7 アルタイルの誓い
「クレア!!」
声の聞こえてきた眼下を見ると、私の異変に気が付いたアルタイルの真っ青な顔が見える。
するとアルタイルが両手をこちらに向けて、「当たれーー!!」と叫ぶ声が聞こえる。
私を助けようとしているようだ。
アルタイルの両手の中から生成された小さな石の飛礫が私を攫おうとしている鳥の横をかすめていくのが確認できる。いくつか通り抜けたものの残念ながら、鳥に命中することはなくアルタイルの身体がどんどん小さくなって遠ざかっていくのが見えた。
(あぁ、これで私、アルタイルとはもう二度と会えないのね……)
鳥の移動範囲は広いし、空を飛ぶ術を知らない私が逃げることができるかは難しいということにすぐ思い至る。
泣き出しそうな顔をして、必死に私の声を叫び続けるアルタイルの声がまだ聴こえてくる。
(お別れね。ごめんなさい、アルタイル……)
私が心の中でアルタイルにお別れを告げた瞬間。
「ギャッ」
鳥が小さな悲鳴を上げて、バランスを崩したかと思ったら円を描きながら急下降し始めた。
「キャーーーーー!!」
ジェットコースターのようにふわりと心臓が浮かんで落ちていく感覚に、恐怖で叫び声をあげる。
鳥の嘴が少し緩んでいるものの、飛ぶことができない私は抜け出せずに一緒に墜落するしかない。このまま落ちると地面に叩きつけられてしまう。そんな悲惨な姿を想像して最期を悟った。
回転しながら落下していくので目が回り、気を失いそうになる。
(最期に……一目……アルタイルの姿を……)
そう考えて、迫り来る地面を視界に捉えたと同時に、視界の端にアルタイルがすごい勢いで駆け寄ってくるのが見えた。
彼は、まだ私を救おうと諦めていなかったのだ。
「クレア!!」
名前を呼びながらアルタイルは、大きく地面に身体を滑り込ませて、さらに両手を前に突き出して鳥ごと私を受け止めてくれた。
「もう大丈夫だよ!! クレア!!」
こぼれる涙を拭うこともせずに必死の形相をしているアルタイルは、鳥の嘴に捕らえられたままの私を助け出そうと、嘴の中に指を突っ込んでグイっとこじ開けた。
身体の腹部に圧迫感が無くなり、やっと呼吸が楽になる。
「あり……が……と……」
「良かった! ごめんね! ぼくが目を離したせいで!!」
アルタイルは、両手に私を包み込んで何度も何度も泣きながら謝ってくれる。
こんなにも大事にしてくれる彼に感謝し、何か彼の為に私もできることはないのかしらと考えてみるけれど、まだ何も返してあげられていないと自覚して情けなくも感じた。
■■■
その日の午後。
私の傷の手当てが終わり、気分が落ち着いた頃だった。
アルタイルは、ソファの上に座り、彼の膝の上に向き合うように私をちょこんと座らせてくれた。
少し落ち込んだ表情をしながら、アルタイルは私に先ほどの救出劇を説明し始める。
「ぼくね、クレアが鳥に攫われたのを見て必死で助けようとしたんだ」
ポツリポツリと話すアルタイルの言葉を遮らないように、私は静かに頷く。
「習ったばかりの攻撃魔法を使ってみたんだけれど、一つも当たらなかったんだ」
私はてっきりアルタイルが放った小石が鳥に命中したのだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
「……ぼくの叫び声を聞いたお父様が、二階の書斎からぼくの姿とぼくが攻撃魔法を鳥に向かって放っているのを見て、クレアが攫われたと瞬時に理解してくれたんだ。それで、お父様が放った攻撃魔法が鳥に命中して……鳥が落下したの」
自分自身で助けられなかったことを悔やんでいるのか、下唇をかみしめて俯いたままだ。
そんなアルタイルの膝の上に置かれた手に私は立ち上がって歩いていき、彼の握りしめている手をそっとなでる。
「落ちる時も、怖い想いをさせてしまってごめんね。……でも、ぼくが両手で落ちてくるクレアを受け止められなかった時のことを考えると……すごく怖い」
小さな手をギュッと握り締めたまま、悪い結果にならなかったけれど、最悪の事態を想像して気分が落ち込んでいるのが傍から見ても辛そうだった。
「アルタイル。私を助けてくれて本当にありがとう。確かに落下していく時も怖かったけれど、私はそれよりもアルタイルと二度と会えないんじゃないかと思った時の方が、胸が締め付けられそうなほど辛かったの。だから、こうしてアルタイルの傍に再び戻ってくることができて……必死に助け出そうとしてくれたこと本当に感謝しているの」
私は、「うんしょ、うんしょ」と言いながら彼の服をよじ登ってアルタイルの肩の上まで辿りつき、ふわふわの頬に抱き着いた。
私が感謝の気持ちを伝えるなら、きちんと態度で示したい。
「アルタイル。あなたも私を助けるために地面に滑りこんだから、身体中、擦り傷ばかりにさせてしまったわね」
綺麗に着こなしている貴族服が破れて、泥だらけになってしまったのは私も知っている。
侍女たちが駆け寄ってきて、慌てふためいていたのを見ていたからだ。
「ぼくは……どれだけ傷だらけになったとしても、必ずクレアを助け出すって誓うよ」
アルタイルは右肩に乗っていた私にほほ笑みながら、私の手を取りそっと口づけをしてくれた。
「ぼくね。クレアを守るためにもっと強くなりたいと思ったんだ」
そう告げる彼の瞳には強い意志が宿ったように見えた。