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「悪かった。あんなことをしたら、後でお前がまたきつい言葉をぶつけられたりしちゃうよな」
隼人と理の二人はいつも会っている公園で足を止めた。そして、そこに着いてすぐ隼人が言った。
どんより曇った空は、二人の心模様を映しだしているかのようだった。小さい公園でひとけがなく、何らかの邪魔が入りづらいというのも、顔を合わせる場所をそこにした理由であり、そのときも誰もいなかった。
頭を冷やして反省している様子の隼人を目にし、理も興奮気味だった気持ちを落ち着かせて、話しだした。
「もしそうなっちゃっても、もう慣れっこだから気にしなくていいよ。それよりも、柴崎くんがまた僕のために、それもあんなにも強い調子でかばってくれて、嬉しかったよ。昔は常に冷静だったのにね。ただ、お母さんのこともわかってほしいというか、あの人、いわゆるホステスをやっていて、僕に詳しく話してくれないからよくはわからないんだけど、自分の父親、つまり僕のおじいちゃんが、多額の借金をつくったらしくて、生きていくためにしょうがなくその仕事を始めたみたいなんだ。お酒に強い体質じゃないのに飲まなきゃいけなかったり、多分長い間にいろいろ苦労もあって、体調があまり良くないようだしさ。そうまでして一生懸命働いて、苦しいところから人並みの生活レベルまでもっていったのに、僕がその積み上げたものを壊して、また貧乏へ引きずり落とすような状態だから、我慢ならないんだと思う」
「……そうか」
隼人は視線を落とし、少しの時間口を閉ざした。
「俺、謝ってくるよ」
「いいよ」
理の家へ再び向かおうとした隼人を、理は止めた。
「他人の謝罪を素直に受け入れる性格の人じゃないし、火に油を注ぐことになりかねないんだ。僕がなんとかするからさ」
「……本当に悪かった」
他に口にする言葉も、やることも思いつかず、隼人はそう言って深く頭を下げた。
「いいって、いいって」
理は隼人を安心させるために笑顔を見せ、姿勢を元に戻させた。
「言ったでしょ。こういったことには慣れっこだし、それに親子だから大丈夫。変に責任を感じて、もう僕と会わないなんて言いださないでよ。そっちのほうが僕、断然嫌なんだからさ」
「……ああ。わかった」
隼人は理の気持ちに応えて、しっかりとうなずいた。
その日も、隼人は帰り道を歩きながら考えを巡らせた。
大部分はなんといっても理の母親のことだった。いじめられるつらい毎日の理に対して少しも守ってやらなかったにもかかわらず今頃になって、それも厳しい態度で、干渉をし、差別するつもりはないけれど褒められる仕事でもないであろう水商売をやっていて、理が苦しむ諸悪の根源くらいに思っていたものが、実は自分と同じく、生きていくためという意志のもと奮闘していたとは。
それから、とはいえ母に悪い感情をまったく抱いている様子のない、理の優しさに感服した。思い返せば、自分をいじめた生徒を誰一人としてけなすような言葉を、当時も今も、聞いたことがなかった。ただ駿太に似ているだけでなく、そんな性格の良い、人間性の素晴らしさを感じていたからこそ、自らにとって大きな存在になっていたんだなと隼人は自覚した。
また、理の母との絡みでこう頭に浮かんだ。
うちの親父も、俺たちの面倒を見るために、本人なりに必死に働いてはいたんだよな。その気になれば母さんが死んだ時点で、俺たちを養育するのを放棄することだってできただろうし。
「俺は悪くない。悪いのは、どれだけ頑張っても力がない奴は報われないようになっている、この世の中だ」みたいなことを言ってたな。当時は何をほざいてやがるんだとしか思わなかったけど……。
新聞で、貧困や格差を引き起こす、社会の構造上の問題を指摘する記事を読んだり、高校からやっているアルバイトや、就職前に励んだインターンなど、同世代のなかでは社会経験が豊富で、その大変さや理不尽さを身をもって知った隼人は、暴力を振るった父親をいまだに許しはしていないものの、同情の気持ちもわくようになっていたのだった。
そして隼人は、自分の父や理の母のような人間をつくり、駿太や理のように苦しむ子どもを生みだす社会に、一泡吹かせるようなことをやってやりたい気持ちが膨れ上がっていった。
しかし、例えば犯罪などを行ったところで何も変わりはしないとわかっていたし、そんなことをすれば、自殺した場合同様、あるいはそれ以上に、理を傷つけ、何かしらの好ましくない行動を誘発してしまうかもしれない。
ゆえに、ひたすら負の感情を抑え込む日々を、当分の間送ったのであった。




