第15話 応援団の結成
(簡易人物メモ)
木田(初): 元ヤマト製鉄和歌山サッカー部
高橋(初): 元ヤマト製鉄和歌山サッカー部
西野裕介(2): 木国JSC所属GK
真田翔太(2): 木国JSC所属FW
下村健人(2): 木国JSC所属MF
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南紀の寒空の下を、JPスチールの若手社員である木田と高橋がコンビニの袋をぶら下げて歩いていた。
これまで身にまとっていたヤマト製鉄の作業着ではない。年明けからいわばユニフォームが変わったのである。ちなみに今日は日曜日だが、ふたりともシフトの都合で出勤していた。
ヤマト製鉄の破綻により一時はどうなるかと思われたが、業界最大手のJPスチールが事業を引き継いでくれることになり、結果的により信用力の高い会社で働けるようになったため、身内は喜んでくれる人が多かった。
とはいえ、タイミングは最悪であった。木田と高橋が所属していたサッカー部がリーグ昇格を決めた直後のことであり、その時は正直サッカー部のことなどまったく考えていられず、結局ふたりはチームを去ることになったのである。
チームに残ったのはやる気か根性か、またはそのどちらもある人間だけだった。JPスチールから声が掛からなかった者もチームにいるのだ。そういった事情をひっくるめて来年もチームとしても一緒にやっていく気概が木田にはなかった。
ふと高橋が自分についてきていないことに気がつき振り向くと、サッカーの練習場横で立ち尽くしていた。
去年練習に使っていたコートは業者が何やら作業を行っており、代わりにその横に設けられた簡易的な土のグラウンドで、かつてのチームメイトがボールを蹴っていた。
「なぁ」
「…おまえwetube見てるか?」
近づいた木田の方を振り向くことなく、高橋が口を開いた。
「wetube?」
「うちのチームのだよ」
「見たことないよ。それにもう、うちのチームじゃねえ」
南紀ウメスタSCという名前に変わったそうだ。そりゃ、元の名前は使えるわけないのだから当然だが、やはり少し寂しい感じもする。
喧嘩別れしたわけでもなく、誰もが聞けばそれは仕方ないと言われるような状況であったとはいえ、それでも木田はなんとなく後ろめたかった。サッカー部の話は遠ざけていたのである。
「基本的に言ってることはさ、去年と何も変わっていないんだよ」
聞けば、和歌山初のJリーグのクラブを誕生させることを目標に作られたそうだが、ヤマト製鉄時代も、少なくとも監督や部長の真弓さんはさんな夢を持ってやっていたはずだ。
「なんで俺らはそこにいないんだろうな」
「…高橋、後悔してんのか?」
「いや…自分の力くらいは分かってるよ。遅かれ早かれ、選手としてあそこにはいられなかった」
でもせめてもう少し自分のやれることを探したかったな、と話す高橋の表情は、どこか遠いところを目指しているようにも感じた。
「おじさん達サポーターなの?」
「え?」
突然足元から声が聞こえて、二人は驚いて視線を向けると、子供達がいた。3人だ。それも皆同じユニフォームを着ている。
ユニフォームには「Kinokuni JSC」と控えめなロゴが貼り付けてあった。そういえば昔、サッカー部にいた頃、地元との交流で少し絡んだ記憶があったことを思い出した。
「おじさん達サポーターなの?」
「どうして?」
「だって、チームの練習見に来るのってサポーターでしょ」
確かにはたから見ればチームの練習を見学しにきている男ふたりだ。少年達がそう捉えるのもおかしくはなかった。
「じゃあ君達はサポーターなの?」
「そうだよ!」
質問を質問で返すと、意外にも少年達は自慢げに胸をそらせるので、木田は驚いた。
「え、本当にサポーター?」
「そうだよ! 俺がサポーター1ごう!」
「2ごう!」
「3ごう!」
新しいチームになってまだ二ヶ月。公式戦も一度もやっていないはずだ。それなのにもう小学生のこころをつかむようなチームだということなのだろうか。
「どうしてサポーターになったの?」
「お父さんが監督やってるんだ!」
「監督…え、下村さんの息子さん!?」
木田も高橋も当然監督の下村は存じ上げていた。二人とも去年下村さんに指導を受けていたので当然である。そういえば、去年も応援先に小さな子供がいたようないなかったような。
「お父さん知ってるの?」
「あ、ああ。俺らは去年あのチームにいたんだよ」
「そうなの!? 選手なの?」
やってみてと無理やり渡されたサッカーボールで簡単なリフティングを見せた木田に、サポーターキッズから感嘆の声が上がる。
「嘘じゃない! サッカーやってるよこの人!」
「疑うなよ…」
「もうやめちゃったの? 怪我したの?」
「いや…あー…疲れちゃったのかな」
一瞬、怪我だと答えて話を終わらせようかと思ったが、わずかに残った良心が木田を引き留めた。
「俺も練習終わると疲れちゃうよ! でも寝れば元気になるよ!」
「ははは、そっかー。子供は元気だもんなぁ。おじさんはちょっと寝ても厳しいなぁ」
「じゃあさ、おじさんもサポーターやろう!」
ひとりが声を上げると、残りの二人も「賛成!」と手を挙げた。
「5人になった!」
「おじさんは4号、おじさんが5号ね」
木田ことサポーター4号はおいおいと苦笑したが、高橋ことサポーター5号は暫し俯いてからしゃがみこんで子供達に目線を合わせた。
「よし…やろうか、サポーター」
「おい高橋」
「やろう!!」
木田の言葉は子供達の歓声によってかき消された。
「4号、おまえはどうする?」
「サポーターって本気のやつか?」
「当たり前だ。チームは上を目指してる。この前wetubeで上がってたセレクションの動画で、シモさんは良い選手が取れたって言ってた。シモさんが言うんだから、本当に良い補強ができたんだと思うんだ。1部上がるかもしれないよ」
動画を見ていない木田にとって初めての情報だらけだったが、高橋の言葉には妙な説得力があった。
「宏ちゃんがチームに入ったんだよ!」
「宏ちゃん?」
「翔太のお兄ちゃん!」
自慢げに胸を叩いたのがおそらく翔太くん。背番号10はエースの称号だ。つまり彼のお兄さんがその動画で言う補強のひとりなのだろう。
「じゃあみんなで試合見に行こう!」
「試合?」
「2月に試合やるんだよ!」
子供達の声に高橋が反応した。
「それ知らないぞ。まだ動画に上がってない情報だ」
「わかんない! でもお父さんは言ってたよ!」
2月ということは練習試合か何かだろう。シーズンの開幕まで二ヶ月。タイミングとしては十分にあり得る話だった。
「相手はすごい強いチームなんだって! お父さん勝てるかなあ」
「そうなのか。じゃあ応援しに行かないとな」
「いく! …応援って何するの!?」
「そりゃあ…」
チーム名を叫んだり、とかありきたりなことを言おうとした木田を高橋が遮った。
「いっぱい人が来てくれる。これが1番の応援だよ」
「いっぱい?」
「そう。試合までにみんなでいろんな人に声かけて、そうだな…100人集めよう」
「100人!?」
「100人で応援したらチームも元気になって勝てるんじゃないかな」
高橋の言葉に子供たちは目を輝かせた。やるべきことがはっきりすると、子供のパワーはすごいと言う。
「やる! 100人!」
「俺らのクラスと翔太のクラスで50人くらい集まるじゃん」
「ほんとだ!お父さんとお母さん入れたら、50かける3だから、…あ、150人だよ!」
「え、100人楽勝じゃん!」
子供達は何やらお互いに叫びながら、同時に3人で一斉に走り出した。もしかして今から友達に声をかけに回るつもりだろうか。
嵐のように去っていった子供達を見送ってから、ある種焚き付けるような言葉を口にした高橋の真意を問うべく、木田は高橋に向き直った。
「高橋」
「…木田、さっき自分のやれることがあるかって話しただろ。ガキンチョのおかげではっきりした。俺はサポーターやる。wetubeの動画はずっと見てたんだ。コメントしてる人の名前とかもちょっと覚えてるし、あとJPに移ったヤマトの人とかに声かけるよ」
選手として残るより、ずっとチームのためになる話じゃないかと高橋は言う。
「おまえもやろう。おまえもなんかやりたかったんじゃないのか?」
「…サポーターかあ」
サッカーは見るよりもやる派だった木田はあまりサポーターを意識したことはなかった。そんなに大勢の人に応援された経験もない。
「チームがゴール決めたらさ、全然知らんおっさんと抱き合ったりしてさ。負けたらさ、かったい観客席をぶん殴って、それが痛くて泣くんだよ」
「くっくく、そうか。テレビに映ってるサポーターの泣き顔は悔しくて泣いてるんじゃないんだな」
「そうそう、大人は滅多なことがない限り、泣かないんだぜ。…なぁ木田。一番初めのサポーターになる機会なんて多分ないしさ。俺らで馬鹿でかい応援団作って、Jリーグ殴り込みに行こうぜ。選手じゃないからクビにもなることもないし、プライドを持つほどサッカーのキャリアもねえ。ぴったりじゃないか」
木田は高橋の言葉を聞きながらスマートフォンを開いてwetubeの公式チャンネルを登録した。
「やるか」
「おう。なんかSNSかなんかやろう。子供達が頑張るって言ってるんだ。どっかで合流しないといけないしな」
「小学生、SNSやらんだろ」
「親が見つけるかもしれないだろ」
今から働く気に全然ならねーなとふたりで笑った。
ここにチームとともに成長する南紀ウメスタSCのサポーター集団「ヤマト」が誕生したのである。
つづく。




