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八幡とのやりとりから一カ月近くが経ったある日のこと、隼人は内定している会社に急に呼びだされた。
いったい何だろうか? 話は社内で直に行うとのことで、簡単な説明もしてもらえなかった。どうにも悪い予感しかしなかったけれど、仕方がない。彼はあれこれ考え過ぎないように努めた。
電車で移動して、都心にある立派な自社ビルに到着し、指示されたドアをノックして中へ入ると、そこはほぼ机と椅子だけの小さい会議室のような部屋で、待っていた井野という男性が隼人を迎えた。
「やあ」
四十代半ばで人事部の井野とは、これまで面接などで何度も顔を合わせていた。メガネをかけており、いつも落ち着いていて紳士的だったが、隼人は神経質そうな印象を抱いて、あまり好きにはなれなかった。また、井野よりも若い、別の男の社員二人も、少し離れる格好で同席していた。
「どういったご用件でしょうか?」
隼人は井野に尋ねた。
「これはどういうことかな?」
テーブルに置かれたノートパソコンを見せられ、その画面に映しだされていた文章を読むと、隼人を中傷する内容であった。
彼はすぐに、それが八幡による書き込みだとわかった。
「目を通す限り、これを記した人物は、どこかで耳にしたいいかげんな情報などではなく、ちゃんときみのことを知っていて、事実を書いているように感じられるけれども」
変わらず冷静な井野に対して、隼人も動揺することなく答えた。
「はい。おそらくあいつによるものだろうという、思い当たる人間はいます。しかし、彼にはちょっとしたトラブルから逆恨みされておりまして、すべてデマではないものの、悪く脚色されている部分が相当あります。誓って、会社にご迷惑がかかるようなことは、私はやっておりません」
「逆恨みねえ。ふーん……」
井野はため息をつくように軽く息を吐いた。
「きみの言い分のほうが妥当だとしても、セクハラやパワハラもだが、相手がどう思うかが重要だからねえ。こんなにもひどく書かれてしまうようなコを、我が社に迎え入れるのは難しいなあ」
彼の態度は落ち着き払ったままだが、口調が意地悪で突き放した感じになり、寒気がするくらい冷たい顔の表情といい、続けざまに内定の取り消しまで言い渡しそうな雰囲気がビンビン伝わってきた。
「まっ、待ってください」
隼人は焦った。
「今どきインターネットに悪い内容のものをまったく書かれていない人なんていませんよ。こちらの会社への不当な批判や悪口だって、探せば一つや二つどころじゃなく出てくるんじゃないですか?」
「だからさ、これを書いた人物がきみの知り合いだとはっきりわかるところが、信憑性を帯びて問題だって言ってるんだよ。この記されていることを否定する、根拠となるものとかはあるのかい?」
「そんな。でたらめを書かれて、向こうもその根拠となる材料を提示していないのに、こちらが嘘だと証明できるものなんてありません」
「困ったねえ。どうするんだい? うちに入社できなくなっちゃうけど」
「ちょっ……ふざけんな! 無茶苦茶だろ!」
隼人は思わず声を張り上げて、そう口にした。
「はい、ストップ」
パンッと、井野が一回手を叩いた。
「え?」
まるでドラマの撮影でNGが出て止められたようになり、隼人は唖然とした。