25話・追っ手を差し向けたのは
「君たちを狙っている追っ手の最新情報がある」
ラウリィの言葉に、ルーナとティカがテーブルに身を乗り出した。どうやらラウリィは追っ手を追い払うだけでなく調査をしていたという。
「君たちが遭遇した追っ手はアルケイミアの神官長からの依頼で動いていると言っていた」
「え?」
意外な言葉に、ルーナが声を上げた。追っ手を差し向けているのはクレモント侯爵家だと思い込んでいたからだ。宰相との顔合わせの最中に離れを燃やして姿を消したのだ。侯爵家の面子にかけて逃げた娘を探し出すと考えていた。
「探し人は『銀髪の少女』。これは君だよね?」
「は、はい。私のことで間違いないかと」
答えながら、ルーナは自分の頭を覆うスカーフを外して見せた。艶のある銀の髪があらわになる。シュベルトに来てから、借りている部屋以外の場所でスカーフを外したことは一度もない。
「名前や身分などは追っ手の騎士たちは聞かされていないみたい。余計な情報が漏れないよう外見的な特徴だけを手掛かりに捜索させているんだろうね」
アルケイミアの騎士は平民の中でも文武に優れた者が取り立てられる。故に、直接関わりのない貴族の情報には疎い傾向にある。自分たちが探している『銀髪の少女』が貴族令嬢だと知っていればもっと丁重に捜索活動をしていただろう。
神官長にはルーナを探す理由がある。聖女候補から外された時に『追って沙汰を出す』と言われ、ルーナは屋敷へと帰された。本来ならば連絡が来るまで屋敷で謹慎していなくてはならぬ身。ところが、指示を無視して逃走を図っている。正式な処分を下すために身柄を拘束しようとしているのかもしれない。
罪人として裁くつもりなら、なぜ情報を伏せたまま捜索させているのか。クレモント侯爵家の名を汚さぬために配慮しているのか。幾ら考えても神官長の意図は分からない。
「わ、私、裁かれるのでしょうか」
やっと治まった涙が再びあふれ、ルーナの頬を濡らしてゆく。小刻みに震える彼女の脳裏には、あの日の絶望的な光景が蘇っていた。
首飾りを手にして怒る神官長。
ひそひそ囁き合う他の聖女候補。
冷ややかな視線を向ける神官たち。
毅然と場を仕切る聖女候補筆頭イリア。
そして、嘲笑う従姉妹のアトラ。
もし何事もなく最終選定を終えていれば、ルーナは第二聖女に選ばれているはずだった。父親から「よくやった」と褒められ、クレモント侯爵家の誉れとなるはずだった。愛人の子として肩身が狭かった自分でも役に立てると、自分の価値を認めてもらえるはずだった。
あの日、全てが無に帰した。
震えるルーナを、ティカはただ手を握って見つめることしかできなかった。
ティカが逃亡を提案しなければ、ルーナは今もクレモント侯爵家の屋敷にいただろう。自分の行動が正しかったのか、ティカも未だに悩む時がある。傷付くルーナを前にして何もせずにいられるはずがない。時が戻って再び同じ状況に置かれたとしても、必ず共に逃げていたという確信があった。
「でも、おかしいと思わない?」
「なにがでしょう」
ラウリィに問われ、涙目のままルーナは首を傾げる。追っ手を差し向けた人物が神官長だと聞いてすぐ納得してしまうくらい容易に理由が察せられたからだ。ところが、ラウリィにはどうしても理解できなかった。
「もし本当に君を裁くために探しているのだとしたら近隣諸国に指名手配をするはずだ。ただ、今回は聖女選定というアルケイミアの国事に関わっている。きっと、あまりおおっぴらにしたくないんだろうね。そういう場合は手配情報を共有して、国境や都市、街の出入りの際に確認するよう依頼もできる。だが、シュベルト側にはそんな話は一切来ていない」
更にラウリィは言葉を続ける。
「そもそも、慣れない土地に少数の騎士を派遣して探させるなんて効率が悪過ぎる。本当に捕まえる気があるのなら人員を増やすか、さっき言ったみたいに現地の責任者に話を通して協力を仰ぐべきなんだ」
「依頼者である神官長は事を大きくしたくないだけでなく、他国に事情を漏らしたくないのだろうな」
それまで黙って聞いていたリヒャルトが横から口を挟むと、ラウリィが「ああ」と頷いた。
「たぶん、他に目的があるはずだよ」
捕らえて罪を償わせる以外に他国に追っ手を差し向けてまで身柄を確保する理由があるのだろうか。どのような理由があるにせよ、追われている事実は揺らがない。
ルーナは不安で胸が押し潰されそうな感覚を覚えた。




