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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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55話・新たな一歩

 前日にあんな騒ぎが起きたとは思えぬほど、結婚式は滞りなく執り行われた。騒ぎを引き起こした張本人であるルーナは参列を断念したが、式の前に主役二人と話す機会を得た。


 ディールモントは罪をどこまで裁くべきか迷っていた。賄賂や裏取引で結果を歪め、規定より魔力が少ない女性を聖女に仕立て上げた件は宰相インテレンス卿だけの罪ではない。ディールモントの母親や祖母、更にそれ以前の親族も関わっている。兄の死の真相も、今となっては事件か事故かも分からない。当事者に聞き取りをしたところで、証拠も無しに犯行を自供するわけがないからだ。身内を疑いたくないという気持ちもあっただろう。


 なにも知らなかった頃とは違う。ディールモントはイリアを王妃として迎え、アルケイミアを導く立場となる。これから先に起こることに関してはすべてを明らかにしていくと強く心に決めていた。


 手を取り合う二人の姿に、ルーナは改めて祝福の言葉を贈る。そして、結婚祝いの品として刺繍入りのハンカチをそれぞれに手渡した。


「綺麗な刺繍。これはルーナ様が?」

「ええ、お二人の幸せと健康を願ってお作りしました。受け取ってください」

「ありがとう、素晴らしい贈り物だわ!」


 イリアは感激した様子でハンカチを胸に抱いた。ディールモントも、刺繍された花の柄を確かめるように指先でなぞっている。


「御守りとして身に着けておいてくださいませ」

「……ああ、分かった。感謝する」


 ルーナに微笑み返すディールモントはやや複雑な表情をしていた。何かが違えば、イリアとルーナは二人とも彼と結婚して王妃となっていたのだ。昨日、宰相を糾弾した際のルーナの毅然とした姿を思い出し、ディールモントは(惜しい)と素直に思う。ルーナも共に隣に立ってくれたらどんなに心強いだろうと夢想する。


 しかし、ディールモントはなにも言えなかった。ルーナの側に当たり前のように立つシュベルトの騎士に気圧(けお)されているからである。


 最初から付かず離れずの位置におり、その癖ずっと黙っている。ルーナと言葉を交わす度に鋭い視線で睨み付けられ、ディールモントは精神をすり減らしていった。


「殿下、イリア様、間もなく式典が始まります」


 女性神官が控えの間にいる主役二人を呼びに来たため、話は終わりとなった。


「では、私は失礼いたしますね」

「ルーナ嬢」


 先に退室しようとしたルーナを、ディールモントが咄嗟に呼び止める。驚いて顔を上げたルーナは、はいと返事をして言葉を待った。


「そなたには感謝してもしきれぬ。いつでも構わないから王宮に来てくれ。……その、イリア()喜ぶ」


 引き合いに出されたイリアが「殿下の仰る通りです。いつでもお待ちしております」と笑顔で同調した。








 控えの間から退室して迎賓館の客室へと戻る道すがら、リヒャルトは隣を歩く銀の髪の令嬢を見下ろした。


 アルケイミアの王子はルーナを随分と気に入っている様子だった。長年王族を苦しめてきた因習を終わらせたことで恩義を感じているだけではなく、それ以上の感情も含まれていたようにリヒャルトには思えた。望めば一国の王妃にもなれるだろうに、ルーナはあっさり断っている。安堵と疑問がぐるぐると渦巻き、リヒャルトの頭の中を占めていた。


「ルーナ嬢。あの二人に治癒のハンカチを贈ったのは万が一への備えのためか」

「ええ。宰相閣下は捕まえていただきましたけど、この問題は根が深いですもの。殿下のお身内にも油断できませんし」


 ディールモントの親族、特に母方は過去にインテレンス卿の一族と裏取引をして聖女選定の結果を歪め、姻戚となった可能性が高い。地位が高く、簡単に裁ける相手ではない。すべてを有耶無耶にするために強硬手段に出る恐れもある。


 だからこそ、ルーナは治癒のハンカチを贈った。一晩で二枚仕上げたため最上級の効果とまではいかないが、所持していれば多少の怪我ならすぐ治る。魔力量の多いイリアがそばにいれば内蔵魔力も常に補給可能。アルケイミアの情勢が安定するまでのお守りのようなものだ。


「また寝ずに刺繍したのか」

「昨夜はなんだか寝付けなくて」


 昨日の出来事を考えれば無理もないことだと理解しながらも、やはりリヒャルトは面白くはなかった。


「できれば、自分を犠牲にするような真似は慎んでくれるとありがたいんだが」

「あら、リヒャルト様こそ身を呈して私を守ってくださったではありませんか」

「俺はいいんだ。鍛えているし、そのために側にいるんだから」


 自分のことを棚に上げて注意され、ルーナは唇を尖らせた。


「幾ら治癒のハンカチで治るとはいえ、傷を負えば痛いでしょう。リヒャルト様こそご自愛くださいませ」

「では、常に近くで見張ってもらわなくてはな」

「リヒャルト様ったら!」


 今の返答を軽口だとルーナは思い込んだが、互いに無茶をしないよう見張り合うという提案は案外悪くないのではないかとリヒャルトは本気で考えていた。


 大神殿の鐘の音が迎賓館にも届く。アルケイミアの新たな一歩が今日この時から始まる。ルーナはディールモントとイリアの門出(かどで)を心から祝福した。


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