6話・異母兄の嘲笑 2
「初めての相手が勃ちの悪い年寄りじゃ可哀想だから、俺が手解きしてやるって言ってるんだ」
酷薄な笑みを浮かべながら、フィリッドはルーナのドレスの裾を捲り上げ、あらわになった太ももを撫で上げた。
「知ってるか? 狸じじいは側近の男たちに女を散々嬲らせた後で抱くのが趣味らしい。もっとも、正妻にはそんな真似できないから他の女で遊ぶのだと聞いたぞ。前の第二夫人は複数の男に弄ばれることに耐え兼ねて逃げ出したって話だ」
酷い話の内容とぞわりとした感触に肌が粟立つ。逃げようとするが、ルーナの両手首はフィリッドの左手によって縫い留められていて動けない。
「お兄様! 私たち、半分とはいえ血が繋がっているのですよ。悪ふざけはおやめください!」
涙目で必死に説得を試みる妹を見下ろしながら、フィリッドの喉がクッと笑いをこぼした。こらえきれず、ついには吹き出してしまう。
「ふはは! ……馬鹿だな、ルーナ。おまえの母親は商売女だ。おまえが父上の本当の娘かどうかすら怪しいもんだ。その証拠に、俺たちは似ても似つかん」
確かに、淡い銀色の髪と金の瞳を持つルーナは父親とも兄とも異なる。顔立ちもまったく似ていない。
「俺はおまえを妹だと思ったことは一度もないよ」
ルーナの眉が哀しみでひそめられた。母親を侮辱された怒りもあるが、兄から妹だとすら思われていなかった事実が途轍もなく悲しかった。開きかけた唇からは何も言葉を発することができず、なおも続くフィリッドの嘲りの言葉を聞き続ける羽目になる。
「聖女に選ばれたら儲けもの。ダメだったら有力者に嫁がせて地盤を固める。おまえは最初からそのためだけにクレモント侯爵家で飼われていたんだよ」
ルーナの体から力が抜けた。見開いたままの目からは涙があふれ、頬を濡らしていく。
「本当に何も知らなかったんだな。かわいそうに。大丈夫、可愛がってやるからさ」
フィリッドはルーナの身体を遠慮なく弄った。神殿から帰った後に詰め襟のドレスからゆったりした普段着に着替えていたため、幾つかボタンを外すだけで胸元がはだけられる。襟をゆるめられ、普段覆い隠している箇所に外気が触れた瞬間、ルーナの肌がぞわりと粟立った。
「いやっ! やめてください、お兄様!」
ルーナは力の入らない手で抵抗を試みた。しかし、腕力差は歴然としている。必死にもがいても、体と体の間に腕を差し込むくらいしかできない。その間にも、フィリッドの舌がルーナの白い首筋を這ってゆく。
「これ以上続けるなら人を呼びます!」
「誰を呼ぶって? 母上の耳に入ったら罰せられるのは間違いなくおまえのほうだぞ。『売女の娘が息子を誘惑した』と声高に騒ぐだろうな」
継母である侯爵夫人だけでなく、彼女が取り仕切っている使用人たちも味方になってはくれないだろうと予想がついた。クレモント侯爵家でのルーナの立場は弱い。本心から味方をしてくれる存在など、たった一人しか思い浮かばなかった。
「聖女候補に手を出すわけにはいかなかったが、今のおまえはただの女だ。アバズレの母親と同じ、男にすがるだけが能の女になるんだよ」
フィリッドの空いているほうの手がブラウスの合わせ目から滑り込み、柔らかな胸を鷲掴みにする。間近に聞こえる荒い息遣いと汗ばんだ手のひらの感触が気持ち悪くて、ルーナの目尻から涙がこぼれた。
「い、いや、お兄様、やめて!」
「じっとしていれば気持ち良くしてやる。狸じじいと結婚した後もな」
フィリッドは今だけでなく、インテレンス卿と政略結婚させた後もルーナを弄ぶと言う。嫁ぎ先は同じ王都内、頻繁に実家に行き来しても誰からも怪しまれない。インテレンス卿から寝物語に政治の情報を聞き出すための駒としてルーナを利用するつもりなのだろう。
もう駄目だ、とルーナが諦めかけた時。
「宰相閣下がご到着されましたー!」
大きな声が屋敷中に響き渡る。ルーナに覆い被さっていたフィリッドが苛立たしげに顔を上げた。
「チッ、夜に来るって話だったのに」
流石にこれから抱くほどの時間はないか、と渋々フィリッドは寝台から降りた。その隙にルーナも上体を起こし、手早く襟元と裾の乱れを整えて部屋から飛び出した。
「お嬢様っ」
「ティカ!」
廊下側の扉が僅かに開いており、隙間からティカが手招きしている。すぐさまルーナは彼女の元へと駆け寄り、小声で問う。
「さっきの大声はあなたね?」
「ええ。でも、アタシとしたことがついうっかり違う馬車を見間違えちゃったみたいです」
「まあ!」
ティカはルーナを助けるため、わざと嘘の情報を屋敷中に流したのだ。使用人たちはみな予定より数時間も早く来客が来た、と今も大慌てで駆けずり回っている。
「さあ、お部屋に戻りましょう」
「ありがとう、ティカ」
ふたりは今度こそ手を取り合って私室へと戻った。