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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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105/115

第100話 才能の原石

(簡易人物メモ)

真田茜: 木国高校2年生 サッカー部マネージャー

福島亜紗: 西野黒船食品 執行役員

田村周一: わかやま新聞 デスク


ーーーーーーーーーー

 2020年9月。黒船サッカーパークにて試合の行われない土日は、その至近に店を構える喫茶店ジョージ屋の店内に少し落ち着いた雰囲気が漂っている。


 そんな中で店の奥の二人用の小さな席からペラペラと紙をめくる音が静かに響いていた。


 その音をやや緊張したような面持ちで見つめているのは、真田茜さなだあかね17歳。


 現在タイにてプロサッカー選手としてラーチャブリーSCと契約した真田宏太さなだこうたの妹であり、兄の後を追うように木国高校のサッカー部に所属している真田裕太さなだゆうたの双子の姉である。


 その向かいに座ってノートに目を落としているのが福島亜紗ふくしまあさだ。


 2019年2月に黒船グループの社員となって以降、チームのユニフォーム、エンブレムの作成に始まり、人材の発掘、wetubeチャンネルの立ち上げ、動画内の司会進行など多方面でその存在感を発揮し、現在は子会社である西野黒船食品の執行役員を務める26歳の女子である。


 しかし今日茜が時間をもらったのは、黒船に入社する前、地元和歌山のWEBメディアである「ジモットわかやま」の編集者として働いていた

頃の福島に見せたいものがあったからである。



「これ…茜ちゃんが全部書いたの?」


「え? あ、はい…!」


「写真は? 自分で撮った?」


「はい、そうです。スマホなんですけど…」



 福島が手にしているそのノートは、茜がこれまで書き溜めていたサッカーに関する「記事」である。茜が中学3年生の頃から書き始めたその記事群は、すでにノート数冊のボリュームに及んでいた。


 きっかけは、兄の宏太に関する何かのウェブニュースの記事であった。詳細は覚えていないが、兄のサッカー選手としての将来性に期待するその小さな記事を読んで、人知れず兄がすごく喜んでいたのをよく覚えている。記者という仕事は、誰かを喜ばせたり、感情を揺さぶるような何かを生み出すものなのだと、子供ながらに茜は思った。


 それ以来、茜は記者になるのが目標であった。見様見真似で自分がマネージャーとした間近で見てきたサッカーの話題に絞って、あらゆる内容を記事としてまとめた。写真も撮った。言ってみれば「ごっこ遊び」である。


 そんなことを繰り返す内に、高校2年生でいられる時間も半分となって、いよいよ茜は将来の進路を決めるタイミングに来ていた。


 経済的な理由もあって大学進学は難しい。でも記者だったら学歴関係なく実力主義なのではないかと、茜は調べもせずにそう思っていた。


 だからこそ今自分がプロと比べてどのくらいの地点にいるのか知りたい、そう思って福島にお願いしたのである。



「………」



 福島は知らず知らずのうちに口元を手で押さえながら紙面に目を通していた。


 このご時世、手書きの記事なんて読むのは本当に機会がないことだが、正直デザインとして味があると思った。手書きフォントみたいな文体で書かれる記事、ジモットでも試してみたらおもしろかったかもしれない。


 黒船食品の実質的な最高責任者として、足元ではお茶請け菓子である「黒梅袖」に次ぐヒット商品である梅酒の開発に心血を注いでおり、長らくメディアの仕事から遠ざかっていたことから、記事外形的なところに興味が向いたり、単純に記事を読むことの新鮮さを楽しんでいたが、やがて、その内容に福島は引き込まれていく。


 主に茜の兄である真田宏太に関する記事がほとんどであるが、練習の様子から普段の食事、余暇の過ごし方、スカウトとの関係性、大会への臨み方、試合のレポートなど、そのテーマは多岐に渡っていた。


 5W1Hを漏らさない基礎的なところはしっかりケアされているし、事実ベースで表現すべきところが、書き手による一定の想像を前提に書かれているところは改善の余地があると思いつつも、ただ17歳の女の子が書いたという前提に立てば、初々しくない主張の強さも味といえば味である。


 何より内容が面白かった。取材対象の妹であるからこそだが、おそらく一流記者が真田宏太に密着しても、ここまでの内容を引っ張り出すことはできないのではないか。


 もちろん実力という観点からすれば考慮されない要素かもしれないが、もし真田宏太が日本代表とかにまで上り詰めて世間から注目を集める選手になるのであれば、それだけで記者として、業界内で一定のポジションを築けるということでもある。


 このノート、然るべき人に見せれば化けるのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎった瞬間、福島はノートを閉じた。



「ありがとう、おもしろかった…すごく!」


「え、ほんとですか!? あの…なにかアドバイスとかあれば…」


「わたしはジモットにいた時から本職の記者ってわけじゃないから、軽々しくアドバイスできない。でも、このノートはすごいと思う」



 逆に言えば、軽々しくアドバイスできないほどのクオリティである。福島はそう言いたかったが、茜には伝わらないだろう。


 福島はスマートフォンを拾い上げるとともに、バッグの中から名刺入れのファイルを取り出す。偶然持ってきていたことがこんなところで役に立つとは。



「茜ちゃんは記者になりたいの?」


「はい、高校卒業したら記者として働きたいです!」


「…わかった! わたしは別途メールしておくから、明日にでもこの人に連絡取ってみて」



 その名刺には「わかやま新聞社」の文字と「田村周一たむらしゅういち」という名前が書かれていた。



「この人は…?」


「茜ちゃんがやりたい仕事してる人の中で、わたしが知ってる一番えらい人」



 わかやま新聞社は、和歌山県和歌山市を本社とし、「読者とともに和歌山県を元気にすること」を社是とする地方新聞社である。


 そして、わかやま新聞社が発刊する「わかやま新聞」は、1980年に創刊され、何社かの合併を繰り返しながら、現在では和歌山県全域を取材対象としてカバーする唯一の地方新聞を謳っている。


 田村周一は福島がジモット時代に少し仕事で絡んだことのある男で、今は記事の取りまとめ役であるデスクになっているはずだ。


 昭和の記者らしく口は悪いわタバコは吸うわエロ本は読むわでめちゃくちゃだが、記者としての力量は確かであるし、それ以上に人を見る目みたいなものに優れている印象を福島は持っていた。


 真田茜と田村周一の化学反応は確実にあるはずだ。だって半分素人みたいな自分が読んだってこの記事は面白い。あの男の心が動かないはずはない。



「わかやま新聞は市民記者制度っていうのがあってね、私達市民が記者になって寄稿できる仕組みがあるのよ」


「そうなんですか!? すごい、それに応募すればいいんですね?」


「えっとね、たぶん18歳以上じゃないと難しいから、直接的には応募できないんだけど、多分今も田村さんがデスクとして見てるはずだから、とりあえず話は聞いてくれると思う!」


「わ、わかりました…!」



 それ以外にも福島はいくつかアドバイスをした。まず17歳であることをちゃんと伝えること。そして和歌山県のサッカーに関する記事を100個書いてきたから全部みてくれという無茶なお願いをすること。そして、アポが取れたら高校の制服姿で行くこと。



「な、なんか逆に話を聞いてくれなそうな言い方に聞こえるんですけど…」



「茜ちゃん、逆張りだよ。相手は常にネタを求めてる記者の集団よ。『17歳のJKがなんで記事を100個も書いて持ってこようとしてるんだ?』って思わせたら勝ちよ。あなたに興味を持ったってことだから。目立ったもん勝ちだからね!」



 そういうものなのかと茜は素直に頷く。



「あの、福島さん。わたし記者になれると思いますか?」


「茜ちゃんはどうして記者になりたいの?」


「それは、人を感動させられる仕事だからです!」



 茜の姿は若き日の自分の姿と重なった。


 本当は聞かなくても分かる。この記事を読めば、誰だって分かるのだ。この記者は芯がある。伝えたいことがあるんだということに。



「絶対なれると思うよ。そんで、うちのことも取材してよ」


「もちろんです!」



 それに、もし茜が本当に記者として働いてくれるなら、黒船にとっても大きなプラスになるかもしれない。


 そんな将来を夢見てしまうのは少し飛躍し過ぎているだろうか。






つづく。

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