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63 君なしでは 

 ベルガモット公爵家に戻って来た日の夜。


 私は、ドールハウスではない自室を見て、なんだか落ち着かなくてソワソワしてしまう。

 アルタイルの強い要望で、アルタイルの隣の空いていた部屋を私の部屋として割り振ってくれたらしい。

「もう二度と離れたたくない」「またオレがいない時に攫われると思うと眠れない」と言い張ったと侍女のマーサから教えてもらう。


 まだレクナ王国に戻ってきたという実感が沸かずに、夜遅くになっても寝付けない私はバルコニーに出てみた。


「わぁ、今日は満月なのね」


 ウィンザルト国の王城に閉じ込められている期間が長かったから、空を見上げることも満月を見たのもずっと前のことだ。月が明るすぎて、星は見えにくいけれどきっと新月になったら綺麗な星空が見られるのだろう。


 私がバルコニーの扉を開けた音が聞こえてのか、アルタイルもバルコニーに出て来てくれた。


「クレア、眠れないのかい?」

「うん。まだレクナ王国に戻ってきた実感が沸かなくて……寝て起きて、夢だったらどうしようと思うとなかなか眠れないの」

「そうか……」


 アルタイルは、羽織を持ってきてくれてそっと肩にかけてくれる。

 何も言わずに当たり前のように、私の身体を気遣ってくれる優しさに心がじんわりと温かくなる。


「アルタイルに、もう一度会えるなんて……無理だと思ってた」


 私は谷に落とされる時に、永遠の別れを覚悟した。

 助けに来てくれて、こうしてアルタイルが横にいることが未だに信じられない。


「もう、どこにも行かないで欲しい。解毒薬を飲んで……目覚めた時、君の笑顔を見られなかったあの失望感は二度と味わいたくない。でも、クレアが決断したことなら……オレのためにしてくれた行動なのだから、認めようと思っていたけれど、毎日毎日、強くなっていつか君を奪い返そうと思って過ごしていた。一日だってクレアのことを想わない日はなかったよ」


 私は、アルタイルの顔を見ると唇を強く引き結んでいる。当時の状況を彼も思い出したのだろう。


「アルタイル……急にいなくなって本当にごめんなさい」


 私は、アルタイルの両頬に両手で触れて謝罪をする。

 自分が目覚めた時に、愛していた人がいなくなっていて……手の届かない場所に行ってしまう……。彼の気持ちに触れてみたら、辛いことを強いてしまったと反省する。例え、彼を助ける方法がそれしかなかったのだとしても。


 アルタイルは首を横に振ると、そんなことはもう気にしなくていいと呟いた。

 すると、私の身体をギュッと抱きしめてくれる。


「頼むからもう勝手に目の前から消えないでくれ。クレアがいないのには耐えられない」


 彼の心音が伝わってくる。


「……クレア、十二歳の時に手紙にも書いたけれど、君のことをずっとずっと愛しているんだ……だから、今すぐに結婚はできないけれど……オレと婚約することを考えてはくれないだろうか」

「婚約……?」


 私が聞き返すとアルタイルの抱きしめる力が強くなる。


「アルタイルは……もう見てわかっていると思うけれど……私、背中に羽を切り取られた大きな傷があるのよ……治療しても傷は残るのよ」


 私は傷モノだと陰で囁かれ続けるのだろう。その状況にアルタイルは耐えられるのだろうか。


「オレはクレアが生きていてくれたら、それでいいんだ。傷があってもなくても愛していることには変わりない」


 アルタイルは、抱きしめていた手を緩めると私の顔を見る。


「だって……私、精霊なのよ……もう違うけれど……」

「精霊の君も大好きだし、精霊でなくなった君も大好きだよ。ほら、同じ大きさになったんだから……オレは強く抱きしめることができることができるようになった今の状況が、とても嬉しいんだ。握りつぶす心配をしなくてもいいだろう?」


「うふふふ。確かにそうね。私も、あなたの頬だけとか、髪だけじゃなくて全て身体丸ごとギュッと抱きしめることができるようになったしね」


 人間化の薬を飲んだことで、ひょっとしたらアルタイルと一緒にできることも増えるのかもしれない。


「アルタイル……私もずっとずっとあなたのことを想っていたの。……私も愛しているの……」


 私は大きな深呼吸をすると、アルタイルの顔を見て答える。


「どうか……私をあなたの傍に……これからもいさせてください。どうか私をあなたの婚約者にしてください」


 そう言い終えるとアルタイルは、瞳をわずかに揺らしながら唇を重ねてくれる。

 前よりももっと深く深く、貪るように。

 今までの会えなかった時間を埋めるようなキスを落としてくれる。


「ほら、クレア。鼻で息をして」


 上手く息が続かない私に、まだまだキスをしたいからとアドバイスをしてくれる。

 アルタイルは抱きしめる腕を緩めることなく、彼は満足するまでキスを止める気配はない。私も今までの想いが伝えられなかった時間を埋めるように、そして気持ちが伝わるようにと、彼にしがみついて彼のキスに応え続けた。

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