32 道中
私は城門で手を振り続けるランバートの姿が見えなくなると後ろ髪を引かれながらも、やるべき役割を考えて気持ちを切り替える。
最初の休憩を取った後のこと。
馬車の中で、隣に座っていてくれた護衛騎士が自己紹介を始める。
恐らく、私が感傷に浸る時間が終わって落ち着くのを待っていてくれたのだろう。
キアナ王女殿下の護衛騎士として顔見知りで、何度も会話をしたことがあったけれど彼の名前は知らないまま過ごしてきたのだとその時、初めて気がつく。
「クレア様、道中、何かございましたらお気軽にお申し付け下さい。私の名前はモルトと申します」
「うふふふ。ご丁寧にありがとうございます。道中、どうぞ宜しくお願いいたします。モルト様」
私は左に座るモルトを見上げて、笑顔で挨拶を交わす。でも、見上げたモルトの顔がひどく暗い表情をしているように思える。
私の感じていることを読み取ったのか、モルトはポツリポツリと話始めた。
「クレア様、私はあなたに謝罪する機会を探しておりました」
モルトは、思い詰めた顔をしたまま、居住まいを正して私に向き直る。
「キアナ王女殿下をお守りできなかったのは、我々の失態です。それなのにも関わらず、その失態の尻拭いをクレア様が取るという結果になってしまったこと、深くお詫び申し上げます」
モルトが頭を下げると綺麗な黒髪が下に流れるように落ちる。
(あぁ、王城パーティーで毒を仕込まれたから、事前に危険を予知して、不審者が入り込まないように阻止できなかったとご自分の職務に非があるとおっしゃっているのね)
「モルト様、どうぞ謝罪は不要です。どれだけ気をつけていても防げないことはありますから」
アルタイルだって、ザイン王子殿下の不穏な発言から何か起こるかもしれないと用心していたはずだ。それにも関わらず、毒を飲んでしまった。
巧妙に仕組まれた悪事を暴くのは、簡単にはできないし、今でもウィンザルト国の仕業だという証拠が出てきていない状態なのだ。
防ぎようがなかったとしか言わざるをえない。
私の言葉を静かに聞いていたモルトは、首を横にふる。
「もし、防げなかったとしても、精霊であるクレア様が我々の命を助けるために、あなた自身を犠牲にする必要はないのです」
「そうね。確かに見方によっては私は自分を犠牲にしているように見えるでしょうね。でもね、私はそんな風には考えていないの」
私は、自分の意思でアルタイルやキアナ王女殿下を救いたいと心の底から願っただけのこと。
「私はね、この国に生まれていろんな方と素敵な時間を過ごさせてもらったの。モルト、あなただってその1人よ。だから、大事な人の命が消えようとしている時に、私と交換することで解毒薬が手に入るなら、私は嬉しいのよ。だって、命を繋ぐ方法がまだ残っているのだもの。私は私にしかできないことをするだけだわ」
私は、この身を捧げることで救える大事な人がいるなら、それだけで満足しているのだと何回も説明をすると、やっとモルトは理解してくれたようだ。
「でも、私はずっとアルタイル様とご一緒のクレア様を見守って参りました。あなたを想い人と引き離してしまう事実は変わりません」
「ありがとう。うふふふ。私はつい先日まで自分自身の気持ちに気がついてすらいなかったのに、あなたはよく気がついたわね」
誰がどこからどうみても、アルタイルと私が種族を越えてお互いを想い合う間柄に見えていたのなら、嬉しいことだ。
「もう。いつまでも私の心配はしなくてもいいの。あなたたちはキアナ王女殿下の護衛騎士なのでしょう? でしたら、私の身を引き渡す時に確実に解毒薬を受け取り、急いでそれを持ち帰るという大事な使命が待っているのよ!」
私をウィンザルト国に送り届けるという護衛の仕事も大事だが、解毒薬を必ず持ち帰ってもらわないと、私の覚悟が報われない。
何としてでも間に合って欲しい。
「おっしゃる通りですね。キアナ王女殿下が床に伏している今、我々には王女殿下をお守りするという仕事はございません。だからこそ、クレア様の護衛を我々は志願したのです」
どうやら、彼らは志願をして私を安全に送り届けるという役目を買って出てくれたようだ。
確実に送り届けて、確実に解毒薬を持ち帰る。
それが彼らのやり遂げなければならない最重要任務なのだ。




