第9話 南紀の産声
(簡易人物メモ)
西野裕介(初): 木国JSC所属GK
真田翔太(初): 木国JSC所属FW
下村健人(初): 木国JSC所属MF
糸瀬貴矢(5): 黒船サッカークラブ 代表
細矢悠(4): 黒船ターンアラウンド 代表
福島亜紗(2): ジモットわかやま 編集者
佐藤(初):ジモットわかやま 撮影班
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入場ゲートをくぐった先に広がったのは若緑に染まった景色と、その四角いピッチを取り囲む広大な観客席。
J1や日本代表戦が行われるようなスタジアムと比べれば、高さのない、小さなサッカー場かもしれない。それでも小学生の西野裕介にとっては、夢の舞台に映った。
そしてそれは隣に立ち尽くす二人にも同じことが言えた。
「すげえ!」
「すげえ!」
「すげえ!」
語彙力を失った三人は、今日自分たちを招待してくれた黒船サッカークラブ代表の糸瀬に許可を得るべく振り返ると、糸瀬は答える代わりに「走れ!」と叫んだ。
三人がよくわからない奇声を発しながらそれぞれがピッチを駆け抜けていく。糸瀬は満足そうに頷いてから、自分もサッカーボールを持ったまま走り出した。
「お父さんが監督やってるチームがさ、あのスタジアム使うらしいんだ」
木国私立第一小学校の放課後、3年2組の教室で下村健人がそう言った。健人は去年こっちに引っ越してきて、すぐに裕介の所属する小学生サッカークラブ「JSC木国」でレギュラーに選ばれた上手いやつだ。
父親はプロサッカー選手だったみたいで、その息子だと知ってすごく納得感はあった。今は木国でなんとかってサッカーチームの監督をやってるらしい。
「あのって、あの公園のとこの!?」
裕介は目を輝かせた。よく遊びに行っている公園の横にあるでっかいスタジアムと、その脇にあるサッカー場。ヤマト製鉄という大きな会社が管理をしていて、以前は時々大人たちがそこでサッカーをしているのを見ていたが、少し前から誰もいなくなっていたのを不思議に思ってきた、あそこのことだ。
「今日あの中入っていいらしくてさ、お父さんに聞いたら友達も連れてきていいって言うから、行こうぜ」
「え、行くに決まってるじゃん! あ、翔太も誘っていい!?」
真田翔太は隣の3年1組にいるJSC木国の10番で、ちなみにJSC木国のU10カテゴリチームの内、3年生でレギュラーを取れているのは裕介、健人、翔太の3人だけだ。
「いいけど、あいつ来るかな…」
健人の疑問に裕介も曖昧に頷く。翔太は先月からJSC木国の練習に姿を見せていない。学校には来ているから風邪引いたとかではないことは分かっていたし、あれだけ上手いやつだ、サッカー嫌いになることなんてあり得ないと思うが、わりととっつきにくい性格であることからもあって、二人はその理由を直接聞けていなかった。
案の定翔太は渋ったが、とは言っても3人でいつかあそこでやってみたいと思っていたスタジアムへの招待チケットだ。二人の強引な誘いもあって、最終的には押し切られた。
そんなわけで、ぴかぴかの人工芝の上で三人の子供と一人のおじさんのパス回しが始まった。
「健人くん、友達とみんなでどっかでサッカーやってるのか?」
「俺たち木国JSCのレギュラーだよ」
「少年サッカークラブみたいなやつ?」
三人はそれぞれ頷く。
「そうか、木国JSCはサッカー強いの?」
「強くない。このへんで一番強いのはアズーリだよ!」
「アズーリかぁ。君たちはアズーリでサッカーやんないの?」
「ちょっと俺たちの家からだと遠いんだ! あ、でも翔太はアズーリに誘われたことあるよ!」
「翔太くん? 翔太くんはアズーリ行かないの?」
四人の中で一番鋭いパスを出す翔太が俯きながら答えた。
「うち兄弟多いから、一人では行けないし、近くないと通えないよ。それにアズーリなんて全然強くねえ。ただ人がいっぱいいるだけ」
なるほどなるほどとおじさんは考え込むようにして何度か頷いた。
「じゃあ、君たちは将来どこでサッカーしたい?」
『大阪!』
裕介と健人の二人は声を揃えた。
「大阪? 和歌山じゃないの?」
「和歌山にJリーグのチームなんてないじゃん! 大阪はいっぱいある! それにこのへんで強い人はみんな大阪行くんだよ!」
「はぁ、なるほどな。じゃあ…和歌山に強いサッカーのチームあったら、和歌山でやりたい?」
三人はそれぞれ顔を見合わせた。
「うーん、でも大阪でやった方がカッコよくない?」
「でも和歌山の方が強かったら、和歌山じゃない?」
「いや、外国でやりたいよ。スペインとか」
三人で意見が割れてまとまらない中で、糸瀬は貴重な意見だと呟いて、観客席のほうを振り返った。
「おじさんは東京の人?」
「ん? ああ、そうだよ」
「木国に何しにきたの?」
そもそも裕介はなぜ今日スタジアムに入れるのかその理由を知らされておらず、誘ってくれた健人もよくわかっていないようだ。
「おじさんはこの前、このスタジアムと健人くんのお父さんがやってるサッカーチームを買ったんだ」
「買った!? サッカー場って買えるの?」
「買えるよ。お金いっぱい必要だけどな」
「おじさんお金持ち? なんで買ったの?」
糸瀬は回ってきたサッカーボールを下手くそなりに高く蹴り上げた。
「ここにJリーグのチームを作るためさ。健人くんのお父さんのチームをプロのJリーグクラブにする。ここがその、ホームスタジアムだ」
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黒船サッカーパークの観客席で、先日の「ジョージ屋」での約束は果たされた。
子供達がサッカーをやっている風景をバックに映しつつ、動画撮影用の機材を一式揃えて、ジモットわかやまの編集者である福島亜紗は、巷では謎に包まれた黒船グループに対する独占インタビューが実現したのである。
黒船側からの要求はふたつだった。ひとつは取材をインタビュー形式にして動画撮影すること。もうひとつは、その動画をこれから開設される黒船サッカーパークのwetube公式チャンネルにおける、第一回目の動画として編集することだった。
福島はジモットで抱えている撮影班のひとり、佐藤を招集し、機材のセッティングや動画撮影を全て任せ、黒船のリクエストには全力で応えた。
インタビューが始まると、細矢の説明は理路整然としていた。
本件の土地取得はヤマト製鉄経営陣からの要請に応えたということ。企業再生家として誇りを持って引き受けたということ。和歌山初のJクラブを誕生させるという県民の思いに寄り添いたいこと。そして、木国市という街全体を、ヤマト製鉄時代より活気あふれる場所にする夢があるということ。
「どうして子供達を?」
インタビューが終わり、カメラの録画が切れると同時に福島は再び口を開いた。動画撮影に勤しんでいた佐藤も含め三人の視線は、自然とピッチに注がれる。福島の疑問に細矢が答えた。
「見てください。あの光景こそ、黒船サッカーパークの目指している姿ですよ。子供たちがサッカーしているところに大人も混じって一緒に遊んで、それを別の大人たちが眺める。まさにボールパークじゃないですか」
試合のない日も人が集まる空間を作る。彼らのやりたいことはサッカーチームを強くすることではなく、街をつくることだという細矢の言葉をすぐに思い出した。
「できるといいですね、そんな場所」
動画撮影されていることもあって、ある程度質問は形式ばったものが多くなってしまったため、福島としてはまだまだ聞きたいことはあった。
しかし、同時にそれを聞いてしまうのは野暮ではないかとすら思える余韻が、彼の言葉には残っていた。
世の中に絶対はない。スポーツの世界であればなおさらである。それでも、彼らの物語の結末はハッピーエンドになるような気がしてならなかった。
「やりましょうよ!」
せっかく良い雰囲気が台無しになる暑苦しい声がカメラの向こうから聞こえてきた。撮影班の佐藤である。
「ど、どうしたの佐藤くん」
「いや、正直俺は感動しました! こんな気合の入ったインタビュー、ジモット来てから初めてです。動画編集任せてください!」
そういえば佐藤は今回の撮影を志願して参加してきたのだった。自分と同じように黒船に地元の未来の姿を夢見たのか、いやもしかしたら単純にサッカーが好きなだけかもしれない。
「これからどうされるんですか?」
佐藤を機材の片付けに追いやってから、福島は立ち上がった細矢を見上げた。
「来週幹部会があるんですよ。そこで相談しますが、とりあえず俺は地元の方々と一緒に儲ける方法を考えますね」
「儲ける方法ですか」
「ええ。サッカークラブはお金かかりますから。アマチュアの我々ではサッカー自体で稼ぐには限界があります。俺の所管する黒船ターンアラウンドは、もちろん地域創生がミッションの会社ですが、同時にサッカーチームが稼げるようになるまで、グループの収益を牽引する役割もあるんですよ」
細矢は私の方に右手を差し出した。
「だから経済誌ではなくて、ジモットさんのような地域の住民に寄り添ったメディアの皆さんとは仲良くしたいです。むしろ情報が欲しいのはうちの方です」
福島は差し出された手を勢いよく握った。
「任せてください! もう、どんどん情報渡しますから。代わりにネタください! ジモットに専用のページ作れるように編集長にお願いしてきますから!」
三本の矢が木国を訪れてから約一か月。
ようやく南紀の地で、これから和歌山を席巻することになる黒船の活動が始まったのである。
つづく。




