6
「駄目だなあ。この程度でかんしゃくを起こしちゃ」
井野が表情をゆるめて言った。
「……どういうこと……」
訳がわからず、隼人は目をしばたたいた。
「悪かったけども、ちょっと、テストというか、訓練をさせてもらったんだ。入社して最初はだいたい営業の仕事をやってもらうんだが、世の中には理不尽なことを言う人間がたくさんいるからね。面接のときに意地悪な質問や失礼な態度などをして、どう対処するか見るやり方もあるけれど、それを想定している学生もいるからさ。今回のようなかたちでやらせてもらったってわけだよ」
「……」
「つまり、内定を取り消したりはしない。助かったね。こっちもシミュレーションを行ってよかったよ。だけどいいか、身に染みてわかっただろうが、そんな短気を起こしちゃ絶対に駄目だ。社会人失格だぞ。特に最後のなんかは論外だ。もし実際の仕事の現場で今みたいな態度をとったら、そのときは本当にそれなりの処遇を受けることになるから、覚悟しなさいよ」
井野の顔には笑みが浮かんでいた。他の二人の男性社員も同様で、隼人が非礼を謝罪すれば一件落着というムードになった。
ところが。
「そんなの、ありっすか?」
低い声で、隼人はそう反抗的な言葉を発したのだった。
「ん?」
すっかり明るい表情になっていた井野の顔が、一気に険しいものへと変化した。
「圧迫面接からして、問題があるからやらないのが、今の世の中の常識なんじゃないすか? なのに……」
静かで控えめではあるが、不満なのが明確な声の調子だ。
「そうはいってもだねえ、現実の社会はそんなに甘くはない。むしろ親切でわざわざやってやったんだぞ、他の仕事の時間を割いて。それより、何だ、その語尾の『すか』という話し方は。なめてるのか?」
「もういいや。こんな会社、こっちから願い下げだ」
隼人は吐き捨てるように言い放つと、勢いよく振り返り、入ってきたドア目指して歩きだした。
「ちょっと待て!」
その井野の強い声で、隼人は足を止めた。
「いいのか? 大学に迷惑がかかるぞ。それがどういうことかわかっているのか?」
「構いませんよ、別にどうなったって」
隼人は向きを変えずにそれだけしゃべると、また歩を進めた。
「くっ……。待ちたまえ!」
慌てた井野は再び引き止めたが、隼人は無視してドアノブに手をかけた。
「わかった! うちに入社するのを本気でやめたいのならば、好きにするがいい。だけど、ネットに悪く書くのだけはよしてくれよ」
井野は、最後の箇所は柔らかく懇願する感じで言った。
隼人は顔だけを井野のほうへ向けた。同時に視野に入った他の社員二人は、学生が逆上した場合のボディガード的な役割が大きかったが、隼人が暴力を振るおうとするまでは手出ししない様子なのと、井野が制してもいたために、じっとしていた。ただ、その表情は苦虫を噛み潰したようになっている。
「てめえらと一緒にすんじゃねえよ、ボケが」
隼人のその言葉で、井野は頭に血が昇ったけれど、我慢して言い返さず、三人ともに何もすることはなかった。
そして隼人は部屋を出て、そのまま会社を後にした。