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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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38/58

38話・塞ぎ込む令嬢

 王子の婚約者の話し相手を頼まれたルーナは同じ離宮内にある別の部屋へと案内された。話の邪魔にならぬよう、男性陣は応接室に残っている。先ほどは王子がいたため、使用人用の控えの間で待機していたティカがルーナに付き添った。


「ラスタ様、お客様をお連れいたしました」


 案内の侍女が部屋の扉を開け、中へ入るようにと促してくる。返事もないのにお邪魔して良いものかと迷いながらも、ルーナは目当ての人物がいる場所まで歩み寄った。


「はじめまして。ラスタ様でいらっしゃいますか」


 応接室とさして変わらぬ造りの部屋である。来客用のソファーではなく、窓際に置かれた小さな椅子に件の令嬢は座っていた。声を掛けても返事をしない。こちらを見ようともしない。聞こえていないのだろうか、とルーナは不安を覚えた。


「どうしましょう、ティカ」

「根気よく話し掛けるしかないですよ」

「それもそうね」


 後ろに控えるティカに小声で相談した後、ルーナは立ち位置を変え、令嬢の視界に入った。王子の煌びやかな金髪とは異なる淡い金色の髪と赤紫の丸い瞳が愛らしい少女である。年の頃はルーナと近いように思えた。


「私、ルーナ・クレモントと申します。ラスタ・グリューエン様ですね? 向かいの席に座ってもよろしいでしょうか」

「……ええ」


 にこやかに名乗り、同席を願えば、ラスタは素直に頷いた。ただ、愛想笑いの一つもない。初対面のルーナを軽く見ているわけではなく、気に掛かることがあるらしく思い悩んでいる様子だった。


「私はシュベルトの者ではありません。元はアルケイミアで暮らしていたんですけど、今は家出してゼトワール侯爵家でお世話になっている身です。私でよろしければ、愚痴でも心配事でも何でもお話しください」


 シュベルトの貴族ではないと分かり、ラスタが僅かに警戒と緊張を解いた。王子の婚約者という立場では、国民には話せないことも多いのだろう。特に、同年代の貴族令嬢に愚痴など言えば、取って代わろうとする者もいるかもしれない。


 その点、完全な部外者であるルーナは話し相手としては申し分ない。王子もそう考えてルーナに頼んだのだ。


「あなた、家出してきたの?」

「はい。恥ずかしながら」


 ルーナの話に、ラスタは興味を示した。この機を逃してはならない。より面白おかしく聞こえるよう出奔の経緯を説明した。


 少し前までならば、初対面の相手に身の上話をするなんて出来なかっただろう。不正の件が事実無根であり、自分の選択が間違っていなかったと断言してくれる味方がいるからこそ話せるようになった。


「まああ、そんな、ひどい」


 ルーナの話を聞き終えたラスタは目を潤ませ、我が事のように憤った。異母兄と宰相から襲われ掛けた件は生々しいため伏せたのだが、そもそも聖女選定の場で糾弾された辺りで駄目だったらしい。言葉を交わしてみれば、とても感受性が豊かで心優しい令嬢である。仲良くなれそうだ、とルーナは嬉しく思った。


「あなたの境遇に比べたら、わたくしは恵まれているのよね。それなのにクヨクヨしてばかりで、自分が本当に情けないわ」


 ラスタの瞳が揺れ、目尻に涙が滲む。落ち込んで泣きそうな彼女の肩に手を置き、ルーナは首を横に振った。


「他の者がどうであれ、ラスタ様ご自身が辛いと思っているのでしたら、きっとそうなのです。誰かと比べてはいけません」

「ルーナ様……」


 ルーナの言葉に、ラスタは目を瞬かせた。そして、ようやく心の内をぽつぽつと話し始めた。


「わたくしは幼い頃からグレイラッド殿下に引き合わされ、婚約者となることが決まっておりました。誰もが祝福して『ラスタは幸せ者だ』と言うのです」


 王族、しかも次期国王たる王子との婚約が成立するということは、ラスタの家は相当格が高い貴族なのだろうと容易に想像がつく。


「もしかして、殿下との結婚がお嫌なのですか」

「いえ。親同士が決めた婚約ですけど、殿下のことはお慕いしております」


 ラスタの返答に、ルーナは胸を撫で下ろした。もし王子との結婚が意に沿わぬから塞ぎ込んでいるとなれば、自分にはどうしようもないからである。


「でしたら、他になにか気掛かりなことが?」


 踏み込んで問えば、ラスタはまた下を向いてしまう。膝の上で握られた手が僅かに震え、彼女の迷いと緊張を表していた。返答を急かすことなく、ルーナはただラスタの気持ちが落ち着くまで待つ。しばらくして、躊躇(ためら)いがちに話し始めたラスタの声は震えていた。


「わたくし、怖いの」

「怖い……?」

「わたくしのお母様はわたくしを産んですぐ亡くなりました。出産の際に血が止まらなかった、と。だから、子を産むことが怖いのです」


 彼女が何を恐れているのか、今の言葉で理解した。


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