20話・説教説教また説教
「ホント信じられない。逃げるにしても時間帯を考えなよ。暗くなってから街を出るなんて何を考えてるんだ」
近くの詰め所に連行されながら、ルーナとティカはラウリィの小言を延々と聞かされ続ける羽目になった。
「護衛もなしに旅をするなんて危険極まりない。そもそも、アルケイミアとは違ってシュベルト国内には魔力保全地域がない。野盗だけでなく魔獣に襲われる可能性だってあるんだからね!」
「す、すみません……」
「軽率でした。反省してます」
ラウリィはルーナたちが考えなしに行動を起こしたから怒っているのだ。心配されていると分かり、素直に謝罪する。
「僕が無理に話を進めようとしたのも原因のひとつだよね。それに関しては謝る。でも、後先考えずに行動するのはやめてくれよ。何かあってからじゃ遅いんだから」
詰め所に着いてからもラウリィの説教は続いた。見兼ねた騎士が仲裁に入ろうとしてくれたが、ラウリィに睨まれて何も言えずに姿を消していく。その様子を眺めながら、ルーナは疑問を口にした。
「どうして私たちを守ろうとしてくださるのですか。治癒のハンカチを得るためですか」
問われたラウリィは、「はあ?」と間の抜けた声を上げる。
「馬鹿なことを。騎士団にはシュベルトで暮らす民を守る義務がある。なにより、君たちは年頃の女性なのだから心配して当然だろう」
ハンカチの件がなくても気に掛ける対象なのだと言われ、ルーナは強張っていた体の力を抜いた。
「失礼なことを申しました。お許しください」
改めて頭を下げるルーナに、ラウリィは呆れたように肩をすくめる。
「なら良い。どこに行くにしても、黙っていなくならないと約束してくれるかな」
「はい、わかりました」
ふたりのしおらしい返事にラウリィの纏う空気が弛む。
その時、詰め所の出入り口の扉が勢い良く開いた。現れた真っ黒な人影に、思わず三人同時に後ずさる。
「……はぁ、無事だったか……」
人影は肩で息をしながら、地の底を這うような声で呟いた。その声を聞いて、ラウリィはパッと表情を明るくする。
「なんだリヒトか。驚かすなよ」
「ふん」
真っ黒な人影の正体はリヒャルトだった。彼もルーナたちを追ってこの街に来たらしい。リヒャルトはラウリィを押し退けて詰め所内に入り、置いてあった水差しから直接水を飲む。ひと心地ついた後、ルーナたちを睨みつけた。
「俺から逃げられると思うなよ」
「ひぇっ」
夜中に騒がせたことを怒っているのか、リヒャルトの機嫌は最悪だ。ただでさえも無愛想な彼が怒ると怖い。貴族育ちのルーナはあまりの恐ろしさに足がすくみ、隣に立つティカに寄り掛かった。
「こら、リヒト。女の子を怖がらせるな」
「逃げるほうが悪い」
「もう僕がお説教しといたから」
ラウリィに諭され、リヒャルトは文句の言葉を飲み込んだ。
「ごめんね、リヒトは街道近辺に危険がないか確認しに行ってたんだよ。どうしてもって聞かなくてさ」
街道周辺に魔物が潜んでいないか、遠回りして安全を確認してきたという。自分たちのために見回りをしてくれたと知り、ルーナたちの胸に罪悪感と申し訳なさが込み上げる。うなだれる二人の様子を見て、ラウリィがニコリと笑んでこう言い放った。
「もう逃げないって約束してくれたもんね?」
あからさまに睨みつけてくるリヒャルトより笑顔で押し切るラウリィのほうが怖い。とても言い返せるような雰囲気ではなく、ルーナとティカは苦笑いで頷くしかなかった。




