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15話・職人気質令嬢


 差し出されたハンカチには見覚えがあった。数日前、ティカに内緒で部屋を抜け出した時に路地裏で遭遇したマントの男に渡したものだ。


 定食屋にいる客たちの反応から、ラウリィが普段から街の治安を守っている立場だと分かる。もしやマントの男は犯罪者か何かで、所持品から関係者を探しているのではないかとルーナは青ざめた。


「僕の友人が困っている時に助けてくれた親切な人がいるそうなんだ。血止めにと渡されたハンカチは未完成。つまり、友人の恩人はハンカチの製作者さんだと思うんだけど」


 不安な心を察してか、更に詳細な事情を語るラウリィ。何も知らないティカは「この子が縫ったものですよ」とあっさり教えてしまう。助けてもらったこともあり、恩人探しという点で銀髪の騎士に対する警戒を解いたようだ。主人(ルーナ)と同じ髪色という点も親近感を覚えた理由のひとつかもしれない。ティカの同居人が刺繍入りハンカチで生計を立てていることは定食屋の店主と女将には教えている。下手に隠す必要はないと考えての判断だ。


 ティカが指し示した先を見て、ラウリィはパァッと顔に笑みを浮かべた。奥のテーブルまでツカツカと歩み寄り、ルーナの手を取る。


「君がこのハンカチを?」

「は、はいっ」


 勢いに驚きつつも、ルーナは素直に頷いた。握った手が小刻みに震えていることに気付いたラウリィは、名残惜しそうにその手を解放した。


「ありがとう。君のおかげで友人の怪我は軽く済んだんだ。ぜひ御礼をさせてほしい」

「いえ、そんな」

「聞けば、このハンカチはなかなか高値で販売されているとか。正規の販売額と迷惑料として受け取ってもらいたい」


 ラウリィが懐から小さな革袋を取り出した。チャリ、と金属が擦れる音が鳴る。中身はお金だ。間近に顔を寄せられ、思わずルーナは視線をそらした。手は離されたが、銀髪の騎士は距離感が近い。兄や父以外の男性と接する機会がほとんどなかったため、ルーナは戸惑っていた。


「未完成の(しな)でお代をいただくわけにはいきません。それより、ご友人がご無事で何よりです」


 とにかく離れてもらうために固辞するが、逆にラウリィは更に距離を詰めた。


「なんと謙虚な! ぜひアイツに会ってやってほしい。直接君に礼を言いたいらしくてね」


 優しそうな外見に似合わず、ラウリィの押しは強い。しかも余計に面倒な話になっている。


 ほとほと困り果てたルーナは向かいに座るティカに助けを求めるが、彼女は平然と眺めているだけ。「自分で蒔いた種は自分でなんとかしてください」と言わんばかりの態度である。


 実際は、表立って(かば)えば主従関係が明るみに出てしまうから下手に動けないだけなのだが、ルーナにはその辺りの駆け引きはわからなかった。


「明日迎えにくるからねー!」


 ルーナの返事を待たずに一方的に迎えの日時を決め、颯爽と店から出て行くラウリィ。


 しんと静まり返っていた客たちが一斉にルーナの元へと押し寄せ、「ラウリィ様との御縁を大事にしろ」「快く招待を受けなさい」と口を揃えて言ってくる。街の住人たちから慕われている人物なのは間違いない。無碍にすればどうなることか、とルーナとティカは顔を見合わせた。


 ちなみに、定食屋に居合わせた全員ぶんの食事代はラウリィが支払い済みだった。後で知ったルーナはますます彼を避けるわけにはいかなくなってしまった。



「どうしましょう、ティカ」

「素直に代金を受け取っておけばよかったのに」

「だめよ、刺繍も縁の処理も半端なものだったのよ。対価をいただくわけにはいかないわ!」

「お嬢様って意外と職人気質なんですねぇ」


 元・深窓の令嬢もずいぶんとたくましくなったものだ、とティカは肩をすくめる。


「ていうか、家から雑貨屋に行くだけなのに怪我人を助けたってなんですか。一体どこに寄り道したんです? 聞いてませんよ」

「裏道を通っただけなのよ。たまたま持っていた縫いかけのハンカチをお渡しして血止めに使っていただいただけで」

「あの方のご友人なら騎士ですかね。まあ、次は素直に御礼を受け入れたほうが良いですよ。へたに遠慮したらあとあと面倒になりますから」

「ええ。今日のことでよくわかったわ」


 見返りを期待してやった行為ではないから断ったが、御礼ができないと先方も気が済まないのだろう。さっさと受け入れてしまったほうが早く話がつく。


「追っ手の件もあります。そろそろ違う町に移ったほうがいいかもしれません」

「……そうね」


 ルーナを探しにやってきた祖国(アルケイミア)の騎士たち。今日はラウリィのおかげで難を逃れたが、次もそううまくいくとは限らない。


 今後のことを考えて、ルーナは溜め息をついた。


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