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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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103/115

第98話 ごるかぶーん!!誕生

(簡易人物メモ)

糸瀬貴矢: 黒船サッカークラブ 代表

細矢悠: 黒船ターンアラウンド 代表

濱崎安郎: 南紀ウメスタSC GM

砂橋一輝: 紀伊テレビ プロデューサー


※前エピソード「もうひとつの物語」の続きは、黒船スピンオフ小説「黒船サッカー代理人の復讐譚」にて進行して参ります。


ーーーーーーーーーー

「それで、グルーバー君はどうなったんですか?」



 オーディエンスの問いかけに、南紀ウメスタSCのGMである濱崎は、きょとんとして首を縦に振った。



「え? わかりません」


「ええっ!?」



 2020年8月も終わり頃。黒船サッカーパークのクラブハウス2階にある小会議室に男達が集まっていた。


 同じグループ内でも久しぶりに会った人もいるし、初対面の外部の人間もいるしで、まずはアイスブレイクだと世間話が始まったところ、会議の参加者である濱崎のエピソードが取り上げられたというわけだ。


 話が尻切れとんぼに終わってしまったため、そのオーディエンスこと黒船ターンアラウンドの代表、細矢悠ほそやゆうが思わず声を上げた。



「そこはフォローしましょうよ、続きが気になるじゃないですか」


「私は当事者じゃないですからね…。でもうまくいってもらって、良い選手紹介してくれたら最高ですから、できる協力はしようと思っていますが」


「いや、でも話としてはおもしろかったですよ。テレビで取り上げるにはニッチすぎるが、新聞とかなら悪くないネタだよ」



 濱崎とテーブルを挟んで向かい側に座っているのは、紀伊テレビの番組プロデューサー砂橋一輝すなはしいっき、今日の会議の発起人である。


 さて、かなり脱線してしまったが、本題に移るべく、黒船側の最高責任者であり、元を正したところの言い出しっぺである糸瀬貴矢いとせたかやが口を開いた。



「じゃあ、砂橋さん。企画の進捗を教えてください」


「おう、糸瀬さん。任せておきなよ」



 改めて黒船側のオーダーは、紀伊テレビで放送する、サッカーを題材としたオリジナルの短編アニメ制作だ。そのこころは、出来上がったアニメのキャラクターを南紀ウメスタSCのマスコットとして採用すること。いわゆる逆輸入である。


 砂橋は手元の資料を参加者に配った。その企画書は通常のアニメのそれとはかなり異なる構成で始まった。


 まずはこのアニメを制作する人間がどんな男なのかを説明する。森繁洋二もりしげようじの経歴、実績のプレゼンテーション(第93話参照)だ。


 制作を担当する吉村浪漫よしむらろまん自身に大きな実績がなくとも、世界のMORISHIGEとセットで語ることによって、その実績のなさが逆に希少性へ変わるような話し方を心がける。


 直接的にアニメの中身には関係しないものの、このアニメが本当にヒットするかどうか断言できる人間はこの場にいないはずだ。であれば「この人が作ったならイケるだろう」という雰囲気を醸成する必要があった。さらに吉村率いるCaravan Graphicsの制作条件は出資である。その点も含めてクライアントを納得させなければ始まらない。



「すごいですね…この森繁さんとコネがあったわけじゃないんですよね?」


「恥ずかしながらまったく接点がなかったんで、飛び込み営業かけたよ」



 そういうの糸瀬さん好きなんだよなぁと、細矢は内心で思いながらページをめくると、そのタイトルが目に入ってきた。



題名: ごるかぶーん!!

種別: 科学と魔法の必殺シュート追求コメディ

形式: 5分1話完結方式/非連続ストーリー

対象: 5歳〜12歳の男児



「アニメのタイトルは『ごるかぶーん!!』」


「どういう意味です?」


「英題は『GoAL KABooM !!』。Kaboomは英語の擬音語、オノマトペってやつで、爆発音とかに使われる。日本語にハメると『どっかーん!』だな」



 タイトルは紆余曲折あったが、海外展開を前提にした作品を目指すという黒船の意向を尊重し、英語での子供っぽさを追求したタイトルになった。


 日本語に直訳すれば「ゴールどっかーん!!」になるが、ここはノリと語感を重視して、響きのまま邦題とすることに決めた。



「濱崎さん、海外で生活していた立場としてどうですか?」


「シュートの表現としてKaboomは使われる気がしますね。英語圏の人以外にはあまり伝わらないかもしれませんが、でも言いやすいですよね。日本語でもそうだし、たぶん他の言語でも。雰囲気も伝わって良いんじゃないでしょうか。


「うん、俺もいいと思う。…なんか、逆にサポーターの人も言ってくれそうじゃない?」



 糸瀬の一言にその場の皆がスタジアムで南紀ウメスタSCがゴールを挙げる様を想像した。



「…ほんとですね。ゴール決めたら、ごるかぶーん!ってことですよね」


「実況のオレンジさん言いそう。思いっきり英語の発音で、『Goal Kabooooom!!!』って」



 そのアニメのタイトルは一気に黒船メンバーの心を掴むことに成功したようだ。砂橋はやや前のめりになって説明を続けた。


 

「話の設定はシンプルだ。主人公のマシューは科学者。10歳くらいの男の子。色んな機械を使ってすごいシュートを日々研究してるんだ。妹のアンナは魔法使い。いつも飴をしゃぶってる3歳くらいの女の子。話の最後にマシューが作り出したシュートよりすごいやつを魔法でぶっ放して、あたり一面めちゃくちゃになって終わるっつう予定調和を繰り返すイメージ」


「サッカーを題材にしているけど、スポーツを描くわけではないということですね?」


「ああ、5分の尺で、しかも声も入れずに試合を描くのは無理だと判断した。それに下手にアニメの中でなんかのチームに所属すると、マスコットとして使いにくくなるだろ?」



 余計なストーリーは排除することで、キャラクターの魅力を前面に出す。何も考えずにただわちゃわちゃしてるのを見て楽しむ。そういうアニメになるとのことだ。



「日本のアニメというと、やはりストーリーの魅力が語られますが、これはどちらかと言うと、アメリカのカートゥーンに近い感じですね」


「その通り、キャラクターデザインもいわゆる日本のアニメっぽくしてない。海外風のデフォルメされたやつにする。でも画面のエフェクトや表現は日本っぽくしたいと思ってる。アメリカのアニメキャラを使って日本の漫画やアニメの雰囲気にしてる」



 手元の資料と合わせて、砂橋もCaravanのスタジオで見せられた映像を黒船の面々にも共有し、作品のイメージは十分に伝えることができた。



「シュートのアイデアは、問題にならない範囲で実際に真似できるようなものというコンセプト。wetuberとかがそれなりにお金かけて真剣に準備すれば、似たようなものができそうな…」


「バズるような要素を散りばめるってことですね」



 細矢の言葉に砂橋が頷いた。SNSでどのように話題になるかも予め考えておく必要がある。



「何か視聴者参加型の企画とかあれば尚良いとは思うが、そっちはまだ考えてるところだなぁ」


「お便りコーナーとか、プレゼント企画?」


「クラシックな方法だとそういうもんだ」



 ごるかぶーん!!は1月クールから放送できるように水面下で準備は進められており、まだ時間は十分にある。APの山田でも酷使して企画を捻り出そう。



「名前、募集すればいいんじゃないかな?」


「あん、名前?」



 糸瀬の言葉に砂橋が聞き返した。



「名前ってなんのですか?」


「え、この必殺シュートの? 必殺技には名前があるものじゃん」



 砂橋の頭に電流が走った、ような気がした。思わず目の前のテーブルを叩いて立ち上がる。



「そ、それだ! それはいい、糸瀬さん!」


「え、あ、そんなに?」



 シュートに名前をつけることは砂橋も考えていたが、それを個別エピソードのタイトル、小見出しにしよう程度のアイデアだった。


 それよりも糸瀬の案の方が断然おもしろい。個別エピソードでマシューの開発したシュートの名前をSNSで募集する。



「制作側が一番良い名前を選んで、選ばれた人にはプレゼントとか、それこそDVDやwetubeに流すときのエピソードタイトルとして正式に採用するとか…ーーーこ、これはいいぞ…久々にまともな視聴者参加企画思いついちまった…」



 砂橋は半ば確信していた。こいつはいけると。


 森繁をある意味では口説いたところからその感覚は持っていたが、間違いない。



「紀伊テレもwetubeチャンネル持ってるんで、1週間ずらしてエピソードをwetubeに流すことは考えてる。全部出すと金にならないんで、一部になるかと思うが」



 たいした影響力のないローカル局ではあるが、すでに社内での意思統一は図れており、できる限りマーケティングには力を入れる所存である。


 局は説得した。制作側もやる気になってる。あとはクライアントである。



「糸瀬さん、これ…やるか!?」



 答えを聞くまでもなく、これまでの話を聞いていた糸瀬、細矢、濱崎の3人の顔が物語っていた。



「ありがとう、砂橋さん。あなたに頼んでよかった。ぜひお願いします」


「よっしゃ、最後の話だ! この企画自体はほとんどCaravan Graphicsの吉村社長が考えたもんだが、作るんなら自分たちも3割出資したいと言ってきている。糸瀬さん、飲めるか?」


「飲むしかないよね。飲まないとこれお蔵入りってことでしょ?」


「まだ作ってはいないから、お蔵入りとは言わないんじゃないですか? うーん、企画倒れ?」



 こうして「ごるかぶーん!!」制作委員会の出資構成は固まった。黒船側からは将来的なマスコットとしての使用権やキャラクターのグッズに関連する収益については100%の取り分を主張。砂橋が独断でこれを快諾した。


 Caravan及び紀伊テレビ側として確保したい収益は、映像作品そのもの権利であり、これについては出資比率に少し色をつけるところで折り合った。



「吉村社長は今日来れなかったんですね」


「ああ、オフィスっつうか、スタジオから出ない人らしい。まぁ会ってみりゃ分かるが、思いきり変人だよ」


「近々で挨拶行きたいからアポ取ってくださいね」


「おう、わかった。企画の正式な承認が降りたところで一緒に行こうや」



 打ち合わせの終わった会議室で糸瀬と砂橋がお互いにタバコを吸いながら笑い合った。



「砂橋さん、黒船に来る気はありませんか?」


「なんだあ、スカウトか?」


「うん。メディア関係に詳しい方とか企画力みたいなところ、うちの人間は全員素人ですから。ぜひ力を貸してもらいたいんですけど」



 砂橋は吐き出したタバコの煙を目で追いかけながら、視線を糸瀬に戻した。



「ごるかぶーん!!が当たったら、転職するわ。それなりのポストを用意しといてくれよ」


「うちなんも決まりないですから、自分で肩書き作ってください」



 後に、ごるかぶーん!!の実績を引っ提げで、紀伊テレビに恩返しした後、砂橋一輝は黒船入りすることになるが、それはまた先のお話。






つづく。

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