第95話 県1部リーグ第4節(20/8月)
(簡易人物メモ)
栗田靖: 南紀ウメスタSC 監督
畑中哲也: 同クラブ所属MF
三瀬学人: 同クラブ所属MF
大西亜誠: 同クラブ所属MF
※その他選手は割愛
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2020年8月。2ヶ月ぶりに和歌山県社会人サッカーの1部リーグが再開された。
リーグ戦の第4節がまもなくキックオフを迎えようとしている。
7月に椋林翼と畑中哲也を新たに補強した新生・南紀ウメスタSCは、試合会場である黒船サッカーパークのロッカールームに集合していた。
昨年から怪我で欠場していた下村健志と前節で鼻骨骨折の重傷を負った平雄一郎も戦線に復帰しており、今シーズン初めてフルメンバーで臨める試合でもある。
西野
手塚 三瀬
アド 畑中
平 大西
坪倉 榎本 大橋
礒部
控: 小久保、椋林、若村、江崎、下村
ホワイトボードに当日のスタメンを書き殴った後、監督の栗田靖は静かにペンを置いて振り返った。
「今日の相手は木国シティFCだ。大西、おまえの元いたチームだろ。やりづらいか?」
「やりづらいです」
「おう、正直なこった」
「やりづらい?」
キャプテン平の繰り返しの質問に大西は頷いた。
「シティはなんていうか、大学のサークルみたいノリなんで、選手同士の仲は良いですけど、ちょっと内輪の雰囲気というか、気まずくはありますね」
「なるほどね、気持ちはわかるよ」
平も前節に古巣である紀北サッカークラブとの大一番を経験しただけに共感はできた。
社会人サッカーチームは本気でプロを目指しているクラブばかりではない。社会人になっても楽しくサッカーをしたいという趣味の延長をコンセプトにしているチームは多いし、またチームに企業名の入っているクラブであれば、仮にJリーグへの昇格要件を満たしていたとしても拒否するところもある。
「改めて言うが、おまえらは今年から全員金もらってプレイしてる。金もらってサッカーやってる奴にはなぁ、責任が伴うんだ。おまえらがこれからやるのはサッカーすることじゃねえ、勝つことだ。給料泥棒になりたくなかったら、違いを見せるんだな」
その言葉に全員が頷く。
「後半に選手変えるからな。スタメンは全員45分しか出れないと思ってやれ」
「うぇす!」
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前半はアウェーの木国シティFCボールでキックオフ。とりあえずボールを後ろに下げたことを確認してウメスタイレブンはシステム通りに陣形を組む。
「…おお」
右サイドに張った新加入の#18畑中は、思わず後ろを振り返った。ホームゲームに駆けつけたシエロのサポーター達が選手達の背中を声で押しているのだ。
馬鹿にしていたわけではないが、しっかり彼らの声が聞こえることに驚いた。それと同時に身体が熱くなってくるのを感じる。Jリーグでもタイリーグでもない、和歌山の田舎町にもしっかりとサッカーがある。そのことが嬉しくなったのだ。
中盤でボールを奪取した#04平が少し周囲の状況を伺ってから、ロングボールを右サイドに供給した。
足元でボールを収めた畑中が視線を前に向けると、思ったほど前線の動きは少ない。お手並み拝見と言わんばかりに畑中の出方を味方も伺っている、そんな雰囲気だと勝手に解釈した。
畑中はドリブルで前進する。プロと比べるとゴールから遠いからエリアのプレッシャーは露骨に緩く感じた。じきに相手のマークが迫ってくると、最前線よりもやや後ろのポジションで待機していた#14手塚に一旦ボールを預ける。畑中の意図を察した手塚がワンタッチでボールを前に出した。
そこで自分で仕掛けないのはなんとも慎ましいが、せっかくチャンスをもらったならアピールさせてもらおう。
走り込んだ畑中がボールを持つと、キックフェイントを駆使して相手DFを抜き去り、バイタルエリアからグラウンダー気味のシュートを右足で蹴り込んだ。
右足のインで蹴ったボールは左に曲がる。ゴールから逃げるような軌道を描くのである。ゴールキーパーはそのボールに触ることはできず、そのままゴールネットを揺らすかに思われたその時、走り込んでいた#11西野が左足でゴールの右隅に叩き込んだ。
「お…!」
畑中は元々シュートとパスの中間くらいを狙う気持ちで足を振っていた。相手GKの位置取りが甘く、それでも十分に入る計算をしていたのだ。だが、そのボールをパスと判断して走り込める選手がいるとは驚きであった。
ゴールを決めた西野は畑中お構いなしで両手を広げるパフォーマンス。遅れて輪に加わろうとした畑中の肩を手塚が叩いた。
「ナイスシュートです、畑中さん」
「おお、西野に取られたけどな」
「西野さんはゴールジャンキーなんで、許してあげてください」
ボールにまったく関与しなかった#08三瀬が肩をすくめた。
「チャンスメイカーだと聞いていましたが、そういうプレイもされるんですね」
「元気な内はこういうこともやるよ。疲れたら中の奴らに任せる。おっさんだからな」
「なるほど、了解です」
元々畑中哲也というプレーヤーはサイドアタッカーであった。それが歳を取るごとにキレを失い、味方を生かすようなプレイを覚えて選手寿命を伸ばしてきたのだ。しかしながら、県リーグレベルでは、衰えた畑中のドリブルテクニックでも十分に脅威となるようである。
三瀬の声がけは畑中という選手のプレイスタイルを確認するためのものであり、その答えは彼を笑顔にした。
「何笑ってるんだ?」
「いえ、なんでもないです。中に任せてもらっていいですよ、私もいますから」
三瀬は今日のシステムで、自分が2シャドーの右側に配置されている意味を理解した。
畑中は自分がフィニッシャーになれるようなラストパスを供給する視野とテクニックを持っている。これまで三瀬はチームで司令塔の役割を担うことが多かったが、畑中がいるおかげで、自分が点を取る側に回れることに喜んでいた。
そして前半20分。再び右サイドの畑中にボールが回ると、三瀬は、3トップの西野と手塚の立ち位置を確認して、パスが受けやすい方向に走り込む。
自分はフリーだと三瀬が確信すると同時に、畑中は右サイドからクロスを放りこんだ。
そのボールは、ニアの西野も、中央の三瀬も、バイタルエリアでこぼれ球を狙っていた手塚をも通り越して、大外から一気に走り込んでいた#08アディソンに綺麗に収まると、身体を左右に振られたGKの脇をシュートで抜くことは難しくなかった。
南紀ウメスタSCが相手を突き放す2点目を決めると、ゴールゲッターのアディソンに群がる選手達を眺めながら三瀬は息を吐いた。
不思議とボールの来なかった悔しさはなかった。もし自分が右サイドにいたら、最後の最後で逆サイドに振るなんてことはおそらく考えなかった。発想の大胆さなのか視野の広さなのか。
「悪かったな、三瀬」
「ーーーいえ、ナイスパスでした」
フォローにきた畑中に対して放ったその三瀬の一言に、ピッチのそばにいた平が驚いた。
あの唯我独尊系男子が自らの十八番であるパスで相手を褒めるとは。あの愚痴だらけの問題児を黙らせる畑中のプレイに感嘆しながら、定位置に戻る。
前半はまさに畑中哲也のお披露目会といった雰囲気のまま2-0で終了した。
後半に入ると、南紀ウメスタは3人の選手交代を発表。DF大橋に変えて下村。畑中に変えて江崎。手塚に変えて小久保がピッチに姿を現した。
とりわけ下村の出場には大きな声援が送られた。2年連続でチームを昇格へ導いた元監督の復帰戦は、改めて彼がサポーターから愛されていることも見事に証明していた。
そんな中で、#06大西は引き続き後半も出場し、ピッチを走り回っていた。
前半に続いて試合のペースはがっちり南紀ウメスタが握っており、木国シティFCにカウンターを食らうこともしばしばあったが、大西と#02坪倉を中心に、ファウルも厭わない強気のタックルによって、次々とピンチの芽が摘まれていく。
倒された相手選手から舌打ちのような音ともにぼそりと聞こえてきた声。
ーーーマジになるなよ。
楽しくサッカーやってればそれでいい、そんな雰囲気で続けてきた元チームメイト達の心情は、ある意味で大西は理解できた。
「ナイスです、大西さん」
「ああ」
相手とは対照的に、削る気満々で待ち構えていた坪倉のテンションに大西の気分も引っ張られる。
「まだシュートゼロっすよ、相手。俺はこのまま完封する気でいますから」
「相変わらずガチだな」
「いやいや、大西さんもめっちゃガチっすよ。俺はそういう人の方が好きですけど」
意外にもその言葉が自分自身を客観視できる機会を与えてくれたように思う。
そうだ、レベル云々ではなかった。土俵が違うと考えるべきだ。サッカーをやる目的自体が彼らとは違う。大西は試合開始前の監督の言葉を思い起こした。
勝つことが仕事だ。働いてるんだからマジになるに決まっている。遊びではないのだ。
「坪倉、関西リーグ行こう」
「Jリーグっすよ」
試合はその後、三瀬の直接フリーキックが決まり3-0に突き放した時点で、相手は半ば戦意喪失。
試合の終盤では、「恩返しゴール」と呼ぶほどの関係があるかどうかはさておき、コーナーキックからのこぼれ球を、たまたま走り込んでいた大西が何も考えずに右足を振り抜いた結果、見事なミドルシュートがゴールに突き刺さり、南紀ウメスタが圧勝スタートでリーグ戦を再び走り始めた。
南紀ウメ 木国シティ
4 ー 0
06' 西野(畑中)
21' アディソン(畑中)
65' 三瀬(FK)
87' 大西
最高評価点: 大西亜誠(8.0)
つづく。




