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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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104/115

第99話 県1部リーグ第6節(20/9月)

(簡易人物メモ)

高橋則夫: 梅サポ「シエロ」リーダー

椋林晶子: 梅サポ 椋林翼の母

椋林空: 梅サポ 椋林翼の弟

キッズサポ: 西野裕介、下村健人、真田翔太

オレンジ熊野: 黒船ch 実況担当

真弓一平: 黒船ch 解説担当

※選手は割愛


ーーーーーーーーーー

 2020年9月。和歌山県社会人リーグ1部の第6節が行われていた。県1部リーグは6チームによるホーム&アウェイ形式での全10試合。今日からレギュレーションとして後半戦が始まる。


 和歌山市民陸上競技場は早くも秋晴れである。アウェイゲームに集合したサポーター達の間でも、去年は意識する必要のなかった勝ち点の読み合いが始まっていた。


 南紀ウメスタSCはリーグ戦5試合を消化し、勝ち点13。得失点差で大きく突き放しているものの、2位の紀北サッカークラブも同じく勝ち点13でぴったりとついてきている状況である。



「こりゃ直接対決で決着つける可能性もあるなぁ…」


「いや、ヤマさん。そこまで厳しい戦いにはならないよ」



 たどたどしい手つきでスマートフォンをいじる和菓子職人の山根に向かって高橋が首を振った。


 県1部リーグは2位までが関西府県CLへの出場権を得られるため、3位にさえ落ちなければ次のラウンドに進めるのだ。そういった意味ではすでに南紀ウメスタと紀北SCで決まりだという見方がリーグ戦の大勢である。


 そして、今日対戦するサン和歌山FCが、勝ち点はそれなりに離れているとはいえ、第3位につけていた。ホームで戦った第2節では3-1でウメスタが完勝しているが侮れない相手だ。



「ここでサン和歌山を叩ければ、ほぼ2位以上は固いと思う。逆に負けてしまえば、サン和歌山を巻き込んで混戦になるかもしれない。それだけは避けたいね」


「なるほど、そういうことじゃな。…聞いたか皆の衆!」



 山根の後ろに控えていた梅サポ一同が声を上げる。アウェイでも300人ほど集まるようになったのは、クラブ側の努力はもちろんだが、シエロの地道な草の根運動のおかげかもしれない。



     小久保

    西野 手塚

江崎        畑中

    平 大西

  坪倉 下村 榎本

     礒部


控え: 椋林、三瀬、アディソン、若村、大橋



 スターティングイレブンが発表された。やや通常と違う顔ぶれとなっていることに対して、お馴染み実況解説の二人が言及する。



『真弓さん、ここまでリーグ戦全試合に先発していた三瀬選手とアディソン選手がベンチスタートということですが…』


『怪我のようですね。ベンチに入っているところを見ると、二人とも重傷ではないものと思われますが、ここから1試合の重要性は増していきますので、できれば出場させたくないというのが監督の気持ちではないでしょうか」


『なるほどですね。試合への影響はどういったところにあるでしょう』


『攻撃面はかなり影響を受けるでしょうね。アディソンくんがいなければ左サイドからの突破は使えませんし、三瀬くんがいないことでゴール前のコンビネーションやセットプレイ全般の質も落ちてしまいます』

 


「実際セットプレイはどうするんかね…」


「畑中選手がやると思います」



 高橋の独り言に反応したのは、車椅子のサポーター椋林空である。その様子に空の母親である晶子と目配せをする。


 空はここ最近なにかスイッチが入ったみたいにサッカーの研究を始めたらしい。南紀ウメスタについても兄の翼が試合の映像を持っているため、それを目を皿のようにして見ているとか。



「平がやるかもしれないぜ」


「その可能性もありますが、僕なら畑中にします。平のほうがカウンターの時の対応がスムーズだと思うので、真ん中に残しておきたいです」


「すげえな!」


「ムックすごい!」



 思わず笑ってしまうくらいはっきりとした意見に高橋も脱帽である。空のコメントを聞いていたキッズサポの面々も拍手すると、空は照れたように俯いた。



「今日はお兄さんの出番あるといいな」


「はい!」



**********



 試合はある意味で想定通りの展開となった。攻撃の組み立て役が普段より2枚落ちるメンバー構成となった影響により、南紀ウメスタは後半に入っても得点を奪えずにいた。


 左サイドと中央に崩す役割がいないとなれば右サイドの畑中にボールを集めたくなるが、サン和歌山FCの守備陣は畑中潰しを徹底しており、マークが厳しくボールを保持することができない。


 2シャドーの一角である手塚が中盤の位置まで下がってボールを繋いでいるが、小久保と西野の2トップでは、完全に引いて守る相手に対して、ゴール前のアイデアが足りていなかった。


 観客席で声を枯らしていた高橋が手元の時計に目を落とす。残り時間も20分を切ろうとしていた。



「平選手を一列前にしないのはどうしてだろう…」



 空の独り言が聞こえてきた。ダブルボランチの一角である平により攻撃のタスクを与えるということを言っているのだろう。


 確かに攻撃枚数を一枚増やすことは十分に選択肢としてはあるように思うし、おそらく平自身もそれは理解していそうだが、動いていない。



「狙われてる気がするな…」


「え?」


「サン和歌山は引いて守っているが、前線の2トップは中盤で待機している。もしかしたら、平が攻めにいくのを待っていて、カウンターで点を取ろうとしているのかもしれない」



 試合も終盤に差し掛かる中で相手側の守備の集中力が切れていないのは、ワンチャンスでの1-0を狙っているから。そして、そのトリガーが平の攻撃参加である可能性はあるように思えた。



「平もそれが分かっているから迂闊にリスクを取って上がらない。前線が点を取る方に賭けているんだ。ただ…」


「もう時間がないですよ…」



 しかし監督もそれは理解しているからこそ、先程からベンチが慌ただしく動いているのだと思う。そして、レフェリーの笛が鳴った。



『後半25分、南紀ウメスタ選手交代があります。ーーーえー、14番手塚に変わって、13番若村が入ります。そして、17番江崎に変わって、16番の椋林です!』



 実況の声に観客席がざわついた。



「待ってたぞ、おーい!」



 高橋の掛け声にスタンドから「翼! 翼!」の大合唱が始まった。


 晶子は両手を握りしめて祈るようにピッチを見つめ、空はピッチと手元を交互に見ながら、膝に置いたホワイトボードを忙しなく動かし始めた。



   小久保 西野    

 

椋林   平    畑中

   若村 大西

  坪倉 下村 榎本

     礒部



「3-5-2ですね」


「ああ、実質4トップみたいな感じかもしれないな」



 空が置いたマグネットの両翼を高橋が前めにずらしてみせた。


 若村をボランチの一角に使うことで守備の穴を埋めながら、平を前で起用するという考え方は先程の空の意見とも合致していた。


 それに、これまでの戦い方を見るに相手は相当に南紀ウメスタのことを研究してきている。試合開始から畑中を徹底マークしてきたのは、逆に三瀬やアディソンが出場できないかもしれないという状況を知っていないと説明がつかない。


 裏返せばデータにない選手であれば、相手の対応は後手に回る可能性が高い。



『改めてご紹介しましょう! えー、16番の椋林翼選手。プレイスタイルは、いわゆるサイドアタッカーですよね?』


『仰る通りです。今日の試合では左サイドに入っていますが、本来は右サイドが本職の選手ですね』


『左サイドに入った理由としては、やはり右の畑中選手は外せないという判断でしょうか』


『今日みたいに引いた相手の場合はスピードを活かしたプレイをしづらいので、ということもあるかもしれないです。彼はシュートも打ちますから、右利きの選手の場合は左サイドにいたほうが点は取りやすいですよね』



 注目のファーストプレイは、オフザボールの動きから始まった。


 椋林がボールを持つと、シンプルに前線に張っていた#09小久保へ浮き球のパス。ボールを収めた小久保がバックパスでバイタルエリアにいる#04平に渡すと、平が思いきってミドルシュートを狙う。


 ゴールキーパーが前に弾いたところを#11西野が詰めていたが、その前に相手DFによってゴールラインへ掻き出された。



「はええ、もう詰めてんじゃん!」



 西野の後ろに入ってこようとしていたのは起点となった椋林であり、平も小久保も、そこにいた16番の姿に驚いているようだった。


 残り時間からして左に張っている理由はない。インサイドに一直線に走っていったのは当然であるが、体力を消費している選手が大半の中で彼のスピードは一際目立っていた。



「お母さん、泣いてる場合じゃないよ! ちゃんと見なきゃ!」



 母は息子の言葉に顔を手で覆いながら何度も頷いた。そう言うお前も泣いてるじゃねえかと、高橋は空の頭をぐりぐり撫でる。


 椋林翼というプロサッカー選手をずっと家族として見てきた親子にとって、今のなんでもないワンプレイにはかけがえのない価値があるのだろう。


 そして、先程の椋林の動きを見て、彼のことを理解した選手が、平と小久保であった。


 中盤でボールを回しながら、平が攻撃の機会を伺う。試合も終盤、簡単にフリーになれるほどの走力はもはや前線に残されていない。


 正直攻めあぐねていたところ、スタミナも限界であろうに、ベテランの畑中が自分の立ち位置を捨てて中央に走り込んできた。



「チャンスだ!」



 ボールホルダーの判断は、小久保に対するグラウンダーのパスであった。畑中はデコイラン(囮の動き)である。


 そして、小久保は相手DFを背負いながら、平からのパスを綺麗にスルーした。



「スルー!」


「上手い!」



 後にその得点は、90%小久保の得点であるとコメントされるほど、ファインプレイであった。


 そのワンプレイはゴールキーパーさえも釣り出すことに成功し、平のパスを受けた#16椋林の前には無人のゴールが広がっていたのである。


 3年ぶりとなる公式戦の得点は、強くでもなく弱くでもなく、まさにゴールにパスを通すかのように、静かにネットを揺らした。



『ゴーーーール!! 決めたのは16番、先程途中交代でピッチに立った、椋林翼選手です!』


『よ、よく、走り込んでいましたね。オフサイドギリギリだったんじゃないですか?』


『みなさんご安心ください、旗は上がっていません! 正真正銘ゴールです! 1-0! 後半40分ついに南紀ウメスタが勝ち越しに成功しました!』



 観客席は完全に椋林親子を取り囲んでのお祭り騒ぎである。そこには晶子が女性であるとか、空が車椅子に乗っているとか、そんな些細なことに対する配慮のかけらもない、どんちゃん騒ぎであった。



「むーくーばーやーし! つばさ! つばさ!」


「あっはっは、そんなチャントねえよ! まだ作ってないから!」


『むーくーばーやーし! つばさ! つばさ!』



 ピッチ上ではゴールを決めた椋林をウメスタの選手たちが観客席まで強引に連れてきていた。


 本人も目頭を押さえているようだったが、サポーター席を目にして、泣きながら笑っていた。


 その即興のチャントは試合終了までウメスタの観客席から聞こえてきた。そして、試合が終わるとその声はクラブ名に変わっていた。


 第6節を終えて、南紀ウメスタSCは勝ち点を16に伸ばし、2位の紀北サッカークラブは勝ち点14に留まった。



サン和歌山     南紀ウメ

  0    ー    1

          86' 椋林(平)


最高評価点: 平雄一郎(7.5)






つづく。

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