第14話 和歌山の頂
(簡易人物メモ)
糸瀬貴矢(7): 黒船サッカークラブ 代表
真弓一平(4): 黒船サッカークラブ 管理部長
下村健志(4): 南紀ウメスタSC監督
ーーーーーーーーーー
木国駅近くに広がる飲屋街、木国横丁の居酒屋「よし乃」に、新生南紀ウメスタSCの運営陣が集まっていた。
カウンター席の奥にある小さな座敷がほぼ定位置となっており、黒船サッカークラブの代表を務める糸瀬の向かいに管理部長の真弓と、監督の下村が座る形である。
セレクションが無事に終わり、来季の南紀ウメスタSCに4人の選手が加わることになった。先月の経営会議で伝えていたチームの強化ポイントについては十分満足する補強ができたと言っていい。
「去年うちの強みだった守備ラインは間違いなく強化されました。GKの礒部は大卒ですが、年上の俺に対しても普通に指示してきますからね。ああいう性格のやつはなかなかいないんですよ」
サッカーは広いピッチの中を11対11で走り回るスポーツであり、かつ試合中にタイムアウト等の中断ができない仕組みとなっていることから、如何に選手間で常にコミュニケーションを取れるかが非常に重要だ。
チームに入ったばかりで、一回り以上離れている監督も務める下村に対して自己主張できる選手というのはありがたい。しかも唯一ピッチ全体の動きを見られるGKであればなおさらである。
「それからボランチの大西も良いですね。1部リーグのチームでレギュラー張ってたやつなんで、来季間違いなく通用するだろうし。根性ありますからね、体力勝負の守備的MFには合ってます」
糸瀬は下村の話は素直に頷きながら聞いていた。
「FWはなんと言っても高卒の真田です。高校時代に全国大会までいったやつなんで、正直今のリーグカテゴリだと抜けている感じがします。それと、ベテランですが小久保もいい選手です。他県ですが1部リーグでプレイしていましたし、身長が俺くらいあるんで、前線でボールキープしてもらえるし、今までと違ったオプションがあるのは大きいです」
昨シーズンのウメスタの戦い方は堅守速攻、みんなで守ってカウンター。この繰り返しであったが、真田で存在でカウンターがさらに磨きをかけられるだろうし、小久保がいることによって、前線にボールが収まれば、最終ラインからのロングボールがキープできるため、シュートで終われる確率も増す可能性が高い。
本当はロングボール以外の、ショートパスを使った攻め方はオプションとして欲しかったが、ボールを捌ける選手が見つからなかったため、ここは今後の補強ポイントとして引き続き選手の探索に動く予定である。
「つまり補強はうまくいったってことだな」
「そうです。来季いけますよ。1部昇格は狙えます」
「なるほどなるほど」
糸瀬はいつにも増して素直に首を縦に振ると、ビールのジョッキを置いてこう言った。
「じゃあ景気付けに一発、練習試合やろうか」
「練習試合」
いいですね、と真弓が同意する。チーム練習のスケジュールは日曜は試合用に空けているが、オフシーズンはもちろん、リーグ戦が始まった後でも毎週試合があるわけではないので、コンスタントに試合を組んで、練習の成果を確認できる場は必要だと考えていた。
「もうある程度リストは作っていて、向こうの遠征費用をこっちで持てるならそれこそ選び放題ですよ」
「いや、相手は決めてきた」
真弓がカバンから候補となる相手チームのリストを広げたところで糸瀬が遮った。
「え、あ、そうなんですか? ありがとうございます。それで、どこですか?」
「えーとね、シェガーダ和歌山」
ぴたりと二人の動きが止まって、糸瀬の顔を見つめる。糸瀬は笑顔でもう一度試合相手の名前を口にした。
「シェガーダ和歌山!?」
「そう」
「か、関西1部のチームじゃないですか! わ、和歌山で一番Jリーグに近いと言われている」
「そう!」
県リーグと地方リーグは歴然とした差がある。関西リーグでプレイしている選手たちはいわばセミプロの集団だ。監督の下村は元Jリーガーであるが、関西リーグに移れば、そんな経歴の選手は若くてもゴロゴロいるのだ。
「む、無謀すぎる…」
「戦う前からあきらめるのか!」
「いや3カテゴリ違うんですよ! J1基準で考えれば3カテゴリ下はノンプロです。それくらい違うんですよ!」
「真弓、ちょっと落ち着け」
慌てふためく真弓とは対照的に下村は俯いて考えを巡らせていた。
実力差は真弓の言った通りだろう。ただ同時にどれくらい違うのかも知りたいという興味はあった。
「wetubeの公式チャンネルでライブ配信しようぜ。絶対数字取れるぞ」
「し、商業的な要素は重要ですが、これはいくらなんでも…」
「下村監督、やれますか?」
真弓の言葉を無視して糸瀬は下村を見つめた。下村は暫しの沈黙の後、頷いた。
「下村さん!」
「真弓、前向きに考えよう。本来これくらいの差がある相手なんて試合組ませてもらえないんだ。チャンスじゃないか」
下村の言葉に真弓は口ごもる。確かに彼の言う通りこのマッチメイクは本来実現が難しい。公式戦ではおそらく天皇杯くらいでしかお目にかかれない。こちらとしてどんなに意味を見出しても、相手側に練習試合をやるメリットがないからだ。要は差がありすぎて練習相手にならないのである。
「糸瀬さん、どうやって口説いたんですか?」
「直接社長のとこまで行ってお願いしてきた。本当は悪役っぽい感じだとやりやすかったんだけど。普通にいい人だったな」
快く返事をもらえたと話す糸瀬。
「試合はいつですか?」
「2月末。最後の日曜日」
「あと一ヶ月ですね」
準備期間としては十分である。本来練習試合で具体的な試合相手に合わせた戦い方はしないものだが、今回はそうはいかないだろう。
「真弓、映像集められるか?」
「シーズンオフだから、あったとしても、昔の公式試合くらいしかないかもしれない。とりあえず現地に行って見てきますよ」
できればデータ分析班みたいな存在がいてくれるとありがたいが、そうも言ってられない。
「希望的観測ですが、相手はめちゃくちゃ舐めてかかってくるでしょう。うちは元々守備的なチームだし、それを逆手にとってうまくやれば、ワンチャンスあるかもしれないです」
下村が糸瀬に伝えたそれは本当に希望的観測だった。いくらシェガーダ和歌山と言っても二軍を持てるほど戦力を余らせているわけではない。若手主体のチーム構成になると思われるが、それでも相当の差があるだろう。
「もしうちの選手が2部リーグ余裕なんて思っているなら、気を引き締める良い機会かもしれない。ライブ配信されるなら逃げ場はないですしね」
「糸瀬さんの狙いは数字ですか?」
真弓の言葉に糸瀬は曖昧に頷く。
「できるだけ注目を集めた試合にして人をいっぱい呼びたいというのが本音。チームにとってというよりは、スタジアムを保有する会社として、人がいっぱい入った時のオペレーションをテストしたいんだ」
「あ、な、なるほど…」
おもしろい。真弓は糸瀬の言葉に感嘆した。サッカーチームの現場にしかいなかった自分とは違った視点である。
チームとして関西1部の相手と戦うのは初めての経験であるが、スタジアムとして、シェガーダ和歌山というゲストを受け入れるのはそれ以上に未経験だ。彼らのサポーターも合わせれば、試合の注目度次第で1,000人規模の集客もありえる。
試合の勝ち負けから考えれば相手サポーターはいわゆる「敵」でも、スタジアムの施設側からすれば彼らは「お客様」である。当然にもてなさなくてはならないし、円滑な運営を学ぶ絶好の機会でもあるということだ。
「それに、良い試合ができれば、良い選手だっていっぱい来てくれるんじゃないかな」
それはもちろんその通り。ただし、良い試合ができる前提である。勝つ必要はないが、少なくともこのチームは強い、強くなる。見ている人がそう思ってもらえるような試合内容にする必要があった。
もし不甲斐ない姿を見せれば矢印は逆方向に向かい、今後チーム内外に足枷となってのしかかる可能性もあり、むしろ濃厚である。
「やろう」
そういった諸々のリスクを全てひっくるめてそう口にした糸瀬の言葉に、二人は同意した。
「下村さん、実際どうやって戦う?」
「真田の使い所だろうな…」
攻守どちらも劣っているだろうが、少なくとも下村がいる限り守備に大きな混乱は起きないだろう。いくら相手が上のカテゴリだとしてもJ3にいた下村からすれば格下に過ぎないからだ。慌てふためいて実力が全く出せないなんてことにはならないと思いたい。
となれば問題は攻撃の方だが、現状のウメスタで唯一通用する可能性があるのは真田だった。
「前半点を取って逃げ切る方法を取るか、0-0で粘って後半から投入して一発に賭けるか、どちらかでしょうね」
「一発逆転のほうがかっこいいから後者じゃない?」
「前半に大差がつくような展開になれば、その前におしまいです」
感覚的には、奇跡の勝利を狙いに行くなら後者。リスクをヘッジするなら前者という感じがする。
「俺はサッカー素人だから、そのへんは任せるよ監督」
「真田やチームのみんなとも話して決めます」
「うん、よろしく。試合の運営側はこっちに任せろ。矢原とほっしーがなんとかする」
真弓もスタジアムの管理経験はないが、パッと考えただけでも、入場整理、チケットの処理、警備員、場内アナウンス、練習試合なのでレフェリーの手配も必要だ。
「全員やったことなくて、だ、大丈夫ですかね」
「だから、そのへんも含めて二人が動いてるから。こっちは試合の方に集中しよう。やるからには勝つぞ!」
一番サッカーの分かっていない男が一番強気にジョッキを掲げた。
南紀ウメスタSC初戦まで、あと一ヶ月。
つづく。




