9 王城での稽古
「ただいま戻りました!」
アルタイルが王城から戻ってきたのか、玄関ホールが賑やかになる。
どうやら、無事、王太子殿下との稽古が終わったみたいだ。
ティーワゴンの上でアルタイルの帰りを今か今かと、侍女のマーサとお茶の準備をして待っていた私は、ティーワゴンごと玄関ホールに運んでもらう。
「クレア! ただいま!!」
「おかえりなさい!」
とびっきりの笑顔でティーワゴンの上にいる私に挨拶をしてくれるアルタイルに、私も嬉しくて微笑み返す。生き生きとした彼の表情から、充実した時間を過ごせたようだ。
「クレア! 寂しくなかった? 一緒にお茶しようね!」
「うん! マーサやみんなとアルタイルの帰りを一緒に待っていたから寂しくなかったよ!」
「じゃあ、着替えてくるからサンルームに先に行って待っててね」
アルタイルはそういうと荷物を置きに自室に向かっていったので、私はマーサと一緒にサンルームにティーワゴンに乗って移動して先にお茶の準備をしておくことにした。お茶の準備と言っても、私はスプーンやフォークの向きを調整するくらいしかできないけれど。
しばらくすると髪を濡らした状態のアルタイルが慌てて、サンルームにやってくる。
その後ろには濡れた髪を拭こうとしているのか侍女がタオルを持って、追いかけてくる姿が見えた。
「クレア! ごめんね。待たせちゃって!」
「うふふふ。そんなこと気にしなくていいから。アルタイルの髪を拭くのを私も手伝っていいかしら?」
侍女からタオルを素直に受け取ったアルタイルは頭の上にタオルを乗せて、その上に私をそっと下ろした。
「じゃあ、クレアに拭いてもらおうっと!」
もちろん、本当に私の力で拭けるはずもないけれど、タオルごしにアルタイルのアッシュグレーの髪を優しく身体全体でハグするように押してみる。
「ごめん、やっぱり上手に拭けなかったわ」
「ありがとう、クレア。その君の優しさだけで、ぼくは十分幸せなんだ」
タオルの上にいた私をテーブルの上に移動させてから、アルタイルは再び髪をわしゃわしゃとタオルでこすり、水分を拭い取っている。
「そんなに慌てて駆けつけなくても、アルタイルがシャワーを浴びるまで待てるわよ?」
「うん、わかってる。でも、ぼくが少しでも早くクレアの元に行きたかったんだ」
アルタイルの真っ直ぐな言葉が、いつも私の心を温めてくれる。
使い終わったタオルを侍女に渡すと、私とのティータイムが始まった。
「ねぇ、今日は稽古の初日だったんだけどね。ぼく、剣の筋も魔法の素質も良いって騎士団長に褒められたんだ!」
アルタイルは初めての稽古でも緊張することなく楽しめたようで、いろんな話をしてくれる。
昨日、私を鳥から助けるために使ったのが魔法なのだろう。素質が良いのであれば、もっとすごい魔法を見せてくれるようになるのかもしれない。
「王太子殿下はね、ぼくより二歳年上なんだけれどこれからは彼と一緒に稽古して、お互い守りたい者を守れるようになりたいねって話をしたんだよ。もちろん、ぼくが一番守りたいのは、クレアだけどね!」
アルタイルからの話を聞いていると、このレクナ王国の王子は一人だけでヴィクトル王太子殿下八歳だけらしい。でも、ヴィクトル王太子殿下の三つ下にキアナ王女殿下がいらっしゃると教えてくれる。
「ヴィクトル王太子殿下の守りたいのは、このレクナ王国の平和なんだって。ぼくも平和って答えたら格好いいかもしれないけれど、王太子殿下には『ぼくが守りたいのはクレアです!』って言っちゃった」
「もう! そこは『ヴィクトル王太子殿下です!』って答えるのが正解なんじゃないかな~」
「あ! 確かに!! でも……ぼくの一番はクレアだから、嘘は言えないよ」
子供らしい受け答えをするアルタイルの笑顔をずっと見ていられたら、その言葉だけで十分幸せだよと心の中で伝えておく。
それからアルタイルは毎日、王城へ通い始め、稽古で疲れるのか夜は同じ寝室にいても寝台に潜るとすぐに寝息が聞こえるような生活が始まった。
アルタイルが、母親を失った寂しさを乗り越えて新しい目標に向かって進みだしたのを、私も精一杯応援したい。
アルタイルが明日も怪我することなく一日楽しめますようにと願い、彼の寝息を聞きながら私も眠りについた。
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