね!? こっちは売上5,000万円程度の、吹けば飛ぶような会社でも親切に取引してやってるんだ! 文句があるなら全額引き上げたって構わないんだぞ!」



 中辻は顔を赤ながら応接室の机を叩いて激昂した。同席している支店長の中清水ですら、フォローに回れないほどの内容なのか、先程から地蔵になっている。


 矢原と細矢は顔を見合わせて静かにため息をついた。



「…今の発言を聞いて御行の取組姿勢はよく分かりました。西野社長は今回の件で御行との信頼関係が崩れたと申しており、今回同席を遠慮しましたが、どうやら彼が正しかったようだ」


「ははは、何を強気にもの言ってるんだ。じゃ、じゃあ今月末に全額返済してもらおうじゃないか。こんな会社、こっちから願い下げだよ」


「中辻さん、何を言ってるんですか!」


「うるさい! おまえは黙って座ってればいいんだ。支店長の愛人の分際で!」



 なっ…なんたる暴言。もう我慢できないと立ち上がった森田を、細矢が手を前に出して鋭い視線を送った。堪えろという意味だと受け取った。



「ではお望み通り融資は全額が返済いたします。先日御行のとある方と面談する機会がありまして、その時にお伺いした御行の融資姿勢とはあまりにも違ったもので、驚いてしまいました」


「はあ? うちの誰と話したって言うんだ。支店長は聞いてないぞ」


「あ、ご存知ないかな…。えーと名刺名刺…あ、あった。この方なのですが…」



 矢原が応接室の机に置いていた名刺入れを取り上げると、中を開けて一枚の紙を差し出した。


 それを見た瞬間。


 中辻、そして支店長の中清水は文字通りみるみるうちに血の気が引いていく。



「な、こ、これ…どこで…!」


「御行の本店ですよ。先日パインキャピタルの松木会長のご紹介で、うちの親会社、三矢ホールディングス社長の糸瀬が面談しに行きましてね…ーーー」



 御行の頭取と。



「紀伊銀行の頭取として、弊社黒船のビジネスには是非とも協力したい、地域経済の活性化で協調したいという心強いお言葉を頂いていただけに、残念です、本当に」



 森田はあまりの展開にもはや第三者的な立場で俯瞰でこのやりとりを見てしまっていた。


 細矢たちの隠していたカードはあまりにも強すぎた。盤上に現れたこの名刺はまさに水戸黄門の印籠に等しい輝きを放っている。


 銀行における組織全体の最高責任者を「頭取」と呼ぶ。ただでさえクラシックな組織文化の残る銀行の中でも、さらに封建的な色を持つ紀伊銀行における頭取とは、所属する銀行員にとっては神にも等しい存在である。



「あ、ご心配なく。先程と同じ議論になっても生産的ではないので、今日のやりとりはすべて録音させて頂きました。証拠があればわかりやすいですからね」



 それではと黒船の二人が席を立ち、応接室の扉へ足を向けたその時、中辻が行く手を阻むようにして立ち塞がると、震えながら膝をついた。



「ままま、ま、待ってくれ…。い、いや! お待ちください! しゃ、謝罪します…! 今日のことも、いえ、今日までのこともーーー!」


「遅い」



 先程とは打って変わって圧の強い低い声色が矢原から飛び出した。



「晴れている時に傘を差し出して、雨が降ったらその傘を取り上げるーーーあんたみたいな銀行員がいるから、そんな言葉で銀行全体が社会から疎まれてるんだよ! 銀行っつーのは、金に困った人たちの駆け込み寺なんじゃねーのか。金持ちにばっか金貸して、えらくなって、それになんの意味があるんだよ」



 中辻は答える代わりに頭を地面に伏せるしかなかった。


 銀行員ではないのに、この場にいる誰よりも矢原は銀行員であると森田は感じていた。そんな矜持を持って自分は今まで顧客と向き合っていただろうか…。


 言いたいことだけ言ってさっさと退室した矢原を見送りつつ、細矢は未だ動けずにいる中辻のそばで姿勢を比較すると囁いた。



「頭取もお忙しいでしょうから、報告するにしても時間がかかります。今日のことがなかったことになるかどうかは、木国支店さんの対応次第なんじゃないですかね」


「え?」



 中辻は汗や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。



「ちなみにうちは投資会社ですから、資金需要は旺盛です。もし便宜を図って下さるなら、頭取からむしろ褒められるかも…?」


「す、すすすぐにでも…!」



 こうして、西野農園をきっかけとした長い一日は終わりを告げた。


 結局西野農園への融資は2,000万円にて当初稟議通りの継続となり、西野農園は3月31日付で黒船ターンアラウンドからの出資を受け入れ、銀行への返済資金を確保するとともに、合弁会社「西野黒船食品」が設立された。


 ちなみに、同日付で黒船ターンアラウンド向けにトロントジムの開発資金として1億円の融資が即時決裁され実行となったのである。






つづく。

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