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聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。  作者: みやこのじょう


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23話・意外な一面

 リヒャルトの屋敷に一晩泊めてもらったルーナとティカは、どこからか聞こえてくる物音で目を覚ました。カーテンの隙間から陽光が射し込んでいる。寝室内の空気はひんやりとしていて早朝だと分かる。二人は寝台から降りて上衣を羽織り、恐る恐る客室の扉を開けて廊下を覗いた。


 物音の発生源は斜向かいにある厨房や水場だ。複数の人の気配を感じる。昨夜はいなかった使用人がやってきて仕事を始めているのだろう。ホッと安堵の息をついて扉を閉める。


「アタシ、ご挨拶がてらお手伝いしてきます」


 言いながら、ティカは手早く身支度を整えた。慌ててルーナも寝衣から着替える。


「私も行くわ。なにかお手伝いを」

「いえ。お嬢様はお部屋でお待ちください」

「でも」

「いいから。ね?」

「……はぁい」


 厨房に立たせればまた調味料や鍋を床に散乱させるかもしれない。簡素な台所ですら大惨事と化したのだから、瓶や壺、陶器などが多い厨房ではどうなるか。手伝いたいという意思を尊重したくても周りに迷惑をかけては元も子もない、という圧を込めて言い聞かせる。ルーナも自分が不慣れで役に立たないと自覚しているからか、渋々了承した。


 挨拶に同行させるくらいは構わないのではないかとも考えたが、使用人がどのような人物かが分からない以上、ルーナと接触させたくはない。とりあえず自分が先に様子を見てからにしよう、とティカは考えていた。


 ティカが一人で厨房に向かった後、手持ち無沙汰になったルーナは窓際に移動して外を眺めた。


 昨日は夜遅い時間に連れてこられたため、暗くて周りがよく見えていなかった。窓の外には庭園が広がっており、ちらほらと花が咲いていた。綺麗に整備された石畳みの道の左右には背の低い生垣があり、陽に照らされた葉が朝露に濡れてきらきらと光を放っている。屋敷の玄関の真裏だが、客室から見える位置にあるからか景観には気を使っているようだった。


「あら、あれは……」


 生垣の向こうに人影を見つけ、ルーナは目を凝らした。黒くて背の高い人物が略式武装の騎士と話をしている。距離があるため会話の内容までは分からないが、騎士に何やら指示を出しているようだ。しばらくして、騎士は踵を返して去っていった。


 客室は一階にあり、庭に面したテラスがある。硝子扉を押し開いて一歩外へと踏み出せば、朝の冷たい空気がルーナの頬を撫でた。


「リヒャルト様」


 黒い人物はリヒャルトだ。呼ばれて振り向いた彼は目を見開き、ルーナを凝視している。ルーナは気にせず庭との仕切りであるテラスの手すりまで歩み出た。


「昨夜はお世話になりました。泊めていただき、ありがとうございます」

「あ、いや。別に」


 リヒャルトの視線は先ほどからずっとルーナに固定されている。受け応えは何故かぎこちない。はて、と思いながらもルーナは感謝の意を伝えるために頭を下げた。長い銀の髪が一筋さらりと落ちる。


「あっ」


 頬に触れた自分の髪の感触に、ルーナはようやく気がついた。スカーフで髪を隠さず人前に出てしまったことに。


 昨夜、髪を拭く際に外して浴室の衝立(ついたて)にスカーフを掛けたままだったと思い出す。客室内にいるのはティカだけで、他の使用人は一切出入りしていない。だから、完全に油断していた。


「し、失礼いたしました!」


 慌てて両手で頭を押さえて隠そうとするが、当然全てを覆えるわけがない。そのままテラスの屋根を支える柱の後ろに身を隠す。


 一連のルーナの動きに呆気に取られた後、リヒャルトは思わず噴き出した。いつもの不機嫌そうな硬い表情ではない。肩を震わせながら笑いを堪える彼の姿に、ルーナは目を丸くした。こんな反応は予想外で、なんだか可笑しくなって口元がゆるむ。


── やっぱり、リヒャルト様は怖くないわ。


 気が付けば、リヒャルトとルーナは声を上げて笑い合っていた。


「ごめんなさい。お見苦しい姿を」

「いや。俺こそ笑ってすまん」


 髪色がどうこうではなく、人前、しかも男性の前で結い上げていない髪のまま姿を見せるなど礼を欠いている。ルーナは己の迂闊さを恥じた。一旦部屋に戻り、髪紐とスカーフで手早く銀の髪を隠してから再度テラスに出る。


「このこと、ティカには黙っておいてください」

「何故だ」

「ええと、叱られてしまいますので」

「はは、そうか。わかった」


 テラスに置かれた椅子に腰掛け、そんな話をしているうちにティカが客室に戻ってきた。


「リヒャルト様とお話してらしたんですね」

「ええ。窓からお姿が見えたので声を掛けたの」


 ちらりと目配せしてから、ルーナは簡単に経緯を説明した。リヒャルトは先ほど黙っているようにと約束させられたため、へたに口を開かないようにしている。話す前ならば、唇を真一文字に引き結んだ顔を見れば『機嫌が悪いのでは』と疑うところだが、彼が怖い人ではないとルーナは既に知っている。


「そうそう、朝食の支度ができたから食堂に来るようにって料理長さんから言伝(ことづて)です」


 急な来客であるルーナたちのぶんも用意があるということは、リヒャルトが使用人たちに通達を出しておいてくれたのだろう。昨夜は夜中だったため、朝早くに使いを出したに違いない。


 ティカの言葉に頷き、椅子から立ち上がりかけたところでルーナがリヒャルトに向き直る。


「そういえばラウリィ様のお姿が見えませんが、昨夜はこちらに泊まられたのでは?」

「あの後、夜の巡回任務に向かった。今ごろは宿屋か騎士団の詰め所で休んでいるはずだ」

「まあ、あれからお仕事に?」

「巡回は持ち回り制だからな」


 堅物のリヒャルトと並ぶと軽い印象を受けるが、ラウリィは真面目な騎士である。追っ手からルーナを助けた際も定食屋の客たちから慕われていた。人当たりが良く優しいからだけではない。これまで積み重ねてきた実績から来る信頼なのだ。


 仕事があるにも関わらず、ルーナたちを追ってこの都市までやって来たのだ。先ほどリヒャルトとやりとりをしていた騎士も、きっと任務の引き継ぎやら何やらのために訪れていたに違いない。


 自分の浅はかな行動で迷惑を掛けてしまったと気付き、ルーナは大いに反省した。


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