鏡の中の真実
第一章:血塗られた鏡
「また厄介な事件か?」
警部の低い声が、室内の静寂を切り裂いた。
俺は部屋の中央に立ち、目の前の異様な光景に目を細める。
大きな姿見の鏡。
その表面に、血で描かれた曲線が絡み合っている。だが、ただの落書きや乱雑な跡ではない。
血の線はまるで意志を持つように滑らかで、不自然なまでに整然としていた。人の手で書いたにしては異様に綺麗すぎる。それでいて、ところどころ歪みがあり、無理やり捻じ曲げられたような跡もある。
まるで、何者かが震える手で、それでも何かを伝えようとしていたかのように——。
「……妙ですね」
俺がぼそりと呟くと、警部が腕を組みながら鏡を睨んだ。
「何がだ?」
「この血の線、普通じゃない。普通、人が手で描いたならもっと滲んだり、線がガタつくはずです。でもこれは——」
「まるで筆で引いたみたいに滑らかだな」
警部が眉をひそめる。
「でもよく見ると、一部だけ乱れてる。ここ、そしてここ……」
俺は指を動かしながら、血の線の微妙な乱れをなぞる。
「途中で力尽きた、って感じか?」
「それもあるかもしれません。でも、それだけじゃない。ここ、まるで何かに邪魔されたみたいに不自然な曲がり方をしている」
『透、これ……何かを表してるんじゃないか?』
頭の中で、勉が静かに言った。
『だな。ただの血の跡じゃない。被害者が最後の力を振り絞って、何かを伝えようとしていた可能性が高い』
「……警部、被害者は?」
俺が問いかけると、警部は床の血痕を指さした。
「鏡の前に倒れてた。即死だったよ」
「検視の結果は?」
「凶器は鋭利な刃物。首を一撃だったらしい」
俺は床に膝をつき、血の跡をもう一度確認する。
「……凶器は見つかってますか?」
「いや、現場にはなかった。つまり、犯人が持ち去ったってことだ」
警部の言葉に、俺は静かに鏡を見上げる。
「持ち去った、ですか……。だとしたら、どうやって?」
部屋は密室だった。窓も鍵がかかっていたし、扉の前には見張りがいた。
「警部、この部屋には他に何か変わった点は?」
「特には……ああ、そうだ。この鏡、やたらと重くて頑丈らしい」
「……頑丈?」
俺はゆっくりと鏡に手を伸ばし、軽く叩いてみる。
「……音が違いますね」
「何?」
「普通の鏡なら、もっと澄んだ音がするはずです。でも、これは……」
俺は鏡の縁を調べ、ある一点を押し込んだ。
「……開いたな」
鏡が、ゆっくりと壁の中にスライドする。その向こうには、暗闇が広がっていた。
第二章:鏡の向こう側
「……何だ、この部屋は」
警部が思わず呟く。
鏡の裏側には、隠された小部屋があった。
狭い空間に、散らばった紙切れと、一冊の手帳。壁には、床と同じように血の跡が残っている。
俺は手帳を拾い、ページをめくる。そこには震えた文字で、こう記されていた。
「『瞳が見つめる。鏡の向こうの世界から。私は知ってしまった。だから、あの人が…』」
『……瞳が見つめる?』
『これは比喩じゃないな。誰かが、鏡越しに監視していたってことか』
俺は手帳を閉じ、部屋の奥にある小さな穴を見つける。覗き込むと、この部屋の鏡の向こうが見えた。
「……やっぱりな」
「どういうことだ?」
警部が俺の隣に立つ。
「この鏡、ただの鏡じゃないんです。向こう側から覗けるようになっている」
「つまり、被害者はずっと監視されていた?」
「ああ。そして、おそらく『犯人』と直接対面することなく、殺されたんでしょう」
「だが、どうやって?」
俺はもう一度、血の跡を指でなぞる。
「被害者は、鏡に向かって何かを書こうとした。しかしその瞬間、何者かに襲われた。犯人は、この鏡の向こうから様子を伺い、最も無防備なタイミングで手を下したんだ」
「つまり…」
「犯人はこの屋敷の中にいる。いや、正確には——まだ鏡の向こう側にいるかもしれませんね」
警部の顔色が変わる。
「透、お前……まさか……」
俺はゆっくりと鏡をもう一度見つめる。
そこには——俺たちの背後に立つ、もう一つの影が映っていた。
「——来たな」
第三章:鏡の中の影
鏡に映る、俺たちの背後の影——それは、じっとこちらを見つめていた。
「……誰だ」
警部が低く問いかける。だが、鏡の向こうの人影は微動だにしない。
俺はゆっくりと後ろを振り返った。
——誰もいない。
しかし、鏡の中には確かに影が映っている。
「……なるほど」
俺は冷静に鏡へと視線を戻した。
『透、これ……誰かが裏にいるのか?』
『いや、違うな。光の加減が妙だ』
俺はそっと鏡に手を伸ばし、表面に触れる。冷たい感触。確かに実体がある。
「警部、少し動かずにいてください」
俺はゆっくりと角度を変えながら鏡を観察する。
そして、ある瞬間——影が、ゆっくりと動いた。
「……!」
俺の背筋が一瞬だけ凍る。
だが、よく見ると、影の動きは俺たちの動きとはわずかにズレている。
「……これは、映り込みですね」
警部が眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「光の屈折を利用して、誰かの姿を鏡に映しているんです」
俺は部屋の隅を見渡す。
「この部屋に何か仕掛けがある。犯人はどこかから我々の様子を見ている可能性が高い」
警部の顔が険しくなる。
「どこかから……だと?」
俺は鏡の縁を指でなぞり、慎重に調べる。
そして——
「……ありました」
俺は鏡の横のわずかな隙間に指をかけ、力を込める。
ギィ……という鈍い音とともに、鏡がわずかに動いた。
「やっぱりな」
鏡の裏に、小さなレンズが埋め込まれていた。
「これは監視カメラの一種ですね。犯人はこのカメラを通じて、俺たちの様子を確認していたんですよ」
警部が険しい顔でレンズを覗き込む。
「つまり……犯人はまだ近くにいる?」
「ええ。鏡に映る影は、どこか別の部屋から投影されていた可能性が高い」
『透、じゃあこの影は……?』
『おそらく、被害者の映像かもしれない。犯人があらかじめ録画していたのか、もしくはリアルタイムで投影していたのか』
俺は慎重に鏡の枠を調べる。
「警部、この部屋に似たような鏡はありますか?」
「ん? ああ……向かいの部屋にも大きな鏡があるな」
「おそらく、そちらに行けば答えがわかります」
警部とともに、俺は向かいの部屋へと向かった。
扉を開けると——
そこには、全く同じサイズの鏡があった。
俺はゆっくりと近づき、慎重に確認する。
そして、鏡の奥を覗き込んだ瞬間——
「……やはり」
奥に、小さな空間があった。
そこに設置された小型プロジェクターが、俺たちが見た"影"を映し出していたのだ。
警部が舌打ちする。
「なるほど……まんまと騙されたってわけか」
俺は鏡の裏の配線を見て、ふっと笑う。
「しかし、これで確信しました。犯人はこの屋敷の住人か、それに近しい人物です」
『透、このトリックを使った目的は?』
『おそらく、密室トリックを補強するためだろうな。被害者が死んだ後も、誰かがこの部屋にいたかのように錯覚させるためだ』
俺は警部を見た。
「警部、カメラの映像を解析すれば、犯人の動きがわかるかもしれません」
警部はうなずくと、部下に指示を飛ばす。
「よし、映像を解析しろ!」
俺は鏡をもう一度見つめた。
「さて……"鏡の向こうの犯人"が、どんな姿をしているのか、じっくり拝見するとしましょうか」
第四章:鏡の向こうの犯人
警部の部下が鏡の裏に隠されていたカメラの映像を解析していく。
モニターに映し出されたのは、事件が起こる直前の部屋の様子だった。
被害者が部屋に入り、落ち着かない様子で周囲を見回す。そして、その背後——鏡の中には"影"が映っていた。
警部が険しい顔で言う。
「この影……被害者のものじゃないのか?」
俺はモニターを指差した。
「よく見てください。被害者が動く前に、影の方が一瞬先に動いています」
警部が目を凝らす。
確かに、被害者が鏡の前で立ち止まる直前、鏡の中の"影"がほんのわずかに動いていた。
「……おかしいな」
「ええ、普通ならありえません。つまり、鏡の影は被害者自身のものではなく、誰かが意図的に動かしていたんです」
『透、つまり……鏡の裏に誰かがいたってことか?』
『いや、それだけじゃない。犯人はただ"いる"のではなく、影を使って被害者を混乱させようとしていた』
「警部、この影はただの映り込みではありません。鏡の裏に仕掛けがあり、誰かがそこから影を動かしていたんです」
警部が眉をひそめる。
「つまり、犯人は鏡越しに被害者を操ろうとしていた……?」
「その通りです。犯人は鏡の裏で被害者の動きを観察し、わずかに先回りして影を動かすことで、被害者に"自分の影が勝手に動いている"と思わせた」
警部が腕を組む。
「そうやって被害者を混乱させ、何かをさせるつもりだったのか?」
「おそらく。何かを探しているような素振りもありましたからね」
俺は映像をさらに注意深く観察した。そして、もうひとつの違和感に気づく。
「……警部、ドアの部分をスロー再生してください」
警部が操作すると、被害者が部屋に入る映像が流れた。その瞬間——
「ほら、ここです」
被害者がドアを開けたとき、床の隅に"細い糸"が見えた。
警部が顔をしかめる。
「糸……?」
「ええ。犯人は、ドアの隙間に細い糸を仕掛けていました」
『透、それって……?』
『この糸が"鍵"だったんだ』
俺はゆっくりと説明する。
「被害者が部屋に入ると、ドアが閉まる。その瞬間、ドアノブの内側から細い糸が引かれ、自動的に鍵がかかる仕掛けです」
警部が驚いた表情を見せる。
「つまり……被害者自身が密室を完成させてしまったってことか?」
「その通りです。外側から鍵がかけられたわけではなく、部屋に入った瞬間、"被害者の動作そのもの"が鍵をかける仕組みになっていたんです」
『なるほど……これなら、外から鍵をかけた痕跡も残らない』
『そういうことだ』
俺は鏡の枠を指で叩いた。
「そして、犯人はこの鏡の裏の通路を使って移動した」
警部が鋭い目で鏡を見つめる。
「つまり……犯人はこの建物の構造を熟知している者だな?」
「ええ。この鏡の裏の通路がどこにつながっているのか、調べれば犯人に近づけるはずです」
俺は鏡に映る自分を見つめた。
「さて……"鏡の向こうの犯人"に、そろそろ会いに行きましょうか」
警部がニヤリと笑い、部下に指示を出した。
「よし、鏡の裏の通路を探せ! 犯人はまだこの建物のどこかにいるはずだ!」
鏡の向こうには、もう"誰もいない"。
だが——犯人がすぐそこにいることは、確信していた。
第五章:鏡の裏の通路
警部の部下たちが鏡を慎重に取り外す。分厚い木枠の裏側には、確かに"隠し扉"があった。
警部が低く呟く。
「やはり、あったな……」
扉は黒ずんだ金属製で、経年劣化で錆びついている。長い間、誰にも気づかれずに使われてきたのだろう。
「警部、開けます!」
部下の一人が工具を使って慎重に扉をこじ開ける。ギィ……と重い音が響き、ゆっくりと内部が露わになった。
中には、狭く暗い通路が続いていた。壁は石造りで、かすかに湿気を帯びている。
「……なるほど、ここが犯人の通り道か」
俺は懐中電灯を取り出し、壁を照らしながら進む。
『透、通路の先はどこにつながってるんだ?』
『それを今から確かめるさ』
俺たちが奥へ進むと、やがて通路の終点に小さな木製の扉が現れた。
「警部、ここが出口のようですね」
警部が部下に合図し、扉を開けると——そこは屋敷の裏手にある"使用されていない倉庫"だった。
警部が鋭く言う。
「つまり、犯人はこの通路を使って部屋と倉庫を行き来していた……?」
「ええ。密室を演出した後、ここから抜け出していたんです」
『透、でもこれだけじゃ犯人は特定できないよな?』
『いや……ここに何か証拠が残っているはずだ』
俺は倉庫の中を見回し、壁際に無造作に置かれた小さな"何か"を見つけた。
「警部、これを見てください」
俺が拾い上げたのは、"黒い手袋"だった。
警部が目を細める。
「……手袋?」
「ええ、おそらく犯人がこの通路を通る際に使っていたものでしょう。鏡の仕掛けを動かすのに手袋は必須だったはずです」
警部が部下に指示する。
「すぐに鑑識に回せ。指紋が残っているかもしれん」
俺はふと倉庫の奥に目を向けた。そして、床に"何かの跡"を見つける。
「……警部、ここに妙な痕跡があります」
床にうっすらと"譜面の一部"が擦れたような跡が残っていた。
「これ、楽譜の一部ですね」
警部が驚いた表情を見せる。
「まさか、盗まれた譜面がここに?」
「ええ、可能性は高いです」
『透、ってことは……犯人はこの倉庫で譜面を処分したか、どこかに隠したんじゃないか?』
『その可能性が高いな』
警部が険しい顔で命令を下す。
「よし、倉庫の中を徹底的に捜索しろ! 犯人を特定する証拠が必ずあるはずだ!」
俺は懐中電灯の光を床に滑らせながら、ゆっくりと考えた。
"ここまでの証拠で、犯人はほぼ特定できる——"
残るは、決定的な証拠を見つけるだけだ。
第六章:犯人の影
倉庫内の捜索が始まった。警部の部下たちが手分けして証拠を探す。
俺は床に残った楽譜の跡をじっと見つめながら考えた。
『透、ここに楽譜があったのは間違いない。でも、今は見当たらない……犯人がどこかに隠したのか?』
『そうだな。ただ、こんな短時間で完全に処分するのは難しいはずだ』
俺は周囲を見回し、ふと倉庫の隅にある"古い暖炉"に目を留めた。
「警部、この暖炉を調べてみてください」
警部が頷き、部下に指示する。暖炉の中をライトで照らすと、そこには"黒く焦げた紙片"が残っていた。
「……燃やされた楽譜か?」
俺は慎重に紙片を拾い上げ、目を凝らす。
「ええ、部分的にしか残っていませんが、これは間違いなく楽譜の一部です」
『ってことは、犯人はここで楽譜を燃やそうとした。でも……』
『全部燃やす時間がなかったんだろうな』
警部が腕を組む。
「犯人は楽譜を盗み、ここで処分しようとした……が、途中で邪魔が入った可能性があるな」
「ええ、おそらく被害者が部屋に入るタイミングが予想より早かったんでしょう」
警部が険しい表情で頷く。
「となると、犯人は楽譜を燃やしきれずにこの場を離れた……そのタイミングで、被害者が襲われたわけか」
俺はふと暖炉の奥に"何か"が落ちているのに気づいた。
「警部、これは……」
それは"ボタン"だった。
俺が拾い上げると、警部が顔をしかめる。
「スーツのボタンか?」
「ええ、しかもこれは……」
俺はポケットから"ある人物の写真"を取り出した。そこには、被害者の関係者のひとりである"音楽プロデューサー"が写っていた。
「このスーツ、あのプロデューサーが着ていたものと同じデザインですね」
警部の目が鋭く光る。
「つまり……犯人はそいつだと?」
「ええ、可能性は非常に高いです」
『透、決まりだな……』
『ああ、詰みだ』
警部が静かに言った。
「……よし、プロデューサーを呼び出すぞ」
第七章:暴かれる真実
警部の指示で、音楽プロデューサーの男——木島が警察署に呼ばれた。
彼は落ち着いた様子で椅子に腰掛けると、警部を見て言った。
「急に呼び出して、いったい何の話ですか?」
俺は木島の前に座り、机の上に"焦げた楽譜の一部"と"スーツのボタン"を置いた。
「まず、これを見てください。これは事件現場近くの倉庫で発見されたものです」
木島がチラリと視線を落としたが、すぐに何事もないように顔を上げた。
「それがどうかしましたか?」
「この楽譜は被害者のもの。そして、このボタンは……あなたのスーツのものですね」
木島の表情が一瞬、強張る。
『透、やっぱりこいつが……』
『ああ、間違いない』
俺はゆっくりと言葉を続ける。
「木島さん、あなたは事件当日の夜、屋敷の倉庫にいましたね?」
木島が苦笑する。
「面白いですね。証拠でもあるんですか?」
警部が机を叩く。
「お前のボタンが倉庫の暖炉から見つかってるんだよ!」
木島が肩をすくめる。
「証拠と呼ぶには弱いですね。私のスーツのボタンなんて、いくらでも落ちる可能性がある」
俺は木島の言葉を聞き流し、さらに畳みかけた。
「では、これならどうでしょう?」
そう言って取り出したのは——倉庫の壁に残っていた"指紋"の写真だった。
「倉庫の隠し通路の扉に、あなたの指紋がはっきりと残っていましたよ」
木島の顔色が変わる。
警部が低い声で言う。
「まだ言い逃れできると思うか?」
木島は数秒間沈黙した後、ため息をついた。
「……降参ですか?」
木島は俺を睨みつけるように見た後、小さく笑った。
「降参? いやいや、ちょっと感心しただけですよ。ここまでたどり着くとはね」
『透、やっぱりコイツが犯人だな』
『ああ、もう言い逃れはできない』
木島は腕を組み、静かに語り始めた。
「私は……あの楽譜をどうしても手に入れたかったんです」
「楽譜を盗むために、わざわざ密室を作り、被害者を欺いた?」
木島はゆっくりと頷く。
「ええ。あの楽譜は、私がプロデュースしていたアーティストのために用意されていたものでした。でも、被害者はそれを手放そうとしなかった。だから……強引に手に入れるしかなかったんです」
俺は冷静に尋ねる。
「それで、密室トリックを使った?」
「そうです。私は鏡の裏の通路を利用して、被害者が部屋に入る前にこっそり侵入し、影を使って彼を混乱させました。そして、ドアの糸の仕掛けで自動的に鍵をかけ、彼が閉じ込められた後、鏡の裏から抜け出した」
警部が険しい顔で言う。
「だが、楽譜は処分しきれなかった……?」
木島は苦笑する。
「ええ、予想より早く被害者が動き出したんです。そのせいで計画が狂い、楽譜を完全に燃やす時間がなかった」
俺は静かに言った。
「そして、あなたは被害者と揉み合いになり……」
木島が目を細めた。
「私は、殺すつもりはなかった」
警部が厳しく言う。
「だが、結果として被害者は死んだ!」
木島は黙り込んだ。
俺は最後に一言だけ言った。
「あなたは"密室を作る"ことには成功しました。でも、"完璧な犯罪"なんて存在しないんですよ」
木島は小さく笑い、静かに目を閉じた。
「……なるほど。あなたに負けたようですね」
事件は解決した。
警部がため息をつきながら言う。
「ふう……相変わらず、お前といると厄介な事件にばかり巻き込まれるな」
俺は軽く肩をすくめる。
「光栄ですね」
『透、でも今回の事件、なかなか手強かったな』
『ああ、でも最後はシンプルな証拠が決め手になったな』
俺たちは屋敷を後にし、夜の冷たい空気を吸い込んだ。
警部がふと笑いながら言う。
「次は、もうちょっと平和な事件を頼むぞ」
俺は少し考えてから、ニヤリと笑った。
「それは……どうでしょうね」