第16話 縁の下(19/2月)
(簡易人物メモ)
矢原智一(5): 黒船サッカーパーク 代表
細矢悠(5): 黒船ターンアラウンド 代表
福島亜紗(4): ジモットわかやま 編集者
佐藤(2): ジモットわかやま 撮影班
白坂(初): 森青葉法律事務所 新米弁護士
進藤唯(初): プロライブスタッフ
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2019年も2月に入ると、黒船のメンバー達は本格的にシェガーダ和歌山とのプレシーズンマッチに向けた準備を進めていた。
まずは寺田デザインによる南紀ウメスタSCのチームエンブレムとユニフォームが完成した。チームエンブレムは梅の実を形どった大きな丸の中に黒船を走らせる運営会社を意識したものに決定し、ユニフォームは、ピンク色を基調に船の先端をイメージした黒の差し色を斜めに入れたデザインとなった。
ユニフォームは完成と同時に200着の発注を行い、内100着はその一週間後に公開されたwetubeの動画内で、限定通販を開始。残念ながら完売とはならなかったが、ポツポツ売れている。残りは練習試合当日に手売りする予定である。
wetubeは昨年の12月から公式チャンネルの運営が開始され、2月の足元までに計5本の動画をアップ。登録者数は500人まで伸びており、徐々に常駐してコメントを送ってくれるユーザーも増え始めている。収益化目標となる登録者数1,000人はシーズン開幕前に達成できるかもしれない、順調なペースと言えた。
練習試合をwetubeでライブ配信する糸瀬のアイデアは結局中止となった。現地での観戦者を少しでも増やしたいという周りの意見を糸瀬が聞き入れる形となった。代わりに、練習試合はチケット無料、さらに後日フルでの動画がアップされることも、動画内で告知された。
また、田辺組による迅速な施工の甲斐もあり、スタジアム横に1,000台が収まる広大な駐車場が完成。入口に券売機を設置して時間に関係なく500円で駐車できる仕様にセットアップされている。
そんな中、黒船サッカーパーク含めた3社の本社所在地である、スタジアムに程近い三階建の事務所ビルは、賃借から三ヶ月の時を経てようやく稼働を開始していた。ちなみに物件はフリーレント期間があり、まだ家賃は発生していない。
20坪程度の空間に机が5つ。フロアの入口から見て一番奥の一角では、黒船サッカーパーク社長の矢原が、駐車場工事完了に伴う田辺組との精算作業に伴う数字との睨めっこを続け、その横では大手弁護士事務所である森青葉法律事務所から出向してきた新米の白坂弁護士が、駐車場工事の後に行われる、第一練習場の人工芝化工事に関連する契約書をレビューしていた。
部屋の中央付近には黒船ターンアラウンド社長の細矢が、本来は矢原の管轄でありながら手が回らないため、練習試合当日の審判派遣の調整や、駐車場の誘導員、当日ののボランティアから警備員の手配に至るまで、電話とメールを駆使してひたすら雑務処理に追われている。
さらに入口脇では、ジモットわかやまの編集者である福島が練習試合用のポスター作りと、当日の観客に配る南紀ウメスタSCのチームや選手を紹介したパンフレットの制作に情熱を燃やしており、その隣で同社撮影班の佐藤が、試合撮影用の機材の準備やカメラの配置をひたすらシミュレーションしていた。
「差し入れでーーす!」
熱気のこもりまくっていた室内に甲高い声が響き渡った。大きなビニール袋を引っ提げて突如として登場したギャルに、さすがの矢原、細矢も作業の手を止めた。
「唯ちゃん!」
「亜紗ちゃーん」
「…え、あの…どちら様ですか」
二人に近づいた細矢にビニール袋を手渡すと、その重さに思わず呻き声を上げる。
「これ全部ビールなんだけど…」
「差し入れといえばお酒でしょ。あ、あたし亜紗ちゃんからヘルプ頼まれました、進藤唯と言います!」
「ヘルプ?」
細矢はビールの塊を床に置いて、福島の方に説明を求めたところ。
「え、前に話してたじゃないですか。スタジアムの管理スタッフ、探してきてくれって」
「ああ…えっ!? この子が!?」
渋谷から飛び出してきたようなギャルではないか。木国の地にこんな子がいること自体驚きである(偏見)。
「あー、見た目で判断してますね?」
「いやなオトナー」
「じゃ、じゃあ説明してみて。見た目と違うことを」
「彼女は凄腕のライブスタッフですよ。分かりますか、ライブ」
「ライブって、アーティストとかの?」
「そうそう、和歌山県内のライブはほとんど彼女が仕切ってるって言っても過言ではありません」
「それはちょっと過言だなぁ亜紗ちゃん」
なるほど、そうきたかと細矢は感心した。確かにサッカーの試合もスポーツショーという見方をすれば、ライブやコンサートに通じるものがある。少なくとも人が大勢来て、会場に留まった後に帰るという動線は完全に同じはずである。
サッカースタジアムの裏方仕事の経験者が欲しかった黒船は、方々手を尽くしていたがなかなか適切な人材に辿り着かず、地元の情報屋として実績のある福島に救いの手を求めていたのである。
彼女はサッカーというフィルタを早々に取っ払い、イベントスタッフという視点で人探しをしたところ、灯台下暗し、知り合いにいたというわけだ。
「考えたな…」
「ほら、何か言うことは?」
細矢は黙って頭を下げると、ギャルはぽんぽんと肩を叩いて、ごく当たり前のように細矢の座っていた椅子に座った。そして黒船サッカーパークの地図を見ながら、顎のあたりに手を当てて考えている。
「何人来そうなんですか?」
「わからない、が。相手のチームのサポーターは1,000人くらい来るかも。他の試合とか見てる限り。でも公式戦じゃないからどうだろう…」
「なるほど。でもそんなもんなんですね」
「人の配置とか分かる?」
「正解かどうかはわからないけど、ライブでやる時はここに人を立てて誘導するとかは感覚的に分かりますよ。それでいい?」
「いい、いい。それで十分。ありがとう。他に気づいたことあったらまとめて教えてくれ。助かる!」
「普通の会場より外が全然広いから、混むことはなさそうだけど、無駄に歩かさないようにした方がいいよねえ」
椅子を取られたことも気にせず細矢はもうひとつ奥の椅子を引っ張り出して別の作業を始めた。施設運営側はどうやら回り始めたようだ。
「白坂できたか?」
「はい、これで先方にコメントバックしてください」
「ふざけんな自分でやれ」
「あ、そうか。出向だから直接自分でやれるんだ。失礼しましたぁ」
一方部屋の奥では新人の白坂弁護士が矢原にしごかれていた。
元々企業再生を主戦場としていた黒船の経営陣は士業の中でも弁護士とのパイプが強い。通常再生案件は弁護士とタッグを組んで対応することが多く、裏返すと弁護士から助けを求められて矢原たちが出動する。そういう関係性であった。
PJ黒船に関しては弁護士主導でないものの、事業会社の運営において契約書類は多岐に渡るため、懇意にしている日本4大弁護士事務所の一角である森青葉法律事務所のパートナー弁護士に相談したところ、なんと若い弁護士を出向扱いで現地に派遣してくれたのである。給料は向こう持ち。
派遣された側はたまったものではないが、新米弁護士にとってパートナーの言うことは絶対であり、かわいそうに東大出のエリート弁護士は実質矢原の奴隷と化していた。
「白坂おまえ弁護士になって何したいんだっけ」
「わかりません。何も考えずに弁護士になりました」
あまりの正直さに思わず細矢が吹き出した。
「いいですね、白坂先生。そんなもんですよ人生」
「ありがとうございます。ただまさか和歌山に住むことになるとは思いませんでした。縁もゆかりもありません」
「奇遇ですね。俺もまったく同じです」
「え、弁護士なの? すごいじゃん。頭いいんだね!」
「進藤さん仕事してください」
「ねえ先生。雇用契約とか判子押してないのに、あいつは何の権利があって、あたしにあんなこと言ってるか分かる?」
「意外に法律詳しいな!」
進藤を召喚したのは正解だったとポスターの図面を作り上げた福島は、我ながら自分の仕事ぶりに満足していた。進藤の言葉の流れでいえば自分はほとんどボランティアみたいな状態になっていおり、そろそろはっきりさせた方がいいかもしれない。
佐藤はすでに黒船に乗っかることを決めているようで、福島はまだ迷っている立場であった。
「先生、唯ちゃんの雇用契約作るなら、私と佐藤の分も作ってください」
「福島さん!?」
「福島さん!」
細矢と佐藤の声が重なったが、両者のニュアンスは異なる。細矢の驚きの声とは対照的に、佐藤はようやく重い腰を上げたかという待ってましたの掛け声だった。
「全然儲かってない会社によくもまぁこんだけ若いやつが入ってくれるもんだ」
「矢原さん」
「いいんじゃないか? 全員事業に貢献してくれていることは今この場が証明してるだろ」
「それはそうですね。いやむしろありがとうと言うべき話だと思います。福島さん、佐藤さん、進藤さんも、ありがとうございます」
「給料いくらですか?」
進藤の空気を読めない質問に福島や佐藤が呆れながらも、もちろん重要な話であって。若干お金の話として及び腰になる細矢を無視して矢原が口を開いた。
「月給は他の人と同じ一律30万円。それでいいか?」
「え、普通に結構もらえるじゃん! やるやる。ほら先生、雇用契約作って早く」
「は、分かりましたあ」
この日、従業員ひとり(真弓)の黒船グループに3人のメンバーが加わった。今後クラブを縁の下で支えるバックオフィスの中心メンバーとなる幹部候補たちである。
福島、黒船ターンアラウンド配属。広報並びに総務担当。
佐藤、黒船ターンアラウンド配属。映像動画制作担当。
進藤、黒船サッカーパーク配属。サッカーパーク管理担当。
つづく。




