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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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109/121

第104話 夢への一歩

(簡易人物メモ)

真田茜: 木国高校2年生 サッカー部マネージャー

田村周一: わかやま新聞 デスク


ーーーーーーーーーー

 ふと真夜中に起きて、スマホに新着したメールを見た時に、ああ厄介事だと思った。


 そのメールは特ダネでもなんでもなかったが、新聞記者が深夜に起こったスクープに飛びつくなんてもう昔の話ではないだろうか。


 皆が惰性でやっている気がする。自分たちが躍起にならなくても、他の誰かが走り回って、取材して、記事にして。


 読者からすれば、そこに記者の顔は浮かばない。あくまで我々は影の存在である。もし記者の顔が浮かぶ時があるとしたら、それは取材対象との関係性の中でこそ存在する。読者とは繋がっていないのだ。


 しかし記事を取りまとめるデスクの立場からしたとき、たまに読者の顔が自然も浮かんでくるような記事に出会うこともある。読者から記者は見えなくても、記者から読者が見えることはあるものだ。



「どうした?」



 わかやま新聞のデスクを務める田村周一たむらしゅういちが顔を上げて、正面で視線を浮つかせている少女、真田茜さなだあかねに視線を向けた。



「いえ、思ってたより…その、キレイだなって」


「…いつの時代の話だ」



 机の上に雑誌や書類や新聞や、紙の束が敷き詰められていて、その中で煙草を吸いながらペンを走らせるみたいな昔のノリはデジタル化の影響ですっかり淘汰された。


 和歌山市を拠点とする地方新聞社、わかやま新聞社の本社は、今やそのへんのIT企業のオフィスとなんら変わらない。整然とされた空間となっている。


 昨今の働きやすさを追求したフリーアドレス、席を固定せず、誰でも好きな席に自由に座れるオフィス形式を採用した結果、それぞれが私物をデスクに置かない文化となり、実態よりもさらに整理整頓されているように見えるのだ。


 もっとも田村のように役席の人間はフリーアドレスの対象外であるため、特段メリットを享受することもできず、むしろ誰がどこにいるか分からずに働きやすさとは真逆のストレスを抱えていた。


 それにしても、メールで一言入れておけば誰でも好き勝手に押しかけられると思ったら敵わない。押し売りのようにやってきた少女を田村が睨みつけた。



「…言っておくがな、これはボランティアみたいなもんだからな。調子に乗るなよ」


「は、はい…!」



 市民記者制度の悪用事例じゃないかと愚痴をこぼしながら、田村は記事の書かれたノートを置いた。


 福島亜紗ふくきまあさからメールで紹介を受けたこの女はどうやら記者になりたいらしい。わざわざ制服まで綺麗に着てきて女子高生アピールするのは結構なことだが、市民記者制度は18歳未満に応募資格は与えていない。


 目の前のこのノート。手書きでここまで書いたのは単純な努力として評価できるが、日々活字に囲まれている田村からすれば読みにくいだけだ。


 そもそも記者になりたいという動機からして違和感がある。記者なんて日陰の仕事だ。憧れられるような類のものではないのだ。それに加えてここは地方新聞社。日本の裏側を暴くような大事件は落っこちてこないし、きたとしても予算はつかない。



「おまえ、なんで記者になりたいんだ」


「人の心を動かせる仕事だと思いますので!」


「…人の心は動いても、おまえが動かしてると思われることはないんだぞ。それでいいのか?」


「それは…あんまりよく分かっていないんですけど…」



 日陰の仕事は報われることはない。なぜなら繰り返すが、読者から記者の顔は見えないからだ。尊敬されることも感謝されることもない。いい記事を書いたと自己満足に浸るくらいのもので、今時上司から褒められて喜ぶようなご時世でもないだろう。


 新人の採用面接でもあるまいし、ガラにもないことを尋ねた自分を誤魔化すかのように頭を掻きむしってから、田村はノートを茜に返した。



「ど、どうですか…?」


「…出鱈目でそこらのくだらん記事の上っ面ばっかりパクった文章だ。おまえの伝えたいことと、文章の表現が合ってねえ。日本語の勉強をやり直した方がいい」


「……ど、どの表現がおかしいのか教えてください」



 半ば諦めさせるように歯に衣着せぬ言い方で突き放してみたが、どうやらくいついてくるつもりのようだ。


 まぁ、多少言われたくらいで帰るような性格では、この量の記事を書くことはできないだろうし、福島もわざわざメールしたりすることもなかっただろう。



「おまえ高校卒業したら、本気で記者になるつもりか?」


「そのつもりです!」


「どこに行きたいんだ?」


「い、家から通えるところ!」



 どうやら茜の家は経済的に余裕のある状況にはないらしい。そりゃ金があるなら大学出て、大手の新聞社でも受けにいくのが普通だろう。



「おまえんち木国か? 木国から通える新聞社なんてうちくらいしかねえよ」


「あ,そうなんですね! じゃあ受けます!」



 厄介事だと、田村は改めてため息をついた。



「…おまえはこのノートの中身をどうしたいんだ? 記事にしたいのか?」


「あ、いえ…。プロの人に読んでもらって、感想を聞きたいなと思っただけです。最初福島さんに見てもらって、記者になりたいなら田村さんに見せてみてって言われたから…」


「ああ、福島から聞いてるよ。じゃあ記事にはしたくないのか?」


「も、もちろん記事にしたいです!」



 田村は立ち上がって脇のキャビネットからノートパソコンを取り出すと、茜の前に置いた。



「市民記者制度はつかえねえ、おまえ17歳だろ。うちはな、高校生は新聞配達以外働けねえんだ。だから配達のバイトだと思って会社に来い」


「え、それって…」


「分かったか?」


「は、はい…!」



 茜は田村の言葉を咀嚼してその意味を理解すると、力強く頷いてノートパソコンを開いた。



「それやる。今時、手書きの記事なんてありえねえんだよ」


「何をすればいいですか!」



 田村は茜に返したノートを指差した。



「おまえの記事の大半は、おまえがブラコンだと世間に公表する内容だ」


「ぶ、ブラコンじゃありません!」


「兄貴がもっと有名になって部数を稼げる選手になれば別かもしれないが、今のところ価値はない。…ーーーだが、一番最近書いてる、この怪我してる選手の記事。これはたぶん、使える。お涙頂戴の内容だし、そもそも対象に話題性がある。そこに母親と弟の視点を織り込んである、構成だけは一人前だ」



 椋林翼むくばやしつばさという悲劇のJリーガーが地元和歌山県で再起を図る物語は、仮に読者がサッカー好きでなくても関係ない、つまり一般受けする内容になると田村は踏んだ。



「まず椋林の記事を全部パソコンに打ち込め。それの校正かけてから、取材対象全員に許可を取り行け。そこからは取材だ」


「取材?」


「本人が喋った事を真に受けるな。必ず裏を取りに行け。とりあえずこの怪我…前十字靭帯損傷に詳しい医師を取材しろ。それから、できれば以前所属していたJリーグのチームからコメントをもらえればなお良い。誰に当たればいいかは本人から聞け」


「はい!」



 打てば響く、最近の新人には見られない勢いに、田村も心なしか言葉に熱がこもった。



「最後どういう形でこの記事を出すかは考えるが、ちゃんとプロセス踏んで形にできれば、これは良いネタだと思う。読者の顔が浮かぶ」


「読者の顔…?」


「ああ、良い記事は読者の顔が浮かぶんだ。具体的に誰ってわけじゃないが、この記事を読んだ人はこんな表情をするんだろうとか、想像できる」



 考えてみれば社会人サッカーという題材は悪くない。聞くところによると、彼女の兄は元々この南紀ウメスタSCというアマチュアクラブのエースで、茜がその妹という立場でクラブの人間と近い距離にいるのだとすれば、他にもネタが眠っている可能性はある。



「社会人サッカーは全然詳しくないんだが、いまはもうシーズンオフなのか?」


「リーグ戦は終わって、ウメスタは優勝しました」


「ほお、すげえじゃん。強いんだな」


「いえ、これから関西府県CLです。このトーナメントを勝ち抜かないと関西リーグへ上がれないんですよ」


「なるほど、なんかそれもネタにできそうだけどな…うまくやれば」


「ほんとですか! 書いてきてもいいですか!?」


「…とりあえず目の前の記事をやれ。この話はその後だ」



 人を育てるなんて仕事はとうの昔にやらなくなってしまったが、改めて向き合ってみると、これはこれでおもしろいかもしれない。


 こうしてわかやま新聞のデスク田村に制服姿の妙な弟子がくっつくようになったのである。






つづく。

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