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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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第96話 もうひとつの物語①

(簡易人物メモ)

真矢・グルーバー: 真弓・グルーバーの兄

真弓・グルーバー: 元ASKグラーツ ユース選手

濱崎安郎: 南紀ウメスタSC GM


ーーーーーーーーーー

 2020年8月。その兄弟が南紀白浜空港の到着ゲートから姿を現した。


 兄弟が搭乗したのは平日昼の便であったが、いわゆるお盆休みであったため、かなり人の出入りがある中でも、二人はとにかく注目を集めた。


 兄の名前は真矢まや・グルーバー。弟は真弓まゆみ・グルーバーと言う。オーストリア人の父と日本人の母を持つハーフである。遺伝的には父方に寄っているのか、日本人から見たステレオタイプ、ゲルマン民族系の、いわゆるヨーロッパ然とした顔立ちをしていた。


 しかしいくら都会から離れた場所であるとはいえ、欧米系の人間が歩いていたからと言って注目を浴びるようなご時世ではない。理由はその身長であった。


 兄の真矢は190cmの長身にネイビーのスーツをかっちりと着こなしており、一方で兄を上回る身長193cmの弟は、対照的にTシャツとハーフパンツ姿で、その体躯に似合わない小さな歩幅で兄の後ろをついてきていた。



『兄さん、日本は暑いね…。これ以上薄着なんてできないのに」


『スーツの俺にそれを言うのか、マユミ。それと、日本に来たら日本語で話せ、郷に入っては郷に従えだ』


「ごめん、兄さん…」



 その巨躯に似合わず肩を狭めて小さく見せる様子に真矢はため息をついた。この性格もどこかで直せないものだろうか。


 ただでさえこれから慣れない地での生活が始まるのだ。同居するとはいえ子供ではない。二人揃って行動することなど稀だろう。外国人差別の標的にならないことを祈るしかない。



「真矢!」



 空港の外で声をかけられると、黒塗りの車から姿を現したのは、オーストリアにおけるビジネスパートナー、濱崎安郎はまさきあろうだった。



『安郎、お久しぶりです』


『ああ、久しぶり。わざわざ来てくれてありがとう。相変わらずデカいね』


『…忌々しい遺伝です』



 ドイツ語での当たり障りない挨拶の中にも、真矢は力を込めて相手の手を握っていた。周りからよく言われる通り感情の起伏が乏しいということは自覚しながらも、思わず力んでしまう。


 真矢と真弓が日本に来られたのは全て彼のおかげだからだ。まるで命の恩人に再会したような気分になる。



『家はもう決まってるの?』



 車に乗り込んだ兄弟は、慣れない外の景色を興味深そうに眺めながらも、運転席から聞こえてくる母国にいた時と変わらないドイツ語に耳を傾けた。



『はい。大阪の天王寺?の近くに借りました。真弓の大学が近いので』


『いいな。僕はあまり詳しくないけど、便利そうだ』



 弟の真弓は来年の春から、大阪の私立大阪文化大学への進学が内定していた。日本で言うところのスポーツ推薦入試による入学である。


 真弓は18歳。オーストリア・ブンデスリーガのプロサッカーチーム、ASKグラーツのU18チームに所属するユース選手であった。


 ユースチームの中でも控え選手の扱いではあったものの、その恵まれた身長と、日本語での意思疎通が可能な点、さらに真矢が編集したプレイ映像や、一時ユースチームの指導に当たっていた濱崎の推薦状などが、大学サッカー部のフロントに刺さり、総合的に評価された結果だと伝えられていた。



『がんばれ、真弓。日本の大学サッカーは、君が思ってるよりずっとレベルは高いよ』


『は、はい…』



 真矢もあまり知識を持ち合わせてはいなかったが、大阪文化大学は関西大学サッカーリーグの1部で優勝争いに絡む強豪校であり、毎年日本のプロサッカーリーグ、Jリーグに選手を輩出し続けているのだと言う。


 早熟な選手はユースから直接トップチームデビューしてプロサッカー選手になるが、10代で評価されなかった選手達はその大半が大学サッカーで成長し、改めてプロの世界の扉をノックするのだそうだ。



『ユースとトップチームの中間に当たる世代に特化したサッカーの育成機関があるのは、素晴らしいと思います』


『僕もそう思う。日本独自の文化だ、学校の部活動ってやつは』



 だからこそ数ヶ月前、濱崎からこの話を聞いた時、「見放された」弟にとってのラストチャンスだと真矢は確信した。


 濱崎を頼り、大阪文大の強化部に繋いでもらい、ここまで舞台を整えてきたのである。



『来日の件、ご両親には伝えてるの?』


『ええ、伝えています。ただ…ほぼ勘当も同然ですから。連絡を取り合う関係ではありませんね』



 後悔はない。あのままオーストリアにいて、父親の道具に成り下がる将来に比べたら、この極東の地は、なんと可能性に満ちていることか。



『着いたよ』



 濱崎が駐車場に車を停めると、兄弟は揃って外に広がる広大な敷地に圧倒された。



『すごい…!』


『ああ』


『サッカーのために作られた巨大な模型みたいだね!』



 兄弟の立っている此処、黒船サッカーパークは、アマチュアサッカーチームの母体となっている企業が100ヘクタールの土地を買収するところから始めたのだと言う。


 大きな存在感を話すスタジアムや、いくつかクラブハウスらしき建物、サッカーコートが目に入ってくるものの、まだまだ使われていない更地ばかりである。



『100ヘクタールなんて、ブルゲンラントの葡萄畑くらいでしか聞いたことないよ…』


『これから土地を開発していくんですか?』



 クラブハウスまでの道を先導して歩いていた濱崎が振り返った。



『ああ。まだまだうちのチームはアマチュアリーグだけど、これだけの土地があれば、大きなスタジアムだけじゃない、将来的には大規模なトレーニング施設や、ユースチーム用のコートも複数作れる。やろうと思えば大学だってショッピングモールだって誘致できるはずさ』



 ーーーサッカークラブを中心とした街をイチから作る仕事だ。


 オーストリアのでの別れ際、濱崎から伝えられた言葉の意味は分からなかった。そもそもオーストリアで新しいサッカーチームなんて生まれない。全ての街に、そこに住む全ての人の故郷にサッカーチームは必ずあって、何もないところからクラブを作るという発想自体がないのだ。


 しかし、この場所に立ってみて初めて分かる。これが、オーストリアのプロサッカーチームで順調にキャリアを積み重ねてきた異国の才能を、日本が呼び戻した理由に他ならなかった。



『本当に街を作ってる』


『そうなんだよ。冗談みたいな話だ』



 クラブハウスに入ると真新しい内装が眩しく映った。レトロな建造物の多いオーストリアに染まっていた人間からすれば、とても新鮮に映る。


 出されたコーヒーを啜りながら、真矢はテーブルを挟んで南紀ウメスタSCのGMとなった恩人と相対した。



『真矢。今日これからうちのチームの試合があるんだ。トレーニングマッチじゃない。プロサッカーへ繋がる公式戦。本番だ』


『伺っています。チームはリーグ戦で首位だとか』


『ああ、そうだ。チームが勝ってくれないと話をするどころではないんだが、幸い調子は良い。おそらく圧勝してくれるはずだ』



 ほぼ確信めいた口調で濱崎が言った。比較的現実主義の彼が言うからには自信があると言うより、明らかに実力差のある相手なのだろう。



『その試合に、ある人を呼んでいる。真弓を大学に入れてくれた人だ』


『日本の2人目の恩人…ということになりますね』



 真矢の言葉に濱崎が笑ったが、すぐに表情を引き締める。



『日本でやりたいんだったら、なんとしてもその人を落とせ。それができなければ、君のキャリアはおそらくかなり足踏みすることになると思う。僕もそんなに日本で人脈がある方じゃないからね』


『わかりました』


『幸い、彼もなんとなく人生の転機を迎えてるような感じがするんだ。今日は君に会わせるということは伝えていない。あくまでも南紀ウメスタSCについてという形で呼んでみたんだけど、わざわざ大阪から来てくれるということは、なにかそういう期待を持っているんじゃないかな』



 真矢は気を遣ってくれた濱崎の言葉に甘んじることはなく、努めて冷静に頷いた。



『そうだ。頼まれていたやつ、出来上がってきたから渡すよ』



 濱崎は小さな紙の箱を真矢の前な差し出した。それはネームカード、名刺の束であった。



『オーストリアとはカルチャーが違うから気をつけて。日本ではまずはじめに名刺を差し出すんだ』


『握手したり、会話を交わす前に渡すと聞いています』


『それで大丈夫。がんばれ、真矢』



 なんとなく武士がまず名を名乗るようなところから派生して、そうなっているのだろうか。その文化的な背景は分からなかったが、郷に入っては郷に従え、である。


 その名刺にはHelveticaの落ち着いた字体でこう記されていた。



 Yund Bogen Agency, Corp.


 Chief Executive Officer

 Maya GRUBER


 FIFA FOOTBALL AGENT

 LAP Number: AUT-xxxx






つづく。

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