33話・ナンパ男の正体
リヒャルトからの提案で、ルーナたちは王都の街に買い物にやってきた。ゼトワール侯爵家の離れに閉じ籠もって作業し続けるルーナの息抜きのためだ。
「私、出歩いてもよいのでしょうか」
「ルーナ嬢の追っ手はアルケイミアに帰った。ティカの追っ手はまだ王都には入っていない。今なら街に出ても問題ないだろう」
ゆっくり休めと忠告しても暇さえあれば裁縫箱に手を伸ばしてしまうので強制的に引き剥がした、という表現が正しい。
「せっかくだから新しいドレスでも見に行こう。店頭で選んでその日のうちに持ち帰れる店もあるんだよ」
貴族令嬢のドレスは専門の職人が屋敷に来て採寸から生地選びまで行い、数十日ほど掛けて製作して納品される。しかし、仕上がりまで時間が掛かり過ぎて流行に乗り遅れてしまうことが多々有り、最近では即日納品可能な半既製品を扱う店が増えたという。
「やけに詳しいですねラウリィ様。よく女性と来ていらっしゃるんですか」
「残念ながら君の想像とはかけ離れているよティカ。母の買い物に付き合わされて知っただけだからね」
ティカからジト目で睨まれ、ラウリィがすかさず弁解した。まるで浮気が発覚しそうになった夫のようだ、とリヒャルトは冷めた視線を同僚の騎士へと向ける。
王都の中心街は活気に満ち溢れていた。通り沿いに様々な店が並び、たくさんの人々が行き交っている。
ルーナは銀髪が目立たぬよう、つばの広い帽子を被って石畳みの路を歩く。ティカはいつもの侍女のお仕着せだ。周りを見れば同じ褐色の肌をした使用人が貴人に付き従う姿がチラホラ見受けられた。
「ねえ、見てティカ。可愛い小物がたくさん」
「良いですね。幾つか見せてもらいましょうか」
女性ものの小物を扱う店に引き寄せられ、夢中で品物を見て回るルーナとティカの姿を少し離れた場所からリヒャルトとラウリィが見守っている。
「二人とも楽しそうだね、リヒト」
「気軽に外出できない状況だからな。たまには息抜きも必要だろう」
これから先、もし追っ手が王都にまでやってくるようなことがあれば外には出られなくなってしまう。せめて今だけは楽しい時間を過ごしてほしい、とリヒャルトとラウリィは思った。
「……うん?」
ふと、店先で品物を眺めていたルーナとティカに歩み寄ろうとする不審な男の姿を見つけ、すぐさまリヒャルトが駆け出す。
「え、あれって、もしかして」
ラウリィも一瞬遅れて走り出すが、何かに気付いて戸惑いの声を上げた。
「そこの男、止まれ!」
不審な男がルーナたちに接触する前に、リヒャルトが男の肩を掴んで無理やり引き止めた。男は目深に帽子を被り、昼間だというのに厚手の外套を着用していた。見るからに怪しい風体である。もしや、まだ把握していない第三の追っ手だろうかとリヒャルトは焦りを感じた。
しかし。
「誰かと思えばハインリッヒの弟じゃないか」
「なに?」
突然兄の名前を出され、リヒャルトは面食らった。怪訝な顔で不審な男を見る。すると、追いついたラウリィが慌てた様子で二人の袖を引っ張り、近くの路地裏まで連れ込んだ。
「アッハッハ! いやあ、この姿なら見つからないと思っていたんだがなあ」
男は周りに他の人の目がないことを確認してから帽子を外した。ゆるく波打つ金の髪が露わになる。鋭い金の瞳がリヒャルトとラウリィを見て細められ、薄い唇がにんまりと弧を描いた。
「グレイラッド殿下……」
不審な男の正体は、シュベルトの王子グレイラッド・サンティエーレだった。茫然とするリヒャルトをよそに、ラウリィが王子に詰め寄る。
「一人で街をウロつくなんて何を考えてるんですか。護衛はどうされました?」
「向こうの通りで撒いてきてやった」
ふんぞり返って得意げに答える王子。どうやら視察の途中で抜け出し、わざわざ変装して街歩きを楽しんでいたらしい。
「すぐに迎えを呼びますからね、殿下」
「もう少し遊びたかったんだがなあ。すごく可愛い令嬢がいたんだよ」
「ラスタ様に言いつけますよ!」
「それは困る!」
ラウリィから婚約者の名を出され、王子は渋々といった様子で外套を脱いだ。左右をリヒャルトとラウリィに挟まれた状態で通りへと出る。すると、道行く人々がすぐに王子の存在に気が付いた。ザッと道の端に下がり、行く手を遮らぬように控える。畏れではなく王族に対する敬意の表れである。
「あ、しまった。ルーナ嬢は……」
突然現れた不審な男=王子に気を取られ、わずかな時間とはいえルーナたちから目を離してしまったことに気付き、リヒャルトは辺りを見回した。そう遠くない場所に二人の姿を見つけ、ホッと安堵の息をつく。だが、彼女たちのそばにはまた別の男の姿があった。ラウリィに王子を任せ、リヒャルトはすぐにルーナのもとへと駆け寄る。
「奇遇だな~。こんなところで会うなんて、オレたちやっぱり縁があるのかもしれないですね♡」
「はあ」
「近くにおすすめのお店があるんですよ。良かったら一緒にお茶でも──」
ルーナのそばに立っている青年は騎士姿である。かっちりした服装に似合わぬ軽い口調で親しげに話し掛けており、ルーナは愛想笑いを浮かべて後退りしていた。ティカが間に割り入り、接近を阻んでいる。騎士姿の青年は、リヒャルトがよく知る人物だった。
「ディルク。おまえは王都警備の最中だろうが」
「あっ、隊長!」
先日治癒のハンカチの効果で骨折が治り、休んでいたぶんの仕事をさせられている真っ最中のディルクである。彼は街を巡回中に偶然ルーナの姿を見つけて声を掛けた。要は仕事中にナンパしていた、ということだ。
「ちょうど良い。おまえには殿下を護衛のところまで連れていってもらう」
「ええっ、そんなぁ!」
騎士の装備に身を包んでいてもディルクはディルクである。彼は仕事を増やされ、明らかに不服そうな顔をした。しかし、王子の前では笑顔を取り繕い、優美な所作で挨拶をしている。そのまま王子に付き従い、ディルクは去っていった。
さて、とリヒャルトが振り返れば、ルーナが愛想笑いの表情のまま固まっていた。突然街中で声を掛けられ、相当驚いていた。追っ手が来たのかと焦る気持ちもあっただろう。今回は顔見知りだったが、男に急接近されて怖い思いをしたようだ。
「大丈夫か、ルーナ嬢」
「リヒャルト様」
リヒャルトが声を掛けると、ルーナはパッと顔を上げ、ほっと表情をほころばせ、笑顔を見せた。
自分だけが怖がられてはいないという事実に、リヒャルトは安堵する。この先も彼女が気を許す男は自分だけであってほしい、と思いながら街歩きを再開した。




