第101話 ライバルの視察
(簡易人物メモ)
小野沢和浩: 難波CityFC所属GK
岩井旋律: 同クラブ所属FW
佐山ウーゴ: 同クラブ所属FW
松橋真人: 同クラブ所属DF
※ウメスタ選手勢は割愛
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2020年9月末。和歌山県リーグ1部、第7節が行われる日である。
しかし今日対戦する予定の南紀ウメスタSCでも木国シティFCでもない、ユニフォームと同じ白と黒のモノトーンを特徴とするチームTシャツに身を包んだ選手たちが、黒船サッカーパークを訪れていた。
「すごいっすね…」
思わずそう呟いたのは、難波CityFCに所属する若手DF松橋真人である。
松橋に限らず、社会人サッカーチームに所属している選手が初めて黒船サッカーパークを目にすると、そのアマチュアサッカーに不釣り合いな広大な敷地と、J3基準をクリアする規模のスタジアムに対して様々な感想を抱くものである。
「…どんだけ金持ちやねん」
「羨ましい限りだな」
難波CityFCの10番、岩井旋律がへそを曲げている横で、同クラブのキャプテン小野沢和浩が素直な感想を口にした。
特に都市部を拠点とするサッカーチームがJリーグ入りを目指すにあたって直面するのがスタジアム問題である。
J1で15,000人、J2で10,000人、J3で5,000人以上の収容人数のあるスタジアムをホーム登録することが求められる中で、難波CityFCはまだその候補先を決められないでいた。
そんな彼らではあるが、今シーズンは大阪府1部リーグにおいて、南紀ウメスタSCよりも一足先に、リーグ戦の2位以上を確定させた。東京、神奈川、静岡と並び激戦区と言われる地域で、早々に関西府県CLの切符を手にしたのである。
まだリーグ戦をすべて消化している状況ではないが、南紀ウメスタと同様に難波Cityもリーグ最多得点最小失点のポジションを継続している。
「去年までなら兵庫、京都見て終わりだったみたいですけど、今年は和歌山遠征ですね」
メインスタンドに腰を下ろした松橋が手元のスマートフォンを見ながら口を開いた。
関西府県CLには大阪府・京都府・兵庫県・奈良県・和歌山県・滋賀県の6府県リーグの1位及び2位のチームが進出するが、毎年優勝候補は大阪、兵庫、京都のチームの中で語られることが多い。
「そんな、見にいくほどのレベルなんか? 南紀ウメスタは」
「監督曰く、うちと、兵庫の神戸セントラルFCと、南紀ウメスタSCの三強らしい」
兵庫県リーグ1部に所属する神戸セントラルFCはリーグ戦3連覇中のいわゆる関西府県CL常連組だ。難波Cityは今シーズンに1部へ上がってきた新参であり、自分たちにはない経験というアドバンテージを有しているため、警戒する意味はなんとなく分かる。
一方で南紀ウメスタについては昇格組であり、しかも今シーズンの頭に練習試合をして佐山の2ゴールで2-0の完勝を収めている相手だ(第71話〜72話参照)。
試合内容はあまり覚えていないが、スコアの通りそれほど苦戦した記憶もない。わざわざ2時間も電車に揺られて観戦する必要があるのか、岩井は疑問であった。
「そりゃあ、おまえ。練習試合と同じようにはいかないと思ってるから見にきてるんだろ」
「そうやと思いますけど」
試合はアウェイの木国シティボールから開始された。早くも練習試合の時との違いを佐山が指摘した。
「3バックだ」
「はい、ここのところウメスタはほとんど3バックを採用しているようです。3-4-2-1ですね」
小久保
三瀬 西野
アド 畑中
平 大西
坪倉 下村 榎本
礒部
ピッチ上では木国シティのハイボールを最終ラインの中央で跳ね返す#05下村の姿。上背もあり、3バックの中央、よく声も通るので目立っていたが、彼は練習試合の時はいなかった気がする。
「5番、練習試合の時いなかったな」
「えーと、下村健志。38歳、ベテランですね! 元J3グランデ鳥取で長くスタメンのセンターバックやってた選手みたいです」
「ウーゴ、おまえおっさんなんかに絶対負けたらあかんで」
下村が跳ね返したセカンドボールの取り合いから#04の平が思いきり左サイドに振った。ボールは綺麗な弧を描いて怪我から復帰した#08アディソンの元へ。
アディソンがフットサル仕込みのテクニカルなドリブルでスルスルと相手を抜き去ると、バイタルエリアへ侵入すると同時に、中にいるFW陣へパスを出すかと思いきやシュートを選択。意表をついたミドルシュートがゴールネットに突き刺さった。
「うおおお」
「今のはすごいな…」
味方選手の喜び方からしてマグレっぽい感じはするが、練習試合の時一番やられた印象があるのはあの8番である。そしてもっと言えば、その前の4番のロングパスも素晴らしかった。
「松橋、止められそうか?」
「スピード勝負してくれた方が俺としてはありがたいっすけど、下手に取りに行くとかわされそうなんで、我慢して時間を遅らせつつ囲んで取るのがいいように思います」
現実的な松橋の回答にキャプテンの小野沢が頷いた。
南紀ウメスタ同様に難波Cityはシーズン中に戦力補強を行っており、この松橋が唯一スタメンを勝ち取った男である。守備的な右サイドバックであり、もし南紀ウメスタとやる場合、8番とのマッチアップは松橋ということになる。
前半を1-0で折り返しての後半開始早々であった。#18畑中と#08三瀬のコンビネーションで鮮やかに右サイドを突破すると、畑中からのクロスを#09小久保が頭で押し込んで追加点。
さらに後半終了間際、前がかりになっていた相手の裏をつくように最終ラインの榎本からロングパス。中央に陣取っていた三瀬がゴールキーパーの頭上を抜くループシュートを決めて3-0で完勝した。
「………」
「見に来てよかったな、旋律」
「こんなん、相手が弱いだけですよ」
「攻撃のバリエーションが多い」
練習試合の時はほとんど左サイドのアディソンに頼っていたところがあったが、今日の試合に関しては左サイドはもちろんだが、むしろ元Jリーガーの畑中が君臨する右サイドからの崩しの方が脅威に感じる。そして最終ラインから裏を狙うパスを出せる選手がいて、それを決めきれるアタッカーもいる。
おそらくこれはあえてバリエーションをつけた攻撃をするようにベンチから指示されているように思われた。1試合ずつ課題を設定して選手を追い込むようなタイプの監督なのかもしれない。
もちろん岩井の言う通り、これが関西府県CLレベルの相手にできるかといえば別の話だろうが、難波Cityの攻撃パターンは基本的に決まっているだけに、南紀ウメスタの攻撃パターンは華やかに映った。
「次やる時はしびれるゲームになりそう」
「いいやないかウーゴ! 大阪は張り合いがなさすぎるんや。こいつらとやろうや」
試合が終わると同時に難波City勢も立ち上がって帰路につこうとする中、小野沢はゴール裏のサポーター席を一瞥してから席を立った。
南紀ウメスタの戦い方は変わった。堅守速攻のスタイルではもはやない。ボールポゼッションからサイド攻撃を中心に崩していく近代的な攻撃的なサッカーをやってくる。
それに対して難波Cityはクラシックな堅守速攻型のチームである。大阪1部ではボール支配率は高くなるが、南紀ウメスタとやる場合は、守る時間が多くなるかもしれない。
しかし、逆に言えば彼らが今日のスタイルで来てくれるなら相性は良い。いつも通り自分を中心に数で守って、旋律とウーゴのカウンターで刺せるチームとも考えていた。
「神戸とどっちが手強いっすかね」
松橋は来るべき決戦を前にして感情が昂っているのか、子供のような表情でキャプテンの小野沢を見上げた。
「どっちも組織重視ですけど、神戸は高さ、ウメスタは速さって感じかなぁ」
「神戸もサイドは速いやろ。高さがある分、神戸の方が手強いんちゃうかな」
「俺はウメスタのほうが嫌だね」
「キャップはウメスタ派かい」
サポーターの数が神戸より、そして難波Cityよりも多かった。ただそれだけの理由であったが、確信めいたものを小野沢は感じていた。
つづく。




