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東京の、二十三区に近い、西部。どの方向に目を移しても一面緑といった具合に自然豊かで、首都であるという印象はかけらも持つことができない郊外。隼人は週の半分以上、その地域で場違いな感じでそびえ立つ、巨大で立派な建物群の中へ入っていく。
前の場面からおよそ六年の月日が流れ、隼人は大学生になった。途中で奈穂子のあの助言があったけれど、入試を考えてやめることはせず、中学校入学当初から学校の勉強に心血を注いだ甲斐あって、超一流とまではいかないが、他の受験生の多くからうらやましがられるレベルの有名な大学に合格したのだった。
その後、さらに数年が経過して、就職活動が始まると、染みついた努力と、少しずつ身につけた要領の良さや問題への対応力などによって、何社からも内定を得ることに成功し、そのうちの一社にお世話になる意思を伝えた。そこもまたトップクラスと言えるほどではないものの、名前を聞けば誰もがよくやったと祝福してくれるくらい世間に知られた大企業であった。
そうして隼人の大学時代は本人さえもうまくいき過ぎじゃないかと思ってしまうほどに順風満帆で、少なくなってきた残りの期間も平穏無事な日々が待っているとしか予想することはできなかったのだが……。
「おい、どういうつもりだよ?」
大学の午前の短い休憩時間に、その廊下で、八幡という、隼人と同学年で知人の男子学生が、彼に詰め寄って言った。
八幡は隼人より若干背が低く、ケンカが格別強そうなタイプではなかったが、怒りによって元々鋭い目をさらに尖らせるなど怖い顔をしていた。それに対して隼人は、恐れるでも対抗するでもなく、相手の調子に合わせまいといった様子で冷静に返事をした。
「美幸にはずっと前に一度告白されて、ちゃんと丁寧に断ったんだよ。なのに、丁寧過ぎたせいか、頑張ればまだ脈はあるとでも思ったみたいでさ。その後も態度が積極的だったから、その気が失せるように敢えてきつく出たんだ。可能性がある感じにしているほうが、残酷だし、失礼だろ? だから、あのコのためにそうしたってわけ」
「だとしても、もっと言い方とかあったんじゃねえのか? トラウマになって、恋愛ができなくなったりしたらどうすんだよ!」
八幡は利き腕の右手で、隼人の左の肩を小突いた。
「チッ」
舌打ちをした隼人は、八幡に負けじと強気な形相に変わった。
「ふざけんなよ。こっちのほうが長いこと迷惑してたのに、なんで文句を言われなきゃならねえんだ。お前、あいつのこと好きなんだろ? チャンスじゃねえか。今、優しくすりゃ、付き合えるかもしんねえぞ」
「やっぱりそうか」
八幡は軽くうなずきながらつぶやいた。
「お前って、そういう奴なんだよな。普段、善人っぽく振る舞ってるけど、腹黒くて計算高いっていうかよ。いつだったか和香が言ってたぜ。『柴崎は裏の顔がありそうで、ちょっと怖い』ってな」
その言葉で、隼人はなお一層カチンときた。
「何だよ。誰だって多少は裏表くらいあんだろうが」
「お前のはひどくて、タチが悪そうってんだよ」
「ふざけんな! 何にも知らねえくせして、俺のことをわかったふうな口を利きやがって。もうお前なんかとは関わんねえから、今後一切話しかけてきたりすんなよ!」
そして隼人は足早にその場から立ち去っていったのだった。