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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)

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12/114

第11話 兄弟の夢(19/1月)

(簡易人物メモ)

真田宏太(初): 木国高校3年生 サッカー部

真田裕太(初): 宏太の弟 真田家次男

真田翔太(2): 宏太の弟 真田家三男

真田茜(初): 宏太の妹 真田家長女


ーーーーーーーーーー

 県立木国高等学校に通う真田宏太さなだこうたは、自室で机に向かいながら、スマートフォンを耳に当てていた。



「真田くん、最後に聞くけど、本当にいいのかい?」



 電話の相手は大阪文化おおさかぶんか大学サッカー部の強化部長だった。大阪文化大学は関西大学サッカーリーグ1部に所属している強豪校だ。毎年必ずプロサッカー選手を輩出している名門であり、宏太はその文大のスポーツ推薦枠に選ばれていた。



「はい、せっかくお誘い頂いたのに、申し訳ありません」


「…わかった。事情は理解するし、君の判断は正しいと思う。ただ残念だ」


「…俺もです」


「真田くん。サッカー、やめるなよ」


「え?」


「君はまだ18歳だ。これからいくらでもサッカー選手として花開くタイミングは来る。本当はうちでそうなってほしかったが…。とにかく、サッカー辞めるなよ」

 


 最後の言葉がやけに耳に残っていた。


 スマートフォンを机に置くと、脇のベッドに身体を投げ出した。これでもう100%、自分で決めた道を進むしかなくなった瞬間だった。


 時間は18時。夕飯の時間までは1時間あった。宏太は日課のランニングを欠かさぬためジャージに着替えると足早に階段を降りた。


 台所で母が自分を呼び止める声が聞こえたが、大声で「走ってくる!」と伝えると、シューズを拾い上げて、ソックスのままで家を出た。


 去年、父の働いていたヤマト製鉄が潰れた。管理職や年齢の高い従業員を中心に人員整理が行われ、父は予想通りリストラされたのだ。


 ここ最近、両親との会話はあまり続かない。宏太が大学の推薦を蹴った際はお互いにかなりヒートアップしたが、最終的には親が折れた。


 折れたというより、実際に宏太を大学へ行かせることの難しさからすれば、いくら学費が一定免除になるからとはいえ、当たり前の結論だった。


 真田家は四人の子供がおり、父の収入が途絶えることは、家族にとってまさに生き死にを分ける話であった。そして長男である宏太は今年高校を卒業する。卒業すれば家族を守る立場に変わるのだ。



「おう」



 角を曲がったところに弟の裕太がいつものように待っていたので適当に声をかける。


 裕太は宏太の3つ下の弟で、今年の4月から宏太が通っている県立木国高等学校に入学予定である。宏太と裕太は数年前からほぼ毎日こうしてランニングを共にしていた。


 その場で軽くストレッチを始めたところで、宏太の視界にサッカーボールが迫ってきた。



「うお!」



 宏太が思わず声を上げて横に視線を向けると、歯を食いしばるようにこちらへサッカーボールを突き出す真田家末っ子の翔太の顔があった。


 真田家は上から宏太18歳、茜15歳、裕太15歳、翔太9歳の並びである。特に親の影響ではなく、長男の宏太が小さな頃からサッカーに熱中していた影響で、男兄弟は全員サッカーをやっていた。


 ただ宏太が大学への進学を諦めてから、翔太はサッカーボールに一切触ろうとはしていなかった。幼いながらにそうせざるを得ない事情は分かっているのだろうが、ある意味無言の抗議みたいなものだったのかもしれない。


 だから宏太は驚いた。思わず翔太の顔をまじまじと見つめてしまい。



「翔太、サッカーやるのか?」


「ん」



 なぜか泣きそうになりながら翔太は首を縦に振った。「そうか」と言葉を返した宏太の声は明るく、3人は久しぶりに近くの空き地でサッカーボールを蹴った。



「裕太、部活はどうするんだ?」


「はぁ? サッカー部に決まってるだろ。まぁ兄貴の弟だとは言われると思うけど」



 宏太は2年の時に10番を背負って木国高校を全国大会へ導いた。元々木国高校はサッカーが強かったが、全国大会出場は7年ぶりのことで、その時はそれなりにもてはやされたため、裕太が入学すれば、宏太の弟だという見られ方をすることは明らかだった。



「そうか、悪いな」


「いや、大丈夫さ。中学の時もそんな感じだったし、慣れてるよ」


「…翔太のこと、なんか知ってるか?」



 パス練習のように三角でボールを回しながら、次男に三男の心境の変化を聞いてみると。



「なんか、誰かとサッカーして楽しかったらしいよ」


「へえ? あ、ごめ」



 会話につられて強めのボールを蹴ってしまい、謝ろうとしたが、ばしっと翔太がボールを腿でトラップした。「おお」と裕太が声を上げる。



「宏ちゃん、俺プロになることに決めた」


「え?」


「サッカーの、プロ」



 どこまで理解してるか分からないが、翔太ははっきりそう口にした。


 次男の裕太は身長があるので宏太とポジションもタイプも違うが、翔太は宏太の小さい頃と瓜二つ。もっと言えば、宏太が9歳の時より間違いなく上手い。今は3年生だが、所属してるサッカークラブで彼を止められる4年生はいないそうだ。



「そうか。難しいぞ、プロになるのは」


「宏ちゃんはプロになる?」


「俺?」



 翔太にパスを要求してボールを受けると、その場でリフティングを始める。翔太が歓声を上げて近くに寄ってきた。



「…俺はどうしようかな。悩んでる。でも翔太がプロになるなら応援するよ。めっちゃ働いてさ、強いサッカースクールとか入れてやる」


「………」



 翔太の望む答えではなかったのか返事はない。文大からは最後にあんな風に言ってもらえたものの、宏太自身プロサッカー選手になる夢には見切りをつけていた。自分は十分親のサポートを受けながらサッカーをやらせてもらえた。


 高校卒業の時点でプロチームからの誘いは来なかった。諦めずに大学でサッカーをやりながらプロに挑戦するというプランを描いていたが、残念ながらそれは叶わなかった。


 親のせいではない。高校卒業までにそこまで上手くなれなかった自分の実力不足だ。



「じゃあ、俺がプロになったら宏ちゃんもプロになろう!」


「お? おお…わ、わかった。じゃあ俺もプロになるまでまだまだ練習しなくちゃな」


「おいおい、俺が置いてけぼりなんだけど。俺もプロ目指すよ!」


「ああ、そうしろ。全国で優勝すれば声かかるかもしれないぞ」


「裕ちゃんもなろう!」



 翔太は両手を上げてご機嫌である。裕太も翔太が元気だから嬉しそうだった。宏太も2人が楽しそうで嬉しかった。



「翔太、どっか行きたいチームでもあるのか? プロのサッカーチームはいっぱいあるぞ」


「やっぱ今なら川崎じゃね?」


「え、あっちでなるよ」



 翔太の答えに思わず2人して翔太の方に視線をやると、ちょうどリフティングのずれたサッカーボールが翔太のもとに転がった。



「あっちってどっち?」


「だからさ、あっち!あっちの新しいサッカー場のとこでプロになる」



 新しいサッカー場とは、去年ヤマト製鉄がうちの近くに作ったサッカーグラウンドのことを言っているのだろう。



「翔太、あれはプロチームのサッカー場じゃないよ」


「違うよ。この前あそこでおじさんとサッカーしたら教えてくれた」



 要領を得ない。ただ昨日翔太は誰か大人とあのサッカー場でサッカーをして、その人から何かを教えてもらったということは事実のようだった。


 嘘か何かを吹き込まれたのかは知らないが、結果として翔太がやる気になってもう一度サッカーボールを蹴ってくれたのだ。その人には感謝しなければならないだろう。



「翔太、その人の名前聞いたか?」


「聞いたよ。しゃちょーって言ってた!」


「社長ねえ…」



 気がつくと時刻は19時に近づいており、3人は慌てて自宅へと走った。「めしめしめし」と叫びながら裕太が先頭に玄関を駆け抜けると、兄と弟もそれに続く。



「あ、宏ちゃん」



 呼び止められると、妹の茜が「お疲れ様でした」と仰々しく頭を下げてきたので「なんだ気持ち悪い」と一蹴してやったが、聞き流された。



「なんか会社から連絡あったよ。田辺組の人事の人」



 宏太は今年の4月から地元の建設会社である田辺組への就職が決まっていた。


 田辺組の新卒採用はとっくに終わっていたが、ヤマト製鉄の倒産を受けて、緊急的に追加で採用枠を増やすことで地元を助けようと動いたのだ。結果として、宏太はそこに滑り込んだ。



「あ、まじか。家の番号にかけてくるなんて変わってるな…。たぶん内定の手続かなんかだと思うけど」


「あーーー!」



 居間から翔太の大きな声が築40年のボロ家に響き渡ると、宏太と茜は顔を見合わせた。すぐに居間の方へ足を向けようとしたとき、走ってきた翔太が宏太の手をとる。



「宏ちゃん、いた!」


「どうしたどうした」


「しゃちょー!」



 居間に備え付けられた決して大きいとはいえないテレビを翔太が一生懸命指差している。


 テレビ画面にはニュースの最後の時間なのか、紀伊テレビのベテランの女子アナが映し出されており、テロップにはヤマト製鉄の文字。背後にはヤマト製鉄会長の顔と、もうひとりは。



「翔太、この人とサッカーしたのか?」


「そうだよ!」


「…この人って、黒船の人でしょ」


「くろふね?」



 宏太は振り返って茜の操作するスマートフォンの画面を覗き込んだ。「黒船サッカーパーク」と題されたwetubeチャンネル。登録者数は、100人。



「ふーん、有名なのか?」


「え、知らない。でも上がってる動画はひとつだけだよ」


「あ! これ!」



 再生された動画はただのインタビュー形式の対談みたいなものだったが、背景に小さく映っている人影に、背伸びして画面を見ていた翔太がしきりに指さす。確かに小さくてほぼわからないが、翔太っぽく見えなくもない。



「これ翔太?」


「そう! サッカーしたよ、しゃちょーと!」



 兄弟はその場で動画を見て、翔太の言っていることはすべて本当であることを知る。翔太がテレビに出るような有名人とサッカーをしたこと。そして、その人が地元でプロのサッカーチームを作ろうとしていること。


 そして動画の最後は、1月に行われるセレクションの案内が表示されていた。



「今月じゃん」


「セレクションって何!?」


「えーと、テストだな。これに合格すると、選手になれるんだ」



 裕太が説明すると翔太は目を輝かせた。



「俺受ける!」


「いや、翔太はまだ無理だ。18歳以上じゃないと選手資格がないんだと」


「…そっか、えっ、あっ、じゃあ宏ちゃんなれるじゃん!」


「それは、そうだな…」



 裕太と翔太と茜の視線が宏太に集まった。


 就職する田辺組は地元ではかなり大きな会社だが、サッカー部がないことは事前に調べて知っていた。



「受けて、みる?」






つづく。

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