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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)

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第13話 素人の底力

(簡易人物メモ)

寺田真人(初): 寺田デザイン 社長

福島亜紗(3):ジモットわかやま 編集者


ーーーーーーーーーー

 株式会社寺田デザインは、和歌山市内にオフィスを構えるデザイン事務所である。単純に顧客のニーズに合うデザインを提供するだけに留まらず、クライアントの業界分析等も行う一気通貫型のマーケティング会社だ。


 また彼らは業界において、農業に特化したデザイン事務所であるという点も大きな特徴だ。一般的に両者は遠い場所にあるように思われるそのギャップを逆手に取り、味に加えて見た目でも野菜を買ってもらうをコンセプトに、確かな固定客をグリップして、県内ではそれなりに名の通った存在となっている。



「遠いところからわざわざすみません、福島さん」


「い、いえ! こちらからご相談に伺っていますので、当然です」



 寺田デザインの代表を務める寺田真人てらだまさとは、事務所のミーティングルームに、Webメディアのジモットわかやまで編集者を勤める福島亜紗ふくしまあさを招き入れた。


 福島とはそこまで親しい間柄ではなかったものの、以前に一度取材を受けたことがあり、当時おそらく新人だった彼女の初々しいながらも一生懸命な様子が印象的で、メディア名を聞いてすぐに彼女を思い出すことができた。



「今日は取材、というわけではないですよね」


「はい、今日はお仕事のお願いです」


「仕事の?」



 寺田のクライアントは大半が農家だ。直接ジモットわかやまに対してサービスを提供するのはイメージしづらいので、どこか新規の顧客を紹介してくれるという話だろうか。



「サッカーチームのロゴとユニフォームのデザイン、お願いできないでしょうか」


「サッカーチーム!?」



 福島から出た予想外の言葉に驚いた寺田は、思わず手元から出そうとしていた自社の紹介資料をしまい直した。



「そのサッカーチームはこれから作られるということですか?」


「はい。あ、厳密に言えばもうできているのですが、まだデザイン関係は何も手をつけていません」


「なるほどねえ、サッカーチームかぁ…」



 興味はある。面白そうであるし、誰もがやれる仕事ではない。それに今の仕事では接点なかった様々な人に見てもらえるというのはやりがいだ。



「チーム名は?」


「南紀ウメスタSCです」


「名前からして地元のチームでしょうけど知らないなぁ。あ、でも新しいチームなんだから、知ってるわけないですもんね」


「あの寺田さん、黒船ってご存知ないですか?」


「黒船? あ、ああ…! そういうことですか!」



 黒船の名前は当然寺田も知っていた。ヤマト製鉄の土地を買い上げた投資会社。経済や金融にそこまでアンテナを張っていない寺田も、彼らがそこでサッカーチームを運営するという話くらいは認識していたため、自分の中で話が繋がった。



「ジモットさんとはどんなつながりなんですか?」


「あ、継続的に取材させてもらっていて、黒船サッカーパークの公式wetubeチャンネルも弊社が間に入ってやってるんですよ」



 寺田は机の上に置いたスマートフォンを片手に取ると、wetubeのアプリを立ち上げて、該当のチャンネルを表示する。動画はひとつだけ、登録者数は200人だけであった。



「あ、まだ始めたばかりなんですね」


「そうなんです。今月中にスポンサーさんとの提携の動画と、もうひとつアップする予定なんですが、早く収益化してキャッシュ作らないといけないから、うちの佐藤ががんばってます」



 まるで自分事のように目を輝かせて話すその姿は、彼女にとってこれが単なる一顧客以上の存在になっていることを寺田は感じていた。



「それにしても、これはなかなか責任重大なご依頼ですね。もし本当にJリーグのチームになったりしたら、このロゴがそのまま使われるわけでしょう?」


「もちろんです。なので、ぜひ寺田さんにお願いしたいなと思いまして!」


「それは黒船さんのご意向ですか?」


「いえ、私が良いと思ったので! 一応任せてもらってるんですよ」


「その、失礼ですが、黒船さんにとって外部の人間である福島さんに一任されてるということですか?」



 スポーツのことはさほど詳しいわけではないが、エンブレムやユニフォームは部外者に頼らず自分達で決めたくなるものではないだろうか。


 クライアントの態度や思い入れでクオリティを下げるつもりはないが、やはりモチベーションには影響する部分となる。仕事を受ける上でも確認が必要であった。



「あー、そこはちょっと難しいんですが、さっきの言葉をお借りすると、多分あの人たちは自分達が外部の人間だと思ってる気がします」


「すみません、どういう意味ですか?」


「黒船ってちょっと自虐的なネーミングじゃないですか。実際、そういう感じで報道されて…あ、これは私を含めたメディアの責任なんですが…。でも、彼らは自分達は外から来た人間で、きっと本当に地元の私たちを助けようとしてくれてるんですよ。だから今回みたいに、後になっても残るモノっていうのは外の人間ではなく、ここに済んでいる私達で決めてほしいって思ってるんじゃないでしょうか…あ、もちろん直接そんなこと言われてないですけど」


「…なるほど。福島さんが入れ込むのがちょっと分かります」



 もしかしたらチーム名に黒船と入っていないのはそういう意図も含まれているのかもしれないと勝手に想像しながら、寺田は頷いた。



「なぜ私どもにご依頼を? その、スポーツ業界は詳しくないですが、多分そういうことに特化したブランディング会社、デザイン会社はたくさんありますよ」


「私も最初はそう思って当たっていました。でも、多分サッカーが好きな人だけで作るのではうまくいかないかなと思って」


「うまくいかない? それはどうして?」


「黒船さんの本当にやろうとしてることはサッカーじゃなくて、街づくりなんです。だからサッカーが好きではない人も含めて、みんなで作っていかなきゃいけないと思っていて。これまでサッカーに縁のなかった人達にも、黒船に参加してほしい、だから寺田さんにお声がけしました」


「…なるほど。すばらしいですね」



 寺田は彼女の言葉に思わず拍手で返した。福島は照れたようにはにかみながら、ひとつ咳払いをすると。



「改めて、お願いできますか」


「やらせて頂きます。サッカーは素人ですが、黒船さんに負けてはいられない。素人の底力、見せてやりますよ」


「はい、お願いします! あの、詳しいことはこちら資料用意していますので、ご確認頂ければと思います!」



 寺田は資料を受け取ると、ぱらぱらとめくってみる。ヤマト製鉄の破綻、黒船サッカーパーク設立の経緯、チーム名の決定プロセス。実に詳細に記述がされており、かつ見やすいことに加え、強いメッセージ性を感じる力作であった。



「これはどなたが作られたんですか?」


「え? あ、わたしです」


「…福島さん、ずっと編集者のお仕事続けられるおつもりですか?」



 福島はきょとんとした顔で首を傾げた。



「あ、いえ。正直、私は先ほどの貴女の説明に感動しました。黒船さんが直接いらっしゃってご説明頂いても、私が今の気持ちになったかどうかわかりません。もしかしたら福島さんはジャーナリストという中立な立場よりも、中に入って情報を発信するほうが向いているんじゃないかなと思って、や、私なんかが立ち入って申し訳ないのですが」


「あ、いえ、とんでもない…! 私も悩んでいるところでございまして。実は一緒に働いている佐藤のほうが、そういう気持ちが強い気がします。彼は撮影だけでなく動画の編集とかもできますから、即戦力でしょうね。ただ私は特に専門的なスキルとか、あるわけじゃないし」



 謙遜する福島を寺田は笑い飛ばした。



「冗談でしょう。私と黒船さんを繋げてくれた。これこそまさに福島さんの能力じゃないですか。地域という共通テーマの中で、直接的なつながりのない人を巻き込む力。メディアに携わってきたネットワークがなければ絶対にできないことだ。あえて巻き込まれた当事者として申し上げますが、黒船さんに福島さんは必要だと思いますよ」



 自分も農家に寄り添った仕事をすると決めた理由も彼らと同じかもしれない。地元の農産物を広く日本や世界の人に知ってもらうためのお手伝い。これも立派な街づくりの一貫だ。


 もしかしたら農家も彼らのビジネスと組み合わせて何か新しいことが生まれるかもしれない。


 いつのまにか自分も入れ込んでいるじゃないかと寺田は自嘲気味に笑って、椅子に座り直した。



「黒いユニフォームがだめというのは資料に書いてありますが、チームのエンブレムに黒船。あ、本当の黒い船のことですが…黒船を入れるのは構いませんか?」


「え、それは大丈夫だと思いますけど…」



 先程の福島の説明と相反するような寺田の提案に、彼女は若干怪訝な表情を浮かべた。



「私は黒船さんの存在はどこかに残した方がいいと思いますよ。本当に彼らの言う通り、木国市が活気あふれる町になって、地域のみんなが幸せになって。そのとき、そこまで引っ張ってくれていた人達の功績を全然残さないなんて、和歌山の人はそんな恩知らずではないと思います」


「寺田さん…そう、ですよね。はい! わたしもそう思います!」



 色は梅のピンクに黒船の黒を差し色に使おう。黒が引き締まった印象を与えるし、逆に梅のピンクが生えるかもしれない。そういった意味では濃いピンクよりも淡い感じの方がバランスが良いか。


 カラーサンプルを広げて唸り始めた寺田を福島は笑顔で見つめた。



「寺田さんにお願いしてよかったです」


「はは、一応それなりに売れっ子なんですよ。黒船の皆さんを驚かせるようなデザイン、必ず作ります」






つづく。

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