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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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41話・囮作戦 2

 追っ手の三人は十数年前からクレモント侯爵家に雇われている私兵である。長年仕えてきただけあって内情に詳しい。


「ルーナお嬢様以外に、娘が……?」


 問われた男が得意げに鼻を鳴らした。


「そうだ。旦那様が分家の奥方に産ませた()()()()()()()。聖女候補の資格を失くしたルーナ様に代わり、その娘を新たに養女として迎えたのさ」

「本来なら奥様は許さないだろうが、クレモント侯爵家の繁栄のための養子縁組だ。反対できん。旦那様はこの機を狙ってらしたんだよ」


 最初から生かして解放する気はないのだろう。男たちは知り得た事実を惜しげもなく話し、ティカの反応を見て楽しんでいるようだった。


 怒りに沸く頭の中で、ティカは情報を整理した。


 まず、クレモント侯爵家当主ステュードは分家の奥方に娘を産ませていた。恐らくは、嫡男フィリッドの誕生後に浮気したのだろう。もしかしたら、身籠ったと分かってから分家に嫁がせたのかもしれない。


 その後、ルーナを愛人の子として本邸へ引き取った。本当の娘でなくルーナを引き取った理由は、正妻からの折檻を恐れてのことだろう。ステュードは実の娘が白い目で見られ、軽く扱われることを良しとしなかった。


 ルーナが聖女候補に上がり、クレモント侯爵家が再び王宮での発言権を得られるようになると期待した。しかし、不正を疑われて資格を剥奪されてしまう。クレモント侯爵家の面目を保つため、ステュードは《《繰り上がりで第二聖女に選ばれた実の娘を養女に迎えた》》。


 ステュードの実の娘はアトラ・レフリエル。

 ルーナを『妾の子』と嘲笑(あざわら)った令嬢である。


 アトラは王子に嫁ぐ身。継母となった正妻がどれほど不愉快に思っても無下には扱えない。


 ならば、ルーナは誰の子なのか。どこから来たのか。そもそも、アトラはなぜ第二聖女に選ばれたのか。話がうまく運び過ぎではないか。様々な疑念が湧き、渦巻いていく。


 黙り込んだティカの髪の結び目を男の一人が掴んで持ち上げる。痛みに小さく悲鳴を上げると、男たちはニヤリと口の端を歪めて笑った。


「ルーナ様にはもう利用価値はない。連れて逃げるだけ労力の無駄だ」

「どうせどっかに閉じ込めてんだろ。悪いようにはしねえから場所を教えな」

「態度によっては旦那様に取りなしてやってもいいんだぜ。どっちが(とく)か、バカでも分かるよな?」


 男がティカの背を蹴り飛ばし、ルーナの隠れ場所まで案内しろと促してくる。これ以上の情報は出てこなさそうだと判断し、ゆらりと上半身を起こす。そして、振り向いたティカは笑顔で口を開いた。




「もういいです。やっちゃってください」




 ティカの言葉を合図に、上から何かが降ってきた。落下の速度そのままに男の一人に体当たりし、膝裏を蹴って転倒させる。驚いて腰の剣に手を伸ばしたもう一人の手首を剣の腹で打ち据え、行動を制限した。


「女性に対する狼藉(ろうぜき)の数々、裁判なしで処刑されても文句は言えないよ」


 一方、ティカを庇うように立つ銀髪の青年は怒り心頭といった形相で残りの一人に剣の切先(きっさき)を向けていた。


「だ、誰だ、おまえは」


 うろたえる男に問われ、銀髪の青年はニコリともせず淡々と答える。


「シュベルト騎士団ゼトワール隊副隊長、ラウリィ・エクレール」


 言い終える前に、剣を男の喉元に突き付けた。剣先がわずかに皮膚に刺さり、じわりと血がにじむ。僅かにでも身動(みじろ)ぎすれば喉が切り裂かれてしまうだろう。全く反撃の余地もなく追い込まれた三人の男は後から駆け付けた騎士たちによって捕縛、連行されていった。


「ありがとうございます、ラウリィ様」

「……」


 笑顔で礼を述べるティカに、ラウリィは冷やかな視線を向けている。いつも朗らかな彼には珍しく眉間に深いシワが刻まれ、険しい表情をしていた。


「君の指示だから我慢していたが、本当なら腕を掴まれた時点で飛び出して奪い返したかった」


 それは本当に最初の話ではないか、とティカは思う。


「あんな風に手荒に扱われる姿を見ているだけしかできないなんて、こんな役はもう二度と御免だ」


 相当不愉快な思いをしたのだろう。ラウリィは剣を鞘に納め、手を伸ばしてティカの頬に触れた。男に平手で打たれた箇所は腫れ、やや赤くなっている。


「平気ですよ、慣れてますから。これくらい冷やせばすぐに治ります」


 ラウリィのほうが辛そうにしているものだから、ティカはなんだか居心地が悪くなって視線をそらした。視界の端に騎士服についた砂埃を払う青年の姿を見つけ、声を掛ける。


「そういえば、ディルク様ってお強いんですね」


 先ほど上から襲撃し、瞬時に二人を制圧した騎士はディルクである。彼はティカから褒められ、得意げに胸を張った。


「オレはゼトワール隊の特攻隊長だからね。ルウ嬢に言ってくれてもいいんだよ~。『ディルクは強い』『カッコいい』ってさ」

「残念ながら、今回の件はお嬢様に内緒ですので」

「そんなァ!」


 嘆くディルクを置き去りにして、ティカはラウリィの隣へと戻った。何事もなかったかのように振る舞っているが、足元がややフラついていることにラウリィは気付いている。


「ティカ」

「きゃっ」


 すくい上げるように横抱きにされ、ティカが驚きの声を上げた。そのまま路地を出たところに停めてあった騎士団の馬車まで連行される。


「治療院でマルセル先生に診てもらう」

「必要ありません、大したことは……」

「背中やお腹も殴られていたよね。ここで脱がせて確認してもいいんだよ」


 二人だけの馬車内でそんなことを言われ、ティカは思わず距離を取る。


「冗談だよ。……いや、冗談でも言うべきではなかったね。ごめん」


 自分の発言が追っ手の男たちの下品な言葉を想起させたかもしれないと反省し、すぐに謝罪した。


「アタシなんかに気を使わないでください」


 くすくす笑うティカが不意に「痛っ」と顔をしかめる。殴られた際に切れた唇が痛んだらしい。その様子を見て、ラウリィは馬車の窓を開け放った。御者台の騎士に「早く王都の治療院へ!」と指示を出す。


「ラウリィ様ったら」


 呆れと嬉しさ半々といった表情を浮かべ、隣に座るラウリィの肩に頭を預ける。一瞬身を硬くするラウリィだったが、おずおずと腕を回してティカの体がずり落ちないように抱き寄せた。


「少し寝ます。着いたら起こしてください」

「あ、ああ……」


 戸惑う声を聞きながら、ティカは目を閉じる。頭の中は先ほど得た情報でぐちゃぐちゃだったが、不思議と気持ちは落ち着いていた。




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