第103話 県1部リーグ第8節(20/10月)
(簡易人物メモ)
栗田靖: 南紀ウメスタSC 監督
下村健志: 南紀ウメスタSC 選手兼コーチ
※選手は割愛
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2020年10月、和歌山県1部リーグは終盤戦。残すところあと3試合となった。勝ち点19で単独首位に立つ南紀ウメスタSCは、ホームに紀北サッカークラブを迎えての、いわゆる天王山である。
シーズン前半に比べると、後半はかなりのペースで試合を消化する日程になっているものの、小さな怪我でも無理をさせないローテーションを行なってきたことが奏功し、登録選手全員が試合に臨めるコンディションを維持できていた。
ロッカールームで色眼鏡を光らせてホワイトボードにペンを走らせる監督の栗田靖は、いつも通りの仏頂面である。
手塚 西野
三瀬
アド 江崎
平 大西
坪倉 榎本 大橋
礒部
控え: 小久保、椋林、畑中、若村、下村
ホワイトボードの先発メンバーを目にして選手たちからざわざわと声が上がる。シーズン後半ほぼ固定化されていた3-4-2-1のシステムではなく、かつシーズンの後半にチームの攻撃を牽引してきた畑中をベンチスタートとしていた。
「…そういうことですか」
「そういうことね」
先発の三瀬学人、平雄一郎から声が上がり、その他にも監督の意図に気付いた選手はちらほらといるようだ。
「今日はこの11人でいく。覚えてるやつがいるかは知らねえが、こいつは前回アウェイで戦った第3節と同じシステムだ。メンバーも同じだ。言いたいことはわかるだろ」
前回ロッカールームで栗田は紀北サッカークラブを3-0で勝てる相手だと断言していた(第84話参照)。
実際は雨天であったり選手の負傷退場などの要素も加わり、2-2のドローというスコアは妥当な結果だと判断する周囲の声はあったが、本来であれば…選手たちはそう思っていたに違いない。
「勝ち点差は2。相手からすりゃこの試合勝てば1位で終われる可能性が高くなる、死ぬ気で来るぞ。正面からやりあうな、もう12月には関西府県CLが始まるんだぜ。無駄な怪我はせんように、玉離れをよくしてパスで攻めろ」
監督の指示に基づき、キャプテンの平はホワイトボードを睨みながら頭の中で攻撃を組み立てていた。
作戦に忠実に従うなら左サイドのアディソンを多用することはできない。三瀬が左に開いてそこからパスを供給してもらうのが良さそうだ。
そうすると右サイドが空いてしまう。江崎はそもそも攻撃的な選手ではない。それなら…。
「キャプテンが右に上がってもらうしかないですね」
三瀬が横に立っていた。平と同じように司令塔的な立場で攻撃陣の使い方を考えていたのだろう。
「俺が上がったら守備はどうする」
「大西さんがいるでしょう」
「ワンボランチか?」
「1枚が不安なら、誰かセンターバックを上げましょうよ。榎本とか。最終ラインは…アド君と江崎を下げて4バックにしますね、私なら」
「アド君の守備はどうだろう、マッチアップは草彅になるぞ」
前回対戦時に相手チームのサイドアタッカー草彅にゴールを決められている。最も警戒すべきは西野に1ゴール差で得点王を狙っている9番の安藤だろうが、次点で言えば草彅である。
三瀬は肩をすくめた。
「アド君で止められれば御の字。抜かれても坪倉さんがいます。坪倉さんがヘルプに行くと、中央が空きますが、その時は榎本が下がってきて、大橋さんと2人で安藤を潰せばいいってことです」
「ふむ…じゃあそれでいくか。みんな聞いてた?」
選手それぞれが頷いた。プレイエリア的な負担が大きいのは中央から右サイドを担当する平と、状況に応じてポジションチェンジを求められる榎本だろうが、試合中の疲労は、栗田がコントロールするものと思われた。
前回大戦のリベンジを果たす時がやってきた。選手全員がこの試合でリーグ優勝も関西府県CL出場権も手にするつもりである。
南紀ウメスタボールからキックオフ、前半が始まった。
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「ちと予想外だったな…」
「え?」
ベンチから試合を眺めていた栗田のぼやきに、隣に座るコーチの下村が反応した。
試合は2-1で前半を折り返した。試合開始時に立てた戦術の連携ミスから相手FWの安藤に先制ゴールを奪われたものの、前半終了間際に、2人の司令塔からパスを受けた2トップがそれぞれ得点を決めて逆転に成功。
後半に入り、三瀬の直接フリーキックが決まった時点で、平と江崎を下げて若村と畑中を投入。試合はすっかり落ち着いている、というよりウメスタが攻撃のペースを緩めたのだ。
「後半戦出ずっぱりだった畑中は今日休ませるんだと思ってました」
「…本当はそのつもりだったんだがなぁ。そんな疲労が溜まってるように見えないのと、そもそも外していた意味がないと思って代えた」
栗田の言葉に下村が首を傾げる。
栗田がこの試合の先発メンバーを前回対戦時と同じ構成にしたことは、ロッカールームで伝えたこと以外に別の意図があった。
明らかにこのレベルのリーグではゲームチェンジャーとなっている畑中に依存するような攻撃の仕方を改めさせるつもりだった。
ドリブルで相手は抜ける、パスはピンポイントで通せる、シュートも打てる、守備で味方のカバーに入れるで、畑中は完全にチームの中心に収まった。あの三瀬ですら畑中には一目置いていて、彼がボールを持つと動きを緩めるくらいだ。
つまり、畑中が何らかの理由で出場できなくなるとチームの攻撃が機能しなくなるリスクを、それなりのレベルを相手にして選手達に感じて欲しかったというのが、栗田の本音だった。
しかしその目論見は結果として外れることとなる。
「畑中に依存してないってことですか?」
「いや、してるのは間違いない。畑中でないと勝てないとは思っていないだろうが、とりあえず畑中に回そうっていう雰囲気はあるだろ」
「まぁ…勝てるとこで勝負するのは鉄則ですからね」
「それが悪いってわけじゃねえよ。ただ畑中がいなくなった時にオタオタするチームにしたくねえってだけだったんだが…」
栗田の誤算は、紀北サッカークラブが南紀ウメスタにとってそれなりのレベルにも達していないということであった。
「リーグ戦勝ちまくって明らかに自信がついてる。俺が半分ハッパかけるつもりで楽勝だとか言ったが、マジであいつら楽勝だと思ってやがる」
紀北サッカークラブも死に物狂いでタックルに向かってくるが、全体的にオフザボールのキレが良いせいかパスコースが潰されない。
「リスクは残るが…勝てるチームになってきたな」
栗田の指導の賜物か中心選手のメンタルが全体に伝播したのか理由は定かではないが、明らかに県リーグのレベルを超えたと思わせるのに十分な一戦となった。
その後、試合を通じてチャンスを作ってきた平ー手塚のホットラインから、手塚がワンツーで戻すと、最後は平がダメ押しの追加点を挙げてゲームセット。
蓋を開けてみれば、これまでの試合と同様に南紀ウメスタSCが2位の紀北サッカークラブを全く寄せ付けず、4-1で完勝した。
「おめでとうございます」
「何もめでたくねえよ。あと2試合残してる。それにリーグ戦優勝したところで、スタートラインに立っただけじゃねえか」
「教え子が自分の予想を超える結果を出すのが、指導者の醍醐味だと思ってますよ、俺は」
下村はそう言い残して、選手たちを労うべくベンチから立ち上がりピッチへ入っていった。
栗田はため息をついて、手元の資料に目を落とした。それは木田がまとめてきた他府県リーグにおける順位表と、所属チームのプロファイルであった。
そろそろ次のステージの勉強でも始めようかと、栗田はようやく重い腰を上げて、癖となっている色眼鏡の位置を正した。
南紀ウメ 紀北SC
4 ー 1
38' 手塚(平) 13' 安藤
45' 西野(三瀬)
60' 三瀬(FK)
87' 平(手塚)
最高評価点: 三瀬学人(8.0)
つづく。




