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8話・宰相閣下への捧げ物

 体内に一定以上の魔力を宿している者は貴族となる。魔力量は血筋や個人の資質に左右され、わずかに検知できる程度から天災を引き起こすほど強大な魔力を持つ者も存在する。


 世界では魔力で強化された獣が其処彼処(そこかしこ)跋扈(ばっこ)している。アルケイミア国内の都市や街、街道は貴族が張った結界で保護されているが、ひとたび結界から外へ出れば獣に襲われてしまう。


 故に、無力な民は税を払い、結界内にある管理区域に住む権利を買う。貴族は自身に宿る魔力を結界維持に行使運用する役目を負う代わりに特別な身分と財を得る。これはアルケイミアの国民ならば誰もが知る常識だ。ちなみに、他の国ではまた違った管理体制が取られている。


 とある理由からアルケイミアの王族……特に直系の男子は魔力をほとんど持たない。そのため、貴族の中からもっとも素質の高い女性を聖女として妻に迎え、魔力を補う必要がある。王族の男にとってなくてはならない存在。故に『聖女選定』での不正は絶対に許されない。


 魔導具を用いて選定官を騙した罪でルーナは裁きを受けるはずだったが、回避する手段として宰相インテレンス卿との縁談が組まれた。第二夫人として宰相である彼の庇護下に入れば不祥事は揉み消される。突然舞い込んだ意に添わぬ結婚話だが、父の気遣いなのだと必死に思い込もうとした。何より、自分が他に役に立てる方法がルーナには分からなかった。


「ティカ、着替えを手伝ってちょうだい」

「わかりました、ルーナお嬢様」


 顔合わせの前に他所行きのドレスに着替える。できるだけ美しく見えるよう、気に入ってもらえるように着飾らねばならない。


 ティカとしては、仕える主人であるルーナを政略結婚なんかで嫁がせたくはない。だが、これも仕事だと割り切ってクローゼットを開けた。


 もともとルーナはドレスもアクセサリーも最低限しか持っていなかった。聖女候補に上がった頃に体裁を整えるため幾つか買い与えられたとはいえ首飾りだけはない。常に母の形見を身につけていたからだ。


 ドレスや小物の組み合わせに悩んでいたティカは、ふと思い立って考え込む。そして、ドレスを選び直してからルーナへと向き直った。







「ルーナお嬢様、こちらでお待ちください」

「ええ、ありがとう」


 案内役に連れてこられた場所は本邸ではなく庭園の片隅に建つ離れだった。いつもより着飾ったルーナは客人を迎えるための部屋の中で気持ちを落ち着けるために深呼吸を繰り返した。


 今からこの離れで宰相インテレンス卿と顔合わせをする。不興を買わぬよう従順に振る舞わねばならない。


 程なくして案内役が客人を連れてきた。インテレンス卿が部屋に入り、ソファーに掛けるまでの間、ルーナはドレスの裾を摘んで頭を下げ続けた。


「楽にしてよい、ルーナ嬢」

「は、はいっ」


 低い男の声に恐る恐る顔を上げる。舞踏会の際に遠くから見かけたことはあるが、直接言葉を交わすのは今夜が初めて。ひと通りの挨拶を交わしながら、ルーナは目の前の人物を観察した。


 インテレンス卿は五十を幾つか過ぎた男性で、たるんだ顎が詰襟の上に乗っかっていた。頬肉に押し上げられたせいか目は半円状に開かれ、常時笑っているように見える。上質な衣服を身に付けてはいるが、お世辞にも良いとは言い難い体型である。


 見た目で人を判断しないルーナも、彼に対してあまり良い印象を抱けなかった。何より、彼が引き連れてきた護衛たちの存在が気になった。たったひとりの少女との面会に四人もの護衛が必要だろうか。こうした慎重さや警戒心が彼の宰相たる所以なのかもしれない、と密かに思う。


「さて、父君から既に話は聞いていると思うが、儂はルーナ嬢を第二夫人に迎えようと考えている。儂のものになれば、王宮内に流れている不名誉な噂はすべて事実無根として消してやろう」

「噂、ですか」


 神官長に首飾りを奪われた直後に屋敷に帰された。故に、自分がどのように噂されているか、ルーナは知らない。


「魔力を偽って聖女となり王族を(しい)さんとした刺客であるとか、初期の選定に携わった神官を色仕掛けで(たぶら)かしたとか……」


 どれも根も葉もない悪意ある作り話である。


「わ、私、そんなことしておりません!」


 泣きそうになりながら弁解するルーナを見て、インテレンス卿は細い目を更に細くした。


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