28話・治療院へ
治癒のハンカチを数枚用意でき次第効果を試す予定となっている。検証するためには怪我人が必要だが、果たして都合良く存在するものだろうか、とルーナは首を傾げた。率直に問えば、すぐに疑問は解消される。
「騎士団専用の治療院に行けばたくさんいるよ。毎日のように国中から任務で怪我をした騎士が送られてくるからね。寝台が足りなくなることもあるくらい」
「数日前に郊外の魔獣相手に結構被害が出ていたからな。怪我人には困らん」
平然と答えるラウリィとリヒャルトに、ルーナとティカは青ざめた。騎士団の仕事は危険と隣り合わせなのだと再確認する。もし本当に怪我が治せるのであれば早く治してあげたいと強く思った。
「ラウリィ様、実際に治癒のハンカチを試す場に立ち合わせていただくことはできますか? 私、まだ信じられなくて」
「構わないけど、治療院には人が多いから誰にも見咎められずにっていうワケにはいかなくなるよ」
今のルーナは追われる身である。治療院には怪我をした騎士以外に医師や看護師、見舞いの家族や知人、下働きの者も出入りしている。王都はこれまで滞在していた田舎街や地方都市とは違う。頭にスカーフを巻いた姿でウロウロしていれば嫌でも目立つ。
「そうだ、僕の親戚ってことにしようか」
「ラウリィ様の?」
「ティラヘイアから遊びに来た従姉妹、とかいう設定ならどうかな?」
ルーナとラウリィは同じ銀髪だ。血縁だと説明されれば周りも信じるだろう。
「堂々としていれば誰も疑わないよ。名案だと思わない? リヒト」
「良いんじゃないか。離れに閉じ籠もりきりでは退屈だろうし、俺もそろそろ同僚からの質問責めに困っていたところだ」
話を振られたリヒャルトはすぐさま賛同した。逃げ出したルーナとティカを密かに護衛した際と王都へと移送した際、同じ隊の仲間に協力を要請している。堅物のリヒャルトが女性のために奔走する姿を見て「どういう間柄か」と関心を持たれ、顔を合わせるたびに質問されているらしい。ラウリィの親戚だと説明しておけば質問の矛先はラウリィへと向く。
「ハンカチが完成したら治療院に行こうか」
「あ、もう出来ております」
「えっ!?」
なんと、ルーナは話をしながら作業を続けていたようで、テーブルの上には完成したハンカチが綺麗に並べられていた。
「い、いつの間に」
「残りは仕上げだけでしたので」
にこりと微笑みながら裁縫道具を片付けるルーナに、ラウリィとリヒャルトは職人魂を見せつけられた気がした。
ルーナは外出用のワンピースに袖を通した。行き先が治療院のため、色や装飾が控えめなものを選び、銀の髪を綺麗に結い上げている。ラウリィの親戚という設定で押し通すためだ。ティカは久々に侍女のお仕着せ姿である。
離れの出入り口に馬車を横付けし、四人で乗り込む。そして、王都の南端にある治療院へと向かった。
治療院は騎士団本部の敷地内に建つ施設である。木造二階建てで飾り気はなく、周囲にまで消毒液のにおいが漂っていた。リヒャルトに案内され、ルーナは恐る恐る治療院へと足を踏み入れる。廊下を行き交う騎士たちはみな腕や脚に包帯を巻いた痛々しい姿をしていた。
しばらく廊下を進んだ先にある扉の前でリヒャルトが立ち止まる。この部屋が検証を行う場だという話だ。
「ゼトワール隊リヒャルト、入ります」
軽くノックをし、扉を押し開く。室内には四つの寝台が置かれ、それぞれ患者が寝かされている。そして、白衣を着たメガネの青年がカルテ片手に待ち構えていた。
「やあ、待っていたよリヒャルト君、ラウリィ君」
「マルセル先生。協力感謝します」
「こちらこそ、期待しているよ」
マルセルは王都治療院の医師である。リヒャルトから事前に連絡を受け、被験者となる患者を集めてくれていた。人によって怪我の部位は多少違うが、マルセルによればだいたい同じくらいの負傷具合だという。
「こちらのお嬢さんは?」
「僕の従姉妹です。シュベルトに遊びに来てくれたんだよなー? ルウ」
問われたラウリィが打ち合わせ通りに紹介し、ルーナも話を合わせる。
「初めまして、ルウと申します。お仕事中にお邪魔をしてごめんなさい」
「いやいや、可愛い子が来てくれて嬉しいよ。こんなむさ苦しい場所でごめんねお嬢さん」
マルセルはメガネの奥の瞳を細め、明らかに上機嫌になった。彼が言うように、治療院には負傷した騎士、つまり男の患者ばかりで女っ気はほとんど無い。ルーナとティカは男だらけの治療院でやや注目を集めていた。
「ということは、例のハンカチは彼女が?」
「ええ、ルウが試作品をティラヘイアから持ち込んでくれました。試してもらってもよろしいですか先生」
「もちろん。こちらからお願いしたいくらいだよ」
治癒のハンカチは『ルーナが作り出した』ものではなく『ラウリィの従姉妹ルウが故郷から持参した魔導具』だと説明している。万が一情報が漏れた際、ルーナ自身が狙われないようにするための対策である。
早速持っていた籠からハンカチを数枚取り出し、マルセルに渡す。彼は四つ並んだ寝台の間に入り、怪我の部位を確認していく。そんな中、リヒャルトが右端の寝台へと歩み寄り、目を閉じて横たわる青年の頬を軽く叩いた。
「おい、ディルク」
「うう……オレもう死ぬのかな……」
ディルクと呼ばれた青年は薄目を開け、室内を見回した。視界にリヒャルトを発見し、目を丸くする。反射的に体を起こそうとして「いてて」と苦痛に眉をひそめた。
「君は大袈裟なんだよディルク君。たいした怪我じゃないだろう」
「そんなことないです、めちゃくちゃ痛いですもん。まだ退院の許可も降りないし、このまま死ぬんじゃないですか? オレ」
呆れるマルセルに涙目で喰ってかかるディルク。彼の左脚は添え木がされ、包帯でぐるぐる巻かれて固定されていた。どうやら骨折しているらしい。
「落ち着けディルク。マルセル先生を困らせるな」
「リヒャルト隊長ぉお」
横からリヒャルトが諭すと、ディルクはわんわんと泣き出した。彼はれっきとした成人男性であり、リヒャルト率いるゼトワール隊の騎士である。貴族の末っ子三男坊として甘やかされて育った彼は苦痛や疲労に非常に弱い。数日前に入院して以来ずっと泣き言を漏らして周りを困らせていた。
ちなみに、彼はルーナとリヒャルトが出会う数日前に任務中に負傷し、王都の治療院送りとなっている。リヒャルトが単独行動で深い傷を負った原因は、部下に怪我を負わせたことを悔いての無茶だったのかもしれない。




