第12話 父の言葉
(簡易人物メモ)
大西亜誠(初): セレクション受験生
下村健志(3): 南紀ウメスタSC 監督
礒部力也(初): セレクション受験生
真田宏太(2): セレクション受験生
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2019年1月。動画の告知からほどなくして、総勢30人のサッカー好きが、木国市の黒船サッカーパークに集まった。
「本日はセレクションにお集まり頂き、ありがとうございます。南紀ウメスタSC監督の下村です。セレクションは前半の練習形式、後半のゲーム形式の二段階に分けます。練習で合格となった方のみ、ゲーム形式のセレクションをやってもらいます。よろしくお願いします」
練習形式のセレクションが開始された。テンポ走、加速走、パス&コントロール、シュートドリル、2v2…。
ゲーム形式の練習が始まる頃にはビブスを来たセレクション生は最初に集まっていた内の半分ほどになっていた。
そして、県リーグ1部の木国シティFCに所属している大西亜誠は、肩を叩かれることなく、青色から黄色のビブスへの着替えを指示されていた。
チーム分けに関しては特段説明を受けていない。人数が22人よりも少ないため、南紀ウメスタSCの所属選手なのかスタッフ側の補充選手も両チームにばらけているようだった。
ゲーム開始前に同じビブスを着たチーム内で擦り合わせたところ、それなりにポジションはばらけているようで、亜誠は本職である守備的な中盤の位置を任されることになった。
「おまえ、黒船…サッカーパークのセレクション、受けてみたらどうだ?」
先日、家族三人で食卓を囲んでいた際、正面に座る父がそんなことを言うもんだから、思わず手にしていた味噌汁の椀を落っことしそうになった。母も目を丸くして箸を止めている。
「どうしたのお父さん。サッカーの話なんて珍しい…ねぇ、亜誠」
「あ、いや、ちょっとな」
「うちのチームでも話題になってたよ、それ」
サッカーにほとんど興味を持っていない父ですら知っているとなれば、本当に有名な話なのだろう。
黒船サッカーパークが作った新チーム、南紀ウメスタSCのことは、所属しているシティFC内のグループSNSでも話題になっていた。しかしながら基本的な意見は否定的なものが多かった。
金融?投資?のプロが集まって、いきなり金にものを言わせて地元の土地を買い上げてサッカー始めますなんて、社会人サッカーで上を目指している人間たちからすれば、ふざけているようにしか感じられない。亜誠もそれなりに真剣にサッカーをやっている者として、ほぼ同じ印象を持った。
「黒船のチームは俺らの間じゃバカにされてるよ。金持ちが遊びでやってることだってさ」
「あらぁ、そうなのね」
亜誠の言葉に母は眉をハの字にしつつ笑ったが、父の表情は変わらない。
「この前、その黒船の社長に会ったんだよ」
「え、うそ。それはすげえじゃん」
「そんでな、初対面なのに叱られた」
普段家ではあまり喜怒哀楽を出さない仏頂面で昔気質な父であるが…叱られたと、そう話す彼の顔は珍しく笑っていて。それが亜誠を苛立たせた。
「なにヘラヘラしてんだよ親父。よそもんに舐められてんじゃねーか。役場がしっかりしないでどうすんだよ」
「ヤマト製鉄が潰れて、街はいま大変だろ。…あれはな、俺らのせいだって言ったんだよ、その社長は」
「はぁ!?」
思わずがん、とテーブルに拳をぶつけてしまい、亜誠は痛いのを誤魔化すかのようにテーブルの下で手首を振った。
亜誠は高校を卒業してからヤマト製鉄に就職して7年の勤務実績があった。木国は街全体でヤマト製鉄のために一生懸命働いてきた。にもかかわらず会社は何の予告もなく、あっさりと「避難訓練があります」くらいのノリで事務的な紙を貼り出し、みんなを置いて逃げ出したのだ。
幸い亜誠は若かったこともあり、そのまま受入先のJPスチールで再雇用してくれることが決まっているが、同僚の中にはいまだに職の決まってない者もいる。
「すまなかったな、亜誠」
「な、なんで親父が謝ってんだよ。意味わかんねえ」
「ヤマト製鉄が潰れたらみんなどうしようもなくなっちまうような街を使った、役所の責任だよこれは」
父の頭を下げる姿を亜誠は見たくなかった。母はいつも通り静かに、しかし真剣に父を見つめていた。
「じゃ、じゃあどうすりゃよかったって言うんだよ」
「わからん…でも俺たちはどうするのが良かったのかをそもそも考えてなかったんだよ」
父はプライドの高い人間だと思う。その父がこんなこと言うそれ自体に亜誠は驚いていた。
「俺はサッカーのことは、いや木国市以外のことは何もわからねえ世間知らずだが、あの社長がすごい人なんじゃないかと思ってる。その人が身銭切ってデカいことやろうとしてるんだ。お前サッカー好きなら、乗っかってみてもいいんじゃないか?」
本当に父はサッカーのことが分かってない。ウメスタは来季2部のチームだ。亜誠のいるチームは1部。チームを移れば、ステップアップどころか、レベルを落とすことになるのだ。
来季リーグが上がれたとしても、県リーグ1部、関西リーグ2部、関西リーグ1部、JFL、これを全部突破してようやくJ3、プロになった頃には、亜誠は引退してもおかしくない年齢になる。そこまで付き合おうと思って今セレクション受けてるやつが一体何人いるというだ。
「青!」
ボールがラインを割って、青いビブスのチームの選手が急いで拾いに行く。
試合は想定していたよりもずっとワンサイドな展開であった。黄色のビブスを着た亜誠のチームがずっと攻められている。
相手チームはとにかくあの28番を走らせる単純な縦ポンサッカーだ。だが即席チームであるほど、そういうシンプルな戦いのほうが全体の意思疎通が取れてうまくいったりするものである。
というか、あの28番は正直別格だ。スピードもテクニックも、あんなの1部リーグでもお目にかかったことがない。
しかし、それにしたって亜誠は相手のやり方が気に食わなかった。そりゃ勝つことが目的だったらその作戦は良いだろうさ。でもこれはセレクションだ。勝っても選ばれなければ何の意味もない。
意地でもそんな目的を見失ったようなゴリ押しのやり方が通じないことを証明してやりたい。
亜誠は思いきって、28番のサイドに立ち位置を寄せようと周囲に目を配り、走り出そうとしたその時、後方から。
「ボランチ、28に寄せろ!サイドバックと挟みにいけ!」
遠くから声が聞こえて振り返ると、キーパーがグローブを頬に当てて、こちらまで届く声で叫んでいた。
あのキーパー分かってるじゃないか。そうするつもりだと手でサインを送ってから、相手が高いボールを放り込んだタイミングで亜誠は一気に加速した。
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「お疲れ様でした!」
セレクション終了の笛とともに、スタッフの大きな声が広いピッチにこだました。
亜誠は28番の上に覆い被さるようにしてその声を聞いた。先に立ち上がってから手を伸ばすと、28番がその手を取り、遅れて立ち上がった。
結果は1-2で亜誠のチームが負けた。亜誠は特にゴールに絡むこともなければ失点を防ぐこともできなかった。
もらったイエローカード1枚。もしこれが公式戦で、こんな中途半端なところで笛を吹かなければ、ペナルティエリア内で相手を倒して2枚目のイエローカードにて退場+PKという、戦犯と言われてもおかしくない内容になっただろう。
「…おまえふざけんな、プロいけや」
「ありがとうございました」
捨て台詞に対して、28番は頭を下げてビブスを脱ぎながらピッチを出ていく。やや間を開けて亜誠もその後をついていくと、28番はすぐにスタッフに声をかけられ、控え室側へ案内されていくのが見えた。
そりゃあそうだろう。あいつが受からなかったら黒船って連中は素人どころか目も見えないということになる。
「ナイスプレイ」
不意に声をかけられて振り返ると、グローブを外しながら長身の男が近づいてきた。こっちのチームでキーパーをやっていたやつだ。
「どこが。俺ら負けたんだぞ」
「試合の勝ち負けじゃないよ、そんなことわかってるだろ」
男の言葉に亜誠も曖昧に頷く。
「名前は?」
「…大西亜誠」
「あせい! かっこいい名前だなぁ。俺は礒部力也。よろしくー」
「よろしくってなんだよ」
セレクションによろしくもなにもないだろうと亜誠が乱暴にビブスを籠に戻す。
「いや、4月からチームメイトじゃん」
「受かるかわかんないだろ」
「分かるよ。一番後ろから見ていて、あいつについていけてたのは俺と亜誠だけだ。あとあの一点取ったおっさんも受かるんじゃないかな。最後ばててたけど」
確かに1-2で済んだのはラッキーだった。目の前の礒部が相手のシュートを止めていなかったら、もう2点くらいは入ってもおかしくなかった。
「受かっても入るか決めてない」
亜誠はそう言うと、磯部は脱ごうとしていた黄色のビブスから顔を覗かせて大袈裟に声をあげた。
「なんで! 一緒にやろうよ。亜誠がボール追いかけて、監督の下村さんが最終ラインで弾き返して、最後に俺がいるんだから守備は楽勝だろ。あとはボール前に蹴っとけば、真田が決めるよ」
「…いまなんて?」
「一緒にやろうよ!」
「そっちじゃねえ」
真田?
「真田。真田宏太?」
「そうそう。やっぱ全国クラスの選手は違うなあ」
亜誠は頭を掻きむしってから、足元のペットボトルを握りつぶして水を煽った。
真田宏太。去年高校の全国行った地元のエース様じゃないか。
「真田が入るんなら楽しそうだよなー。ちょうど大学卒業するから、近くに良いサッカーチームないかなと思ってたんだ」
「…おまえ、大学生かよ。年下じゃねーか」
「え、そうなの!? すんません先輩。てっきりおんなじ大学卒業組かと」
悪びれもせずにそんなことを言う磯部にため息をつきながら、それでも心の中で彼には同意した。
「おまえ、このチームでJリーグ目指すのか?」
「はは、まさか。やるからには真剣にやりたいけど、そこまでは考えてないかな」
礒部の割り切った笑みにつられて亜誠も口元が緩んだ。きっとこういう選手の力を都度借りながら、チームはこれから大きくなっていくのだろう。
動画で見た黒船の言葉を真面目に捉えすぎていたかもしれない。そのあたりは父親譲りか。
「えーと、大西亜誠さん…それと、礒部力也さん。お時間ありますか?」
スタッフに声をかけられて、亜誠と礒部は顔を見合わせる。礒部は「ほらね」とでも言いたげに両手を広げた。
つづく。




