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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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24話・後悔と懺悔

 リヒャルトは騎士団の詰め所へと出掛けて行き、ルーナとティカは食堂で朝食を食べてから客室へと戻った。


 ここはゼトワール家が所有する別邸。王都を囲む四つの都市に同じような屋敷が用意されており、厨房担当と清掃担当や庭師の数名が通いで働いている。仕事を手伝うついでにティカが料理長から聞き出した話だ。


「シュベルトの騎士は貴族の男性がなると仰っていたものね。任務に不便がないようご実家が取り計らっているのだわ」


 クレモント侯爵家もアルケイミア国内の主要な都市に別邸を持っており、フィリッドが時折利用していた。ルーナは王都の本邸以外は知らないが、複数の屋敷を所有すること自体は高位貴族ならば当たり前なのでは、という認識である。


「普段使わないお屋敷を幾つも持ってるってスゴい話ですよ。それぞれに使用人を雇って維持させているんですから」

「お屋敷の維持ってたいへんなの?」

「すっっっごくお金がかかります!」


 力説するティカに、ルーナの顔が青くなる。シュベルトに来てから自分で稼ぐようになり、少しずつ庶民の金銭感覚が分かってきたところだ。生活できるほどの給金が使用人の人数ぶん発生する。しかも食材や備品、消耗品は別途費用がかかる。考えただけで、自分にはとても無理だという結論に至った。


「こうして私たちがお邪魔しているだけで余計な出費が増えてしまうのね。ご迷惑をかけてしまうわ。早く宿屋に移るか別の街に行きましょう!」

「でも、黙って移動したらまた追いかけられちゃいますよ」


 昨夜ラウリィに叱られ、リヒャルトに凄まれた記憶はまだ色褪せていない。あんなに怖い思いをするくらいなら最初から相談しようと決意した。








「宿屋に移る? なんで?」


 昼間の任務を終えて帰宅したリヒャルトと夜勤明けにひと眠りしてきたラウリィが客室を訪ねてきたのは日が暮れた時間帯。対面のソファーに座り、用意されたお茶を飲みながら話をすれば、ラウリィから聞き返された。


「ご厚意に甘え続けるわけには参りません。とりあえず宿に部屋を取り、次の予定を考えようかと」

「気にしなくていいのに。ねえリヒト」

「好きなだけ居ればいい」


 遠慮するルーナを青年二人が引き止める。でも、と更に出て行く理由を述べようとするが、ラウリィが制した。


「宿屋だって安全とは言えない。また追っ手が来たらどうするつもり? 一応騎士や自警団が巡回してはいるけれど、あまり離れた場所に行かれたら助けが間に合わなくなるよ」

「それは……」

「そもそも、君たちはなぜ追われているの? 髪を隠しているのはそのせいだよね」


 今のルーナは銀の髪をスカーフで覆い隠している。リヒャルトとラウリィには知られているとはいえ、やはり人前では隠しておかねばならない。いつどこで誰が見ているか分からないのだから。


 ルーナとティカは顔を見合わせ、たっぷり数十秒ほど悩んだ。助けられた上に世話になっているのだから、全てを明かそうと決意して頷き合う。


「実は、私……」


 そうして、ルーナは聖女選定で不正を疑われてからクレモント侯爵家を逃げ出すまでの一部始終を語った。たどたどしいルーナの説明に時折ティカが口を挟んで補足していく。


 黙って話を聞いていたリヒャルトとラウリィの表情が次第に険しくなってゆく。膝に置いた拳をわなわなと震わせ、額には青筋が浮くほどに不機嫌になった。話が終わる頃には二人揃って盛大に息を吐き出し、頭を抱える。


「ご、ごめんなさい。面白くもないお話を聞かせてしまって。どうかお忘れください」


 自分のしでかしたことを聞いて呆れてしまったのかと思い、ルーナは焦った。しかし、リヒャルトは眉間に深いしわを刻んだまま、鋭い目を向かいに座るルーナに向けている。


「酷い状況の中で、よく無事でいられたものだ」

「ホントだよ。頑張ったんだね」


 異母兄や宰相から襲われかけた話を聞き、ルーナが男を恐れる理由を理解した。ラウリィは自分が彼女から嫌われているのではないかと考えていたが、そんな単純な話ではなかった。一歩間違えば、ルーナは女性としての尊厳を()(にじ)られ、良いように利用されていたかもしれないのだから。


「逃げて正解だよそんな家。アルケイミアなんて二度と帰らなくていい。ずっとシュベルトに居ればいいよ!」


 熱弁するラウリィの言葉に、ルーナの目からぽろりと雫が流れ落ちた。次から次へと溢れてくる涙を拭いもせず、嗚咽(おえつ)をもらす。


「わ、わたし、間違ったことをしてるんじゃないかって、ずっと、こわくて。ティカに迷惑かけてばかりで、でも、ひとりでは逃げる勇気すら持てなかった。……わたし、逃げて良かったのよね……?」

「お嬢様……」


 しゃくりあげながら、ティカを巻き込んでしまったことへの懺悔(ざんげ)をもらす。震えるルーナの肩に腕を回し、抱き寄せながら、ティカもまた涙をこぼした。


「おまえは正しい選択をした。悔やむ必要はない」

「……リヒャルト様」

「そうそう! 離れを燃やしたとこはスカッとしたよ。もっと派手にやっても良かったくらい」

「ふふ、ラウリィ様ったら」


 ラウリィがわざと(おど)けてみせると、ルーナの顔に笑みが戻った。リヒャルトからハンカチを差し出され、ルーナはおずおずと受け取る。それは最初に路地裏で会った際に渡した縫いかけのハンカチだった。洗濯され、しわが綺麗に伸ばされている。大事に持っていてくれたのだと分かり、ルーナはまた涙をこぼした。後悔と懺悔の涙ではなく、喜びからくる涙だ。


「それはそうと、調査で分かったことがあるんだ」


 ルーナの涙が完全に治まった頃を見計らい、ラウリィが話を切り出した。


「君たちを狙っている追っ手についての最新情報」


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