表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/113

第22話 大海の木片

(簡易人物メモ)

細矢悠(7): 黒船TA 代表

大橋大地(2): 南紀ウメスタSC キャプテン

西野裕(2): 西野農園 社長

森田梢(2): 紀伊銀行木国支店 担当銀行員


ーーーーーーーーーー

「練習終わって寮に戻ったら、社長と裕介くんがいて、銀行の人もいて。なんとなく入りづらくて立ち書きしてたんすよ、すみません。そんで話聞いてたら…銀行の人がおかしいんすよ! 社長は去年暖冬で梅が作れなくて苦しい中で今年立て直して…来年も多分今の感じならちゃんと売上は作れそうで、来年は俺も収穫手伝えるから、今年よりいい感じなんですよ。だから来年まで待ってくれって社長は言ってるだけなんすよ。でも銀行の人は金返せしか言わなくて、しかも裕介くんに向かって、サッカークラブに払う金があるなら銀行に返せって言ったんですよあいつ…。相手小学生っすよ? そんで、キレました…。でも多分殴ってないです…胸ぐらは掴んだかもしれないすけど……でもすんません!!」



 一気に捲し立て思いきり頭を下げた大橋。


 状況は理解した。細矢は頭を下げる大橋の肩を軽く叩いて、「よくやった」と彼にしか聞こえない声でそう口にすると、軽く背中を押してやった。


 場の流れを察知した真弓が、退室を促された大橋とともに部屋を離れると、西野家のリビングには細矢を含めて3人が残った。


 細矢の他に、西野農園の社長である西野裕と、紀伊銀行木国支店で西野農園を担当している森田梢という若い銀行員である。


 細矢は席につく前に二人に向かって深々と頭を下げると、二人も慌てて立ち上がる。



「この度はうちの大橋がご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありません。大橋は西野農園さんの従業員ですが、元々は弊社グループがお願いして西野農園さんで働かせてもらっている人間です。親会社の取締役として、お詫び申し上げます」


「い、いえ。そんなつもりはないです細矢取締役。大橋くんがいてくれて助かっているんですから…」


「元はと言えば、弊行の中辻が西野さんに失礼な物言いをしたことが原因です。私が謝っても仕方ないのですが…申し訳ありません」



 3人がほぼ同時に席に着くと、場の違和感を確かめるべく、斜向かいの森田に声をかけた。



「森田さんは副部長さんと一緒には帰らなかったんですね」


「あ、はい…。ちょっと私もその場では中辻を責めてしまったので、お金返してもらうまで戻ってくるなと言われてしまいまして…」


「申し訳ありません」


「あ、いえいえ! あまりこういうことを言うのはいけないんですが、今回の件はうちのほうがおかしいように思います…」



 状況を整理しよう。


 西野農園はメインバンクである紀伊銀行から3,000万円を借りている。資金使途は運転資金である。借り方はいわゆる極度貸付、融資枠を設定してもらい、会社の状況に合わせて借りる金額を増やしたり減らしたりできる仕組みである。


 この借入自体は一年ごとに借入条件を見直す形を取っていたものの、これまでは3,000万円という金額を含め同条件で更新され続けていた。


 ところが中辻が法人部の副部長になってから、銀行の取組姿勢に変化が生まれ始め、今月末の更新では、枠の金額を3,000万円から2,000万円に減額となることが決まっている。


 先程の大橋の言葉の通りだが、一昨年の暖冬の影響で去年の梅づくりは不作であった。西野農園に限らず、和歌山の梅農家は皆苦しかったらしい。西野農園としては売上の減少に伴う資金不足をカバーするため、一時的に限度枠いっぱいの借入を行ったまま現在に至っている。


 つまり今月末に融資枠が2,000万円に変更されると、現在の借入残高との差額1,000万円は返済しなければならないと、こういうわけである。



「西野さん、ちなみにですが、実際1,000万円は返せないんですか?」



 細矢の問いに西野は曖昧に頷く。



「会社の資金の中から返すことは難しいですが、私個人の資金も使えばギリギリ可能です」


「なるほどですね…」



 つまり西野個人のお金を会社に貸す、代表者貸付にて会社に資金を回す余力はわずかながら残っているということだ。もちろんその分だけ西野家の家計は苦しくなる。高校生と小学生の子供がいるのだ。決してラクではないだろう。



「西野さん、差し支えなければ決算書と進行期の試算表見せてもらえませんか?」


「あ、はい。こちらです」



 おお。数値関係の資料がファイリングされて出てくることに細矢は感心した。社長の性格がよく表れている。


 BSは流し見た。現預金の水準は一定。枠対応してもらっているので、最低限必要な残高を維持しながら、借入金のほうで調整しているのだろう。



「売掛金と平均月商にかなり金額差がありますね」


「梅の収穫時期は6月から7月ですから、その時期に一年の売上のほとんどが計上されます。季節性があるんです」


「なるほど」



 前期決算ベースの売上高約4,000万円。営業利益ベースで700万円の赤字。これは先程大橋が言っていた不作が原因だということだろう。一方で進行期の売上は6,000万円。費用がこれまでと変わらない水準で推移すると仮定して年換算した場合の利益幅は…。



「だいたい500万円くらい利益が出ます?」


「営業利益ベースならもう少し出ると思います。税後で400万円くらいです」



 西野の代わりに答えた森田の顔を見て細矢が笑った。



「さすが銀行員ですね。ついでに数字に表れない会社さんの特徴とか教えてもらえますか?」



 指名された森田は軽く咳払いしてから口を開いた。



「売上はだいたい6,000万円から7,000万円前後。これは紀南の梅農家さんの中でも規模の大きい方です。梅農家は、例えば同じ規模のみかん農家さんよりも収益が大きいことが特徴です」


「それはどうして?」


「梅は加工して使用されることを前提に作られているので、そのまま消費者に届く他の果物よりも見た目や梱包に気を使う必要がありません。従ってコストが安く抑えられるので、収益性が高いです」


「へえ、おもしろいですね」


「西野農園の梅は紀南の中でも評価が高く、一部の質の高いものは贈答用の梅干しを作っているような加工会社に卸されます。人手不足で農地面積が減ってしまい売上は下がっていますが、来年からご長男の裕太さんが入社されますので、それに合わせて今梅の木を増やしているところです。来年、再来年になれば、売上1億円も目指せるのではないかと、弊行は考えております」



 森田の熱弁に西野が同意する。細矢はその関係性を含めて考えるとおかしくて笑ってしまった。



「ど、どうしましたか?」


「い、いえ…そこまで会社さんの良さを分かっていながら、融資は減らすんだなと思って」



 森田はため息をついて座り直した。



「仰る通りです…。返済原資となるフリーキャッシュフローべースで考えても500万円は出る会社さんです。既存の枠金額3,000万円は全然おかしい金額じゃないのに」



 森田の言う通り、数字の面では西野農園は健全だ。数字資料をしっかり用意できているし、家族経営で18歳の息子が跡を継ぐことから後継者問題にも悩まなくて良い。地方の経済状況から考えればむしろ優良企業と言ってもいいのではないか。


 先程ジョージ屋で福島たちに語った事業の方向性を思い出す。例えば西野農園に必要な1,000万円を社債か何かにして実質貸し付ければ、利息としてリターンは返ってくる。しかし正直売上1億円程度では投資として面白くない。やるなら、もっと…。



「…西野さん、再来年は売上1億円目指せると仰っていましたね。今はどのように梅を売ってるんですか?」


「えーと、そのまま梱包して売っています」


「それを加工して、例えば梅干しとして直接売れば売上はどうなりますか?」


「それは…もちろん上がります。単純に全て加工して売れば、2倍? いや3倍くらいにもなるかもしれない」


「おお…わくわくしてきましたね」



 事業としてのアップサイドが欲しかった細矢からすれば十分な回答を得られた。



「よし、やりましょうか」


「え? で、でも…うちには梅加工の機械も、人手も、ノウハウもありませんよ」


「機械の話はお金ですよね。人手もうちが提供します。まだまだ選手は増やしていかないといけないし、もし儲かって大橋くんの給料が上がれば、転職する人間だっているかもしれない。ノウハウについては…森田さん、ネットワークあるんじゃないですか?」


「あ、も、もちろんです。弊行の取引先に梅加工会社さんはたくさんありますから」



 細矢は改めて決算書の数字を確認してから開いていたファイルを閉じる。出されたお茶を飲み干した。



「西野さん、黒船から西野農園に1,500万円出資します」


「え!?」


「本当ですか!」


「1,000万円は約束通り銀行に返しましょう。そして残り500万円を使って、うちと合弁会社やりませんか?」


「合弁会社? 会社を作るということですか?」



 合弁会社とは、複数の企業が共同で出資し、共同で経営する会社のことである。それぞれの企業の持つ経営資源を活用し、新たな事業を立ち上げたり、既存事業を拡大したりする目的で設立される。



「うちは別途お金出しますし、機材などの先行投資もうちが負担しますから、共同で梅の加工会社やりましょう。議決権のマジョリティはうちがもらいますが、利益は折半で結構です。その代わり、西野農園の皆さんでオペレーションはやってください」



 これは西野家にとっては予想外の挑戦となったかもしれない。しかし、リターンを得るためにはリスクを冒さなければならないのだ。


 西野は細矢の一言一言を噛み砕いてから、大きく頷いた。



「わ、わかりました。こんな時間のない中でお金を出して頂くわけですから、どこまでできるか分かりませんが、精一杯やってみます」


「ご快諾ありがとうございます。…では、ちょっと電話させてください」



 そうと決まれば一気に話を進めよう。


 糸瀬、矢原両取締役への報告。そして至急で白坂弁護士に関連契約書を用意してもらう必要があった。


 それにこれから食品を販売するということになれば、地元に精通した福島の力も必要になるだろう。



「これでだいたい事業面はなんとかなりそうですね…。あとは銀行か」



 出資するとなればもはや西野農園は黒船の身内である。うちの事業成長の妨げになる勢力はきっちりと叩き潰しておく必要があるだろう。



「西野さん、銀行には我々が出資の挨拶も兼ねて行ってきますよ。森田さんアポ取ってください。今日の謝罪でも返済の説明でも、なんでもいいです」


「は、わ、分かりました」



 某ドラマではないが、やられたらやり返す。地方の王様気取りの連中にお灸を据えるのも「黒船」の務めであると細矢は考えていた。






つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ