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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018-19)
2/16

第1話 青天の霹靂(18/11月)

【簡易人物メモ】

大西誠司(初): 木国市役所 商工振興課 課長

山崎(初): 木国市役所 スポーツ振興課 課長

植本(初): 木国市役所 大西の部下

小池(初): ヤマト製鉄和歌山製鉄所 所長


ーーーーーーーーーー

 2018年11月。観光シーズンがひと息をついて、街が落ち着きを取り戻すとともに、年末、期末が近づいてくると、和歌山県南部の木国きのくに市役所は徐々に忙しなくなる。


 商工振興課の課長である大西誠司おおにしせいじは、慌ただしく事務仕事に追われながらもなんとか昼休憩を取るべく、自身のデスクのある庁舎の4階から、エレベーターを使わずに階段を降りて、3階にあるカフェテリアへ滑り込んだ。


 大西はカフェテリアで食べるカレーライスとポテトサラダのセットがお気に入りであり、なんと300円という市役所ならでは破格の値段設定だ。息子が社会人となってもう3年になるが、それでも家計を支える立場として、財布に優しいこのメニューはありがたかった。



「大西さん」



 カレーをかっこんでいるところに声を掛けられ、視線を上に向けると、スポーツ振興課の課長である山崎やまざきが自分と同じカレーライスを乗せたプレートを持って立っていた。


 山崎は大西の5つ下の後輩であるが、もうこの歳になればお互いベテラン職員。役職が同じこともあってあまり上下関係は存在しない、気軽な間柄である。



「大西さんの息子さんってサッカーやってるんでしたっけ」


「おお、やってるよ。社会人サッカーってやつだけどな」



 チーム名はなんだったかな…忘れてしまった。いつも思い出そうとするんだが、あともう一歩のところで出てこない。サッカーのチームというやつはなぜああも難しいカタカナやアルファベットを多用するのか。



「今度息子さんに時間もらって話聞かせてもらえませんか?」


「構わんけど、どうしたんだ?」



 山崎は肩をすくめるように姿勢を丸くして声量を下げた。



「ほら、今年の初めにサッカー場作ったじゃないですか。立派なやつ」


「…あー、あったな」


「ヤマトが作りましたけど、こっちも街おこしだーって税金使っちまってるんで、もっと利用してもらわないといかんって話になってるんですよ」



 山崎の言うヤマトとは日本の中堅製鉄会社であるヤマト製鉄のことだ。木国市はヤマトの製鉄所により街を発展させてきた、いわゆる企業城下町である。


 とは言っても、街が栄えていたのは昔のことで、昨今は中国メーカーによる過剰生産により、価格全体が低迷した影響で、日本のメーカー全体が苦境に立たされていることから、どの企業も段階的に製鉄所を閉鎖するなどして、生き残りを図ってきた。ヤマト製鉄もその例外ではなく、木国市にある製鉄所の数もピークの半分くらいに落ち込み、それが街の人口減少に拍車をかけている状態だ。


 ただそれでも残った製鉄所の運営によって、木国市の人口約6万人の内、1万人の雇用が創出されているので、引き続き市はヤマト製鉄におんぶにだっこという構図になっていた。


 話題となっているサッカー場は、閉鎖した製鉄所の跡地に造られた施設で、ヤマトの経営陣がスポーツに熱心らしく、木国市を巻き込んで収容人数5,000人を誇る、天然芝のご立派なサッカー場が去年オープンしたのである。



「運営うまくいってないのか?」


「まぁ…」


「別にここ以外にもサッカー場あるんだから、わざわざ作らなくてもよかったのに。なんでサッカーに限定しちゃったのかねえ」


「そりゃ、大西さん。和歌山のJクラブ誕生は悲願ですから」



 現在日本のプロサッカーチームはJ1からJ3まで合計して60チームあり、Jリーグが地域密着の思想を掲げていることもあって、それなりに各地域に分散している。その中でプロサッカークラブのない通称「Jなし県」と呼ばれる都道府県が6つほどあり、和歌山県はその内のひとつであった。


 山崎は何やら熱くなっているものの、スポーツにそれほど情熱を持っていない大西からすれば、そこまで躍起になるものなのか正直疑問であった。スポーツに金かける余裕があるならもっと他のことに使うべきでは、とすら思ってしまう。



「なんかよく知らないが、和歌山にも強いチームはあるんだろう?」


「あー、シェガーダ和歌山が関西リーグ1部ですね」


「そりゃすごいのか?」


「大西さん…」



 山崎がやれやれと言った表情で諭そうとしてくる。なんだ、サッカーやってる息子がいるからって、親も詳しいわけじゃないんだぞ。



「関西社会人サッカーリーグの上がJFLですよ。JFLっていうのはJ3の一個下。J4みたいな立ち位置です」


「そうか、J3からがプロなんだろ? それじゃあ、あと一歩のところまでもあと一歩ってことなんだな」


「でもシェガーダは紀北じゃないですか。街の規模でも和歌山市には負けてるわけですし、紀南の我々としてはなんとしても地元から出したくなりますよね」



 そもそも和歌山全体でプロサッカーチームがないのにそのこだわりはなんなのだろう。大西は話を聞きながらカレーライスを平らげ、ウーロン茶を飲み干した。



「そんなの、和歌山の中で争ってどうするんだ。争わせるよりも、県の北部と南部の強い選手を全部一緒方にして戦ったほうが芽があるんじゃないか」



 その時。


 カランと、ステンレス製のスプーンがプレートの上に落ちる甲高い音が響いて大西は顔を上げた。


 なんだ、今のはもしかして言ってはいけないタブーだったりするのか?


 山崎はこちらを向いてはおらず、視線を上に向けていた。自然とその視線を追うかのように振り返ると、カフェテリアの角に備え付けてあるテレビが光っていた。


 職員が何やら大声を上げながら指示を出してしばらくすると、テレビの音量が大きくなった。



『国内製鉄メーカーのヤマト製鉄が、本日、会社更生の申立てを行ったことが明らかになりました…ーーー』



 大西もスプーンを持っていたら間違いなく下に落としていたであろう。


 なんだって?


 なんて言った、会社更生?


 会社更生とは、会社更生法に基づく裁判手続のことであり、企業が支払不能や債務超過に陥った場合、裁判所の監督のもとで、事業の継続と再建を目指す倒産手続のことを指す。


 つまり、経営破綻である。



「大西さん」


「ーーー大西さん!!」



 山崎の震える声を掻き消すように、カフェテリアへと繋がる階段から商工振興課の職員、大西の部下である植本うえもとが駆け込んできた。



「植本、テ、テレビ見たか!?」


「大西さんヤマトから電話です! 今、待たせてます!」



 大西は返却口にプレートを返すことも忘れて立ち上がると、植本の後を追って階段を駆け上がった。


 息を切らせながら4階のフロアへ繋がるガラス張りの扉を開けると、そこは昼休憩前とは打って変わって大混乱に見舞われていた。


 鳴り響く電話。


 上長の指示に振り回される若手職員。


 しかしそんな様子を気にかける様子もなく、真っ直ぐ自分のデスクまで走り抜けると、固定電話を取って外線ボタンを押す。



小池こいけ所長!」


『ああ、大西さん…』



 小池所長はヤマト製鉄和歌山製鉄所のトップである。3年前に本社から異動してきた生え抜きの社員であり、決してエネルギッシュなタイプではないが、穏やかで人当たりの良い方と役所では評判であった。


 普段よりもさらに低く沈んだトーンが聞こえてくると、それに同調するかのように、大西も変に落ち着いてしまった。



「ニュース見ましたよ。大変なことになりましたね」


『ああ、迷惑をかけて本当にすまない』


「所長のせいではないでしょう」



 ことが大事すぎる。木国市にとって製鉄所は巨大な存在であるが、ヤマト製鉄の全体からすればいくつかある製鉄所のひとつでしかない。大西は経営のことに関してはもちろん素人だが、小池所長の影響力が会社に対して決して大きくないことを認識していた。



「それで、製鉄所はどうなるんですか。なにか市のほうでできることがあればなんーーー」


『大西さん』


「は、はい」


『ーーー和歌山製鉄所は閉鎖になる』



 その言葉は妙に機械的に聞こえて現実味がなかった。



「は、そ…」


『すまない。もうこれは決まったことだ』


「ーーーちょっと待ってください!」



 大西の声が周囲に響き渡った。


 いつのまにか騒がしかったフロアは静まり返っていた。皆聞き耳を立てていた。大西の話している相手が小池所長であると知っているのだ。



「話が急すぎる! これから計画を立てて裁判所の許可をもらうんじゃないですか!」


『計画はほとんどできているんだよ。申し立てた時点である程度許可が降りる見込みでなきゃ、こんな公にはしないだろう。…本当は今の時点でこういうことを外部に話すのはだめなんだ。ただ、これくらいしか償う方法が思いつかんかったよ、私は』


「じ、従業員の皆さんはどうなるんですか。私の息子も! 御社で働かせてもらってるんですよ!」


『すまない……本当に、わからない…』



 所長の声からすでに万策尽き果てたことを大西は理解し、目の前が真っ暗になった。その後はなんと言って受話器を置いたか、記憶にない。



「大西さん!」



 植本の声で我に返った大西は、回らない頭を急速に回し始めた。



「あ、す、すまない…その、なんだ。理事はどこにいる?」


「理事? 理事でいいんですか!」



 植本は先程の電話の受け答えを聞き、事態を認識しているようだった。彼の表情を見てようやく自分自身を取り戻すと、両手で思いきり自分の頬を叩いて立ち上がった。



「すまん、市長だ。秘書課に連絡入れて予定聞いてくれ」


「わかりました!」



 そうだ、しっかりしなくては。いま大変なのは自分ではない。


 ヤマト製鉄に関わる全ての市民が、今まさに放り出されようとしている。こういう時こその行政ではないか。


 市長へのアポを部下に任せた大西は机に向かってPCを立ち上がると、一心不乱にキーボードを叩き始めた。


 議事録でもなんでも作って少しでも早く報告する必要がある。この一分一秒がひとりでも多くの市民を救うことになるかもしれないのだ。


 2018年11月、和歌山県の地方都市である木国市誕生以来、最大の危機が訪れたのである。





つづく。

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