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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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45話・ブチ壊す覚悟

 神官長の執務室に現れた人物はルーナの義母、クレモント侯爵夫人だった。彼女はまず話を途中で遮った非礼を詫び、軽く自己紹介をしてから室内へと入る。所作は美しく、言葉に嫌味もない。ハインリッヒは恐縮し、空いていた一人掛けソファーを夫人に勧めた。


「お、お義母様(かあさま)、私、ごめんなさい」


 ルーナは夫人に駆け寄り、真っ青な顔で頭を下げた。


「離れの件なら気にすることないのよ。火を消し止めた直後あなたが逃げ遅れたのではないかと使用人たちが慌てふためいていたけれど」

「たいへん申し訳ないことを致しました」


 ティカの偽装工作で、現場にはルーナが身に着けていた衣服と共に骨付き肉をばら撒いている。焼け跡から骨が見つかった時は大騒ぎになったという。


「それに、宰相様との顔合わせの場を台無しにしてしまって、クレモント侯爵家には迷惑ばかり掛けて……」

「ステュードが勝手に決めた縁談でしょう。あんな評判の悪い年嵩(としかさ)男に婚約期間もなしに嫁がせるなんて余計に外聞が悪いもの。破談になって良かったくらいよ」


 逃走のために離れを燃やした件について、夫人はまったく問題視していなかった。逆に、ルーナは肩透かしされたような気持ちになる。


「それより」


 クレモント侯爵夫人が姿勢を正し、ルーナの顔を真っ直ぐに見つめる。こんな風に義母と向き合った経験はない。ルーナは息を飲み、次の言葉を待った。


「よく無事で。元気そうで良かったわ」

「お義母様……っ!」


 夫人は目を細め、向かいに座るルーナに微笑み掛けている。


「義理とはいえ母らしいことは何ひとつしてきませんでした。わたくしにはあなたから母と呼ばれる資格はありません」


 自嘲気味に語る夫人に、ルーナはすぐさま「いいえ!」と反論した。目を丸くした夫人に、そのままの勢いで捲し立てる。


「お義母様は私のそばにティカをつけてくださいました。おかげで寂しくはありませんでした。感謝しております」

「嫌がらせで異国の娘を()てがわれたとは思わなかったの?」

「ティカは私の一番の親友ですもの」

「まあ、嫌がらせの甲斐がないこと」


 声を上げて笑い合うことなど同じ屋敷で暮らしている時は一度もなかった。出奔して初めてルーナと夫人は母娘らしくなれた気がした。


「ここからが本題なのだけれど」


 しばし笑った後、夫人が表情を引き締めた。神官長やハインリッヒ、リヒャルトたちも聞く姿勢を取る。


「実は、聖女選定が始まる少し前から夫が宰相のインテレンス卿を何度か屋敷に招いていたの。今まで個人的な付き合いなんてなかったにも関わらず、よ。わたくしだけでなく給仕の使用人すら入室を禁じられたからどんな会話をしていたかは分からないけれど、最終選定の日に色々なことが起きたでしょう? もしや良からぬことを企んでいたのではないかと思い、神官長様に相談したのです」

「ルーナ嬢がいなくなったと夫人から聞いた時、不正を恥じて逃げたのだと思っておりました。しかし、罪状を明らかにするため魔導具を調べてみて己の勘違いに気付いたのです」


 ルーナがクレモント侯爵家の離れを燃やし、ティカと共に逃げた翌々日の話である。既に聖女は二人とも決まっており、今さら白紙撤回するわけにもいかない事態となっていた。結婚式は王子が成人となる日に執り行うと決まっているからである。


 同時に、神官長が出奔前のルーナの身に何が起きたかを知っていた理由が分かった。クレモント侯爵夫人が恥をしのんで洗いざらい伝えたからなのだ、と。


「分家であるレフリエル男爵家のアトラが夫の子だとは以前から知っていました。でも、実際に養女に迎えたのはルーナ。ルーナのほうが聖女に選ばれる可能性が高いからなのかと考えてたのですが、まさか最後の最後に(くつがえ)すなんて思わなかったわ」

「そこでようやくクレモント侯爵とインテレンス卿が裏で取り引きをしていたのではないかと我々は気付いたのです」


 クレモント侯爵ステュードは実の娘を聖女に。

 宰相インテレンス卿はルーナを第二夫人に。

 利害が一致し、両者は手を組んだ。


「もしくは、アトラが我が儘を言ったのかもしれませんね。『聖女になりたい』と」


 愛娘の願いを叶えた可能性もある。自分の血を王家に、という野心もあったかもしれない。どちらにせよ、養女であるルーナを犠牲にしたことに変わりはない。


「あの、お義母様」


 意を決したように、ルーナが夫人を見据える。


「私もアトラのように、お父様が他の女性に産ませた娘ではないのですか。私を産んだ母が誰かご存知ではありませんか」


 震える声で問われ、夫人は申し訳なさそうに目を伏せた。そして、首を横に振る。


「あなたの母親が何者かは知りません。ある日突然ステュードが『知人の子だ』と連れて来て養女にしたのです。魔力の素養が高そうだから、と」

「……そう、ですか」


 やはり自分はクレモント侯爵家の娘ではないのだ、とルーナは落胆した。そんな義理の娘に対し、夫人が声を掛ける。


「ステュードは他所(よそ)で娘を作り、更にあなたまで連れて来て、わたくしは憤っておりました。女の子を産めなかったわたくしに対する当て付けだと思い、何も知らぬ幼いあなたを居ないものとして扱って……。本当に辛かったのは、あなたなのに」

「そんな。お義母様」


 夫人にも事情があったのだと分かり、ルーナの中のわだかまりがほろほろと解けていった。


 義理の母娘の和解は喜ばしいことだが、このままルーナがアルケイミアに帰ってしまうかもしれない。二人の会話を聞きながら、リヒャルトは言いようのない焦りを感じていた。


「聖女選定に不正があろうがなかろうが、もうそちらの王子の結婚式の日取りは決まっている。最早ルーナ嬢には関係のないことだ」


 ずっと黙って後ろで控えていたリヒャルトが口を挟むと、神官長は見るからに肩を落とした。どうにかしたくても、既に近隣諸国から続々と招待客が到着している。穏便に済ませるには遅過ぎるのだ。


 ルーナも俯き、頭を悩ませていた。シュベルトに戻り、ゼトワール侯爵家の離れで穏やかに暮らしていきたいと心から思う。だが、物心ついてからずっと暮らしてきた国だ。記憶にないティラヘイアより、アルケイミアへの思い入れのほうが強い。つい『出来ることがあるのなら』『自分が役に立てるのなら』と考えてしまう。


「もし本当に状況を打破したいのであれば、秘密裏にとはいきません。全てを白日(はくじつ)(もと)(さら)す必要があるでしょう」


 ハインリッヒが鋭い眼差しを神官長へと向ける。中立の立場を取るべき彼は、いつの間にか弟の感情に呑まれてしまっていたらしい。


「全てをブチ壊す覚悟はお有りか? 神官長殿」


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