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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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102/115

第97話 もうひとつの物語②

(簡易人物メモ)

斉藤康二: 大阪文化大学サッカー部 強化部長

濱崎安郎: 南紀ウメスタSC GM

真矢・グルーバー: ユンドボーゲン社 代表

真弓・グルーバー: 元ASKグラーツ ユース選手


※FIFAフットボールエージェント制度は2023年より施行されたものですが、本作にあたっては既に当該制度が浸透している前提で描かれる点、ご了承下さい。


ーーーーーーーーーー

 真田宏太さなだこうたを初めて目にしたのは、高校インターハイ県予選の準決勝だった。今から約4年ほど前になる。


 元々は木国高校の対戦校にレベルの高いDFがいるということで、その選手の視察に訪れたところ、中学を出たばかりの高校一年生に目当ての彼がぶち抜かれていて、おったまげた。その一年生こそが真田だったのである。


 当時はプレイに波があり、木国高校は勝ち進むことができなかったが、こいつはデカくなるかもしれない。スカウトとしての勘がそう伝えていた。その年に真田と初めてコンタクトを取り、継続的に練習や試合を見るようになった。


 真田の知名度が一段階、いや二段階ほど上がったのは翌年だった。彼が高校二年の時に、和歌山の常勝軍団、関大和歌山高校を退けて全国大会への切符を手にしたのである。


 トップティアの大学には引っ掛からなかったものの、その下のレベルの大学スカウトはどこも一声かけたようだが、一足先に関係性を築いていた大阪文化大学が、彼を推薦枠に滑り込ませることに成功した。



「ーーー斉藤さん」



 不意に声をかけられて、大阪文化大学の強化部を率いる斉藤康二さいとうこうじは我に返った。


 目の前で展開されている試合の内容を脳が認識し始める。物思いに耽っていたのは数分だったようだ。


 今日は濱崎に呼び出されて黒船サッカーパークへ初めて足を運んでいた。試合はホームの南紀ウメスタSCがアウェイの和歌山市役所チームを相手に大量リードする展開となっている。



「どうですか? うちのチームは」


「あ、ええ。強いですね…正直カテゴリが違う感じがします。この試合だと逆に参考にならない」



 大学サッカー界に籍を置く斉藤にとって、社会人サッカーは未知の世界である。大学によっては部活動としてそのまま社会人サッカーリーグで活動しているチームもあるが、大阪文化大学はそうではなかった。



「直接お会いするのは初めてですね。濱崎安郎はまさきあろうと申します」


「斉藤です。この度はグルーバー君の件でご紹介ありがとうございました。無事に来てもらえることになりました」



 大阪文化大学は来年度、オーストリアリーグに所属していたユース選手、真弓・グルーバーに対してスポーツ推薦枠での入学合格通知を出した。


 身長193cmの上背を武器とするセンターフォワードで、ユース時代の実績は特段目立ったものではなかったが、そのフィジカルには誰もが期待してしまう。


 濱崎はグルーバーの所属していたASKグラーツのユースチームを一時期指導していたことがあり、斉藤がフロントへ選手を推薦するにあたって、諸々ヒアリングさせてもらっていたのだ。


 そのやりとりを通じて、斉藤が興味を惹かれたのは、選手と同じくらい、濱崎安郎という個人についてであった。


 オーストリアのトップリーグにおいてアシスタントコーチに就任。現場における実質No.2である。おそらくJ1のコーチをやっているスタッフにも、彼ほど若い人間はいないのではないか。



「あの、濱崎さんはなぜその、グラーツのコーチの仕事を辞めてしまったんですか?」



 辞めてしまったという表現から斉藤の感情が読み取れたのか,濱崎は小さく笑った。



「それは、ヨーロッパのそれなりのレベルのチームでそれなりのポジションを得ていたのに、なぜキャリアを捨てたのかという意味ですか?」


「あ、いえ…すみません」



 斉藤は失言とばかりに謝ったが、濱崎はまったく意に介していないように笑っただけだった。



「引き続き僕はヨーロッパのトップリーグで監督としてチームを率いる夢を捨てたわけではありませんよ。今年UEFAのProライセンスも取ろうと思っていますから。ーーーでも、それよりもっとおもしろい仕事があったのだから、仕方ないでしょう」


「この、南紀ウメスタがですか?」


「ええ、この南紀ウメスタがです」



 サッカーチームを作るのではない。サッカーに夢中になる街を作るというダイナミックさ。前例のないクラブ経営方針に基づく意思決定の大胆さ。発想の斬新性。


 ヨーロッパの古典的な環境のもとでキャリアを作ってきた濱崎にとって、それはとてつもなく新鮮であった。もちろんまだまだ露出は少なく、黒船の外側にある斉藤には共感されないかもしれないが。



「では、斉藤さんはなぜ今の仕事を?」



 逆に質問を返されて斉藤は答えに窮した。


 正直濱崎のような自信を持って言えるようなことは何もない気がする。


 学生の頃、大阪文化大学でサッカーをしていて、Jリーグのどこのチームからも声をかけられず、社会人として新しい環境を経験することもなく、そのまま大学職員となり、サッカー部のコーチを少し経験した後、今の仕事についた。スカウト歴としては10年になる40のおっさんである。



「では質問を変えましょう。仕事のやりがいはなんですか?」


「ーーーそれは、やっぱり選手の喜ぶ顔ですね。我々のことを信じて入ってきてくれて、大学での実績や成長が評価されてプロサッカーチームからオファーが来る。正直夢が叶う瞬間に立ち会っているみたいなものですよ」



 濱崎はなるほどと何度か頷いた。



「斉藤さんがスカウトしてきた選手は全員夢を叶えてるんですか?」


「い、いや…もちろんそんなことはないです。大学卒業後に、それこそ社会人サッカーチームに行ったり、サッカー自体辞める人もいます。というかそっちのほうが多いです」



 かく言う昔の自分もそうであった。そもそも確実にプロになれるなんて選手はいない。それなら高校卒業後にプロに入っている。そして、スカウトの目から見てプロにはなれないと思いつつも、大学サッカー部の維持のために選手を確保するようなことだって、スカウトはやらなければならない。



「夢の叶わなかった彼らには何かしてあげないんですか?」


「なにかって、してあげようにもないですよ。大学卒業してしまってますから。もちろん引き続きサポートできるならしたいですよ」


「ーーーでもあなたはしたじゃないですか」


「え?」



 思わぬ返しに思わず声が裏返ってしまい、斉藤は慌てて咳払いした。


 した? なにを?



「大学に入ってもいないのに、真田宏太は貴方の敷いたレールに従ってキャリアを歩んでるんじゃないんですか?」


「さ、真田くん?」


「斉藤さんのことは真田から聞いてます。タイリーグへ移籍することを勧めたのもあなただと。タイで活躍して日本に戻れば、大卒一年目の選手と同い年でJリーグデビューできる道が残されていると」


「あ、あれは、なにもしてあげてないですよ…。ただの皮算用だ。そのレールに乗れたのは彼が努力したからです。私は何もしてない」


「いえ、しています。あなたとしては根拠のない与太話だったかもしれないが、真田にとっては、それは信頼できる人間が与えてくれたアドバイス、大袈裟に言えば希望だったんですよ」



 なぜ真田が斉藤を信頼したのか。


 それは斉藤が数あるスカウトの中で一番はじめに真田の才能を信じ、誠実に接してきたからに他ならない。


 もしあのとき自分がタイリーグ行きを強硬に反対していたらどうだっただろうか。


 彼はタイに行かなかったかもしれないと斉藤は思った。それと同時に自分は人の人生に影響を与える存在であると再認識した。


 それは怖さと同時に鳥肌の立つものでもあった。



「素晴らしいです。このエピソードだけで、あなたの能力は証明されている」



 そしてあなたが真田に対して行なったことを、サービスとして対価をもらって仕事にしている専門家がいる。濱崎はそう後に続けた。



「…仕事に?」


「はい。それこそがエージェント。代理人ビジネスというものですよ」



 斉藤はポカンとしてしまった。


 もちろん名前は聞いたことがあるし、存在も知っている。なんなら仕事でも頻繁に目にしている。代理人は、早ければ高校に入る前から選手やその家族に挨拶しに行ったりするものだ。


 しかし彼らの仕事と自分の仕事を結びつけて考えたことなど一度もなかった。



「代理人ですか…」


「はい。代理人になれば、選手の環境が変わっても関係性は変わりません。選手にそっぽを向かれない限り、卒業はありませんから」



 サッカーの代理人と聞くと、移籍の場面ばかりが取り沙汰されるが、契約交渉は一年に一回。それ以外は基本的に選手のサポートを行う。


 試合の映像の編集に基づくプレイのアドバイスはもちろん、選手としてのキャリアプランに寄り添って、伴奏する。言ってみればパートナーだ。濱崎の言う通り、契約が続く限り、常に選手とともにいられる仕事である。



「考えたこともありませんでした。確かに代理人だったら、大学を卒業した後も話ができる関係性にはなりますね…。でも濱崎さん、別に私は今の仕事に不満があるわけではないですよ」


「それは分かっていますが、まさに私のように、それ以上におもしろさ、やりがいを見出して転身する生き方もあるってことですよ。それに、今日はうちが斉藤さんをスカウトとして引き抜くお話だと思って来たのではないですか?」


「…それはそう思っていました」



 濱崎からは電話で連絡を受けたが、濱崎の言葉からはそういった趣旨を匂わせるような発言が多かった気がする。


 それが分かった上でここまで足を運んだということは、自分は転職に興味があったのだろうか。あまり深い意味を考えずに言われるがままに足が向いてしまっていた。


 その時、ちょうど試合終了の笛が鳴った。南紀ウメスタが5-1で和歌山市役所チームに圧勝したようだ。濱崎は満足気に頷いた。



「もちろんそのつもりもあったんですけど、ちょっと今日は、斉藤さんに紹介したい人がいてわざわざお越し頂いたんです」



 濱崎の声とともに観客席に現れた、一際存在感を放つ長身の若者が二人。


 その内の一人を見て、すぐに斉藤は声を上げた。



「グルーバー君!」



 斉藤は駆け寄って、彼、真弓・グルーバーの手をがっちりと掴んだ。初対面であったが、その存在感は一目見て分かった。



「もう来日していたんだね、よく来たなあ!」


「は、はい…昨日着いたばかりです」



 真弓は恐縮したように大きな身体を縮めて、へまこぺこと頭を下げた。


 そして。その流れで真弓の隣にいるよく似た、けれどシックなスーツに身を包んだ彼の方に目が向いた。


 彼は斉藤に向かって名刺を差し出した。



「はじめまして、真矢・グルーバーと申します」


「真弓くんのお兄さん?」


「はい、そうです。弟を入学させて頂き、ありがとうございます」



 そして、その名刺にはHelveticaの落ち着いた字体でこう記されていた。



 Yund Bogen Agency, Corp.


 Chief Executive Officer

 Maya GRUBER


 FIFA FOOTBALL AGENT

 LAP Number: AUT-xxxx






つづく。

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