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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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27話・助けた理由

 シュベルトの王都に移って数日が過ぎた。ルーナたちは貴族街の中心部にあるゼトワール侯爵家で世話になっている。


 客人を快く受け入れたものの、リヒャルトの兄であるゼトワール侯爵家当主ハインリッヒは気が気ではなかった。これまで浮いた話ひとつなかった弟が若く美しい女性を二人も連れてきた、と使用人から聞いたからである。ちなみに、直接顔を合わせたわけではない。リヒャルトがルーナの男性恐怖症を考慮し、事前に兄に釘を刺しておいたからである。


 最初に説明を受け、ハインリッヒはルーナの事情をほぼ把握している。故に、不特定多数の出入りがある本邸より静かな場所のほうが良いだろうと庭園の片隅に建つ離れを貸し与えた。こじんまりとした離れの建物は背の高い生垣に囲まれており、専用の門を通らねば敷地内へは入れない。身を隠すにはちょうど良い立地である。


 一方、ルーナは離れで毎日せっせと刺繍に取り組んでいた。ラウリィからの依頼で、刺繍の大きさや精密さによって治癒効果に変化が起きるかを調査するための標本(サンプル)を製作しているのである。


「お嬢様、少し休憩したらどうですか」

「きりの良いところまで縫わせてちょうだい」

「はいはい。じゃ、お茶の支度をしてますからね」


 ルーナがハンカチ製作に励んでいる間、ティカは離れの家事を一手に引き受けていた。水汲みから炊事、掃除、洗濯まで全て一人でこなしている。元々貴族の屋敷で下働きをしていたこともあり、力仕事から雑用までひと通り経験がある。それに、シュベルトに来てからは外での賃仕事と家事の両方をやっていた。その頃に比べれば、ルーナの世話をするくらい、ティカにとっては大した負担ではない。


 ルーナの姿を他人に見られぬよう、万が一にも噂が広まらぬように離れへの使用人の出入りはハインリッヒの命令で禁じている。現在、離れに出入りできる人物はリヒャルトとラウリィの二名に限られていた。彼らは都市での任務を終え、十日間の休暇を挟んで王都警備の任に就くことになっている。つまり、現在は昼も夜も暇を持て余しており、故に今日も離れに顔を出していた。必要な物資や食材は彼らがついでに運び込んでいる。


「わあ、もうこんなに縫ってくれたんだ!」


 客間のテーブルの上には縫い終えたハンカチが並べられていた。全てに薔薇の刺繍が施されている。


「あと少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか。もうすぐ数が揃いますので」

「構わないよ。ていうか、そんなに急がなくても」

「でも、時間が経つと効果が薄くなるのでしょう? 調査結果に響いてしまってはいけないと思って」


 ハンカチの治癒効果についてはまだ半信半疑だが、ルーナ自身はっきりさせたいと考えている。きちんと検証して、本当に怪我が治せるのであれば騎士団に提供したい、と。


「それに、特に他にはやることがないんです」


 実際、今のルーナは起きている時間のほとんどを作業に充てていた。追っ手に見つからぬよう引きこもっているため、他にやることがないからである。離れの窓から見える小さな庭の眺めも美しいのだが、生垣の向こう側に広がる庭園や本邸は見えない。つまり、刺繍は退屈しのぎだと言える。


「ティカのお手伝いができたら良かったのですけど、どうも私、そそっかしいみたいで」


 ゼトワール侯爵家の離れに滞在し始めてすぐ、ルーナは意気揚々と家事に参加した。ティカが比較的簡単な作業を選び、試しにやらせてみたのだが、掃き掃除をすれば調度品を倒し掛け、拭き掃除をすればあらゆる場所を水浸しにして自分もスッ転ぶ有り様。ルーナが作業している間は常に見張りをせねばならず、結果としてティカの負担が倍増しただけで終わった。


 ティカからは「お嬢様は大人しく刺繍していてください」、つまり「そこでじっとしていろ。動くな」と言い渡されてしまったのである。


「それはまた。ちょっと見てみたい気もするね」


 お茶のおかわりを注いでいたティカの眉がピクリと吊り上がる。余計なことを言うなとばかりにリヒャルトから小突かれ、ラウリィは咳払いをして雑に誤魔化した。


「外に出掛けられたらいいんだけどね。君たちを連れて行きたい店が幾つもあるんだよ。でも、流石にスカーフを巻いた状態や銀髪じゃ目立っちゃうからなあ」


 ラウリィの発言に、ルーナとティカは顔を見合わせ、首を傾げる。


「そういえば、以前アルケイミアの騎士に『銀髪はたいして珍しい髪じゃない』と仰ってましたよね」

「アタシたち、前の街でも銀の髪の人なんてラウリィ様くらいしか見たことないですよ?」


 騎士団の馬車で王都に移動する際も窓から街並みを眺めていた時も、銀髪は一人も見掛けなかった。最初に滞在していた街でもそう。定食屋の店主も『そんな目立つ容姿なら忘れない』と言っていた。ラウリィと店主の言葉は食い違っている。


「アレは追っ手の人たちを(あざむ)くための方便(ほうべん)だよ」

「ええっ、嘘だったんですか?」


 悪びれもせず、ラウリィはあっさり暴露した。驚く二人に肩をすくめてみせる。


「事実無根ってワケじゃない。シュベルトでも北の地域には銀髪の人がチラホラ居るんだ。だから、あながち嘘じゃないんだよ」


 つまり、王都にはほぼ居ないということだ。


「実は僕、ティラヘイア出身なんだよね。小さい頃に母の再婚でシュベルトに移り住んだんだ」


 ティラヘイアとは、シュベルトと隣接する連合国ルクタティオの向こうにある小国である。アルケイミアからは更に遠い。


 ラウリィの母親は仕事でティラヘイアを訪れていたエクレール伯爵に見初められ、お互い子連れ同士で再婚をしたという。


「ティラヘイアの国民には銀髪が多いんだ。だから、彼らが探している『銀髪の少女』は絶対同郷だと思った」


 ラウリィが嘘をついてまでルーナを助けた理由が明らかになった。


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