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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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50話・呪われ王子

 大広間からざわめきが消えた。誰もが固唾を飲んで成り行きを見守っている。中には逃げ出す機会を窺う者もいたが、出入り口は全てシュベルトの王子グレイラッドの指示で護衛部隊がさりげなく塞いでいた。却って目立ってしまうため、下手に動けない状況となっている。


「どういうことだ。はっきり申せ」


 震える声で続きを促すのはアルケイミアの王子ディールモントである。問題の論点は『聖女選定の不正』だけでなく『王族の直系男子の魔力が少ない理由』にも向けられており、当事者であるディールモントは確かめずにはいられなかった。


「かしこまりました、殿下」


 一旦壇上のディールモントに向き直り、深々と頭を下げてから、ルーナは疑惑を口にした。


「アルケイミアは魔獣の脅威から国民を守るため、主要な街道や居住地に結界が張られております。結界の維持には貴族からの魔力の供給が必要。そして、結界を導入した頃から現在に至るまで(おこな)われてきた聖女選定が本来の役割を果たしていなかった疑いがあります。第一聖女には必ず魔力量が多い令嬢が選ばれていたはずですが、もう一人の令嬢は、恐らく」


 選ばれた聖女二人のうち、一人は不適格だったのではないかという指摘に場内がどよめく。


「馬鹿な。何を根拠に!」


 何処かから疑惑を否定する声が飛んでくるが、ルーナは動じることなく手にした帳簿を掲げてみせた。


「根拠はこちらに。帳簿には過去に行われた聖女選定の儀の度に『娘を王子に嫁がせたい貴族から受け取った金額』と『選定官を買収するために贈った賄賂』が詳しく記録されておりましたので。神官長様の執務室にある祭事録と照らし合わせた結果、記録とほぼ一致しました」


 祭事録には、大神殿で執り行われた儀式や冠婚葬祭などの全てがこと細かに記録されている。もちろん、聖女選定の儀や王族の結婚も記録の対象となっている。


「王族の系譜を見れば、第一聖女が産んだ男児が夭折(ようせつ)し、第二聖女が産んだ男児が跡継ぎとなった事例が多いとお分かりいただけると思います」


 ディールモントは蒼褪めた。まさに自分が『第二聖女が産んだ男児』だからである。そして、第一聖女が産んだ彼の異母兄にあたる王子は実際幼い頃に不慮の事故により命を落としている。父親である現国王も第二聖女が母親だという事実に気付き、ディールモントの背に嫌な汗が流れた。


「まさかとは思うが、兄上の死まで仕組まれたものではなかろうな」

「そこまでは。ただ、不慮の事故や原因不明の病という理由で『第一聖女が産んだ王子が』亡くなる事例が目立つことだけは事実です」

「……そうか、そうだな」


 魔力量が多い本物の聖女が産んだ男児はほとんどが成人前に何らかの理由で命を落としている。偽聖女が産んだ男児は何事もなく成長するが、生まれつき魔力量が少ないため生活に支障が出てしまう。


 王子の死が続き、無事に成長したとしても魔力が少ないせいで普通の生活が送れない。いつしかアルケイミアの王族は呪われているのではないかと噂されるようになった。ディールモントも陰で『呪われ王子』などと呼ばれているほどだ。


「だから私は……いや、王族の男はみな魔力が低かったのか……」


 ディールモントにとって受け入れ難い事実ではあるが、同時に全てが腑に落ちた。取り乱すことなくルーナの言葉を受け止めている。


「殿下! 銀髪の小娘に騙されてはなりませんぞ! そもそも、その帳簿はでっちあげだ! 誰かが儂を陥れるために作ったに違いない!」


 必死に弁解するインテレンス卿に、ルーナは帳簿を掲げてみせた。


「閣下。私はこれを一度も『あなたの帳簿(もの)』だとは言っておりません。なぜ取り返そうとしたり、書かれている内容を頭から否定なさるのでしょう? ご自分のものではないのなら、閣下には一切関係のないお話ですのに」

「ぐぬっ……!」


 ルーナは帳簿が宰相の所有物だとはひとことも言っていない。内容について触れた時も、裏取引をした貴族や買収した選定官の名が記載されていたとしか説明しなかった。にも関わらず、インテレンス卿は視界に帳簿が入った瞬間から奪い返すことばかりに気を取られ、他が疎かになっていた。


 普段のインテレンス卿ならば冷静に情報を整理し、適切に対処しただろう。ただ、この帳簿が他者の手に渡った状態で冷静な思考が出来るはずがない。帳簿(これ)は何百年と続けられてきた悪事の証拠なのだから。


「わ、儂を追い出して宰相の地位を乗っ取る気か。金か? それとも、やはり聖女の座が惜しくなったか?」


 苦し紛れに放たれた問い掛けに、ルーナは静かに(かぶり)を振り、隣に立つリヒャルトへと一歩近付いた。


 これまで警備の騎士たちを近付けぬよう威嚇していたリヒャルトが視線を下げ、ルーナを見た。気丈に振る舞ってはいるが、やはり怖いのだろう。ルーナが震えていることに気付き、マントで隠れる位置でそっと手を握る。急に触れられたルーナは驚きで僅かに肩を揺らしたが、一度リヒャルトと目を合わせてから再びインテレンス卿へと向き直った。


「いいえ、閣下。私はアルケイミアに何の未練もありません。ただ静かに暮らしていきたいだけなのですから」


 そう答えたルーナは場にそぐわぬほど穏やかで可憐な微笑みを浮かべていた。


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