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人見知りラヴ  作者: しいな ここみ


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3/3

後編

 ──好きなひとができるとさ、強くなれるんだよ。


 そう言って、彼は少しはにかむように微笑んだ。


 人さし指から伝わってくる彼の体温が、じんわりとあたしの心まで溶かしていくみたいだった。


「高校に入ったら、絶対に自分を変えようって決めてたんだ」

 彼は握ったあたしの指先を見つめたまま、ぽつりぽつりと話しだした。

「中学のときはさ、本当に人見知りで、誰の名前も呼べなくて、ずっと話しかけられるのを待ってるだけの情けない奴だったから。……でも、入学式の日にね、見つけちゃったんだ。廊下の隅っこで、今にも泣きそうな顔をしてうつむいてる、俺とそっくりな女の子を」


 あたしはただ、黙って聞いていた。

『それって……あたし?』なんて、うぬぼれたことは口にはできずに──彼の話の続きを、待った。


「そのとき思ったんだよね。ここで俺がいつものように縮こまっていたら、あの子はずっとあのままだ。あのひとを笑顔にできるのは、きっと、同じ痛みがわかる俺しかいないって。だから、心臓が口から飛び出すぐらい緊張したけど……柄にもなくチャラいナンパ男のフリをして、話しかけたんだよ」


 彼はそう言って、あはは、と照れくさそうに頭をかいた。

 あの「はじめまして」のときの、緊張感ゼロに見えた綺麗な発音──

 あれは彼が、あたしのために命がけで振り絞った、精一杯の『勇気』だったんだ。


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


 ずっとグイグイ引っ張ってくれていると思っていた。でも違った。彼はあたしを引っ張るために、必死で一歩前を歩いてくれていただけだったんだ。


 アイスクリームを奢る代わりに「彼女になって」と言いかけてやめたのも、彼が人一倍、相手の気持ちを思いやる優しい人見知りだからだ。物で釣るような真似はしたくないって、そう思ったからに違いない。


 そんな彼の優しさに、あたしはずっと甘えてばかりいた。

 恥ずかしいからって、不機嫌な顔をして、そっぽを向いて。

 ……このままじゃ、だめだ。

 彼がこんなに強くなってくれたなら。

 あたしも、一歩だけでいいから、前に進みたい。


 あたしは、彼に握られている人さし指に、ぎゅっと力を込めた。

 驚いたように、彼がこちらを見る。

 前髪のすき間から、まっすぐに彼の目を見つめた。

 心臓がバクバクと太鼓のように鳴っている。顔が火事になりそうなほど熱い。だけど、絶対に目をそらさなかった。


「……あたしも」

 声が震えた。

「あたしも……強くなる」


「え?」


 あたしは深く息を吸い込んで、ずっと鏡の前でしか言えなかった、世界で一番大好きなその名前を、彼の胸のバレーボールに向かって叫ぶように口にした。


「──蹴斗《しゅうと》くん!」


 彼はまるで魔法にかけられたように、目を見瞠《みひら》いて、完全に固まってしまった。


「あたし、不器用だし、愛想もないし、すぐうつむいちゃうけど……っ。蹴斗くんが大好きです! 友達じゃなくて、……蹴斗くんの、彼女にしてください!」


 言い切ると同時に、恥ずかしさが限界を迎えて、あたしは彼の胸に勢いよく頭をうずめた。

 ドスン、と鈍い音がして、彼の大きな白いTシャツに顔がめり込む。


 沈黙が流れた。


 やばい、勢いがあまって頭突きみたいになっちゃった。怒らせたかな。やっぱり迷惑だったかな。

 不安になって顔を上げようとした瞬間──

 おおきな、あたたかい両腕が、あたしの背中をそっと包み込んだ。


「……反則だよ、モヨちゃん」

 頭の上から聞こえた彼の声は、今までで一番震えていて、そして、一番嬉しそうだった。

 耳をすますと、あたしの背中に触れている彼の胸からも、あたしと同じくらい、いや、それ以上に激しい心臓の音がドクドクと響いてくる。

「名前、呼んでくれた……。すっごいドキドキした……」


「あたしも……心臓止まりそう」


「あはは、お揃いだね」


 彼が腕の力を少しだけ強めて、あたしを優しく抱きしめる。


 しばらく二人とも、何も言わなかった。

 初夏の暑さに汗びっしょりで、不快なはずなのに、ここにこうしているだけで、すべてが心地よかった。


 振り注ぐセミの声が、ふいに止んだ。

 思い出したように、蹴斗が言った。


「じゃあ、決まり。今年の夏祭りは、俺の『彼女』として、一緒に行こうね」


 彼の胸の中で、あたしは何度も、何度もうなずいた。


 もうすぐ、本格的な夏がやってくる。

 人見知りなあたしたちの、不器用で、だけど誰よりも一生懸命な恋。

 二人で手をつないで、駆け込んでいく季節が、すぐそこまで来ていた。





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― 新着の感想 ―
同じ境遇だった二人が、勇気を振り絞って自分を変えていく素敵なお話でした。 完結おめでとうございます!
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