中編
夏祭りが近づく頃には大好きになっていた。
「蹴斗が……好き!」
鏡の前ではそう言えた。
でも彼の前では相変わらず名前も呼べなくて──
一緒の帰り道、公園に自転車を並べて停めて、楽しくお喋りした。
彼が言う。
「今度またお揃いの服、買いに行こうよ。夏祭りに着ていくやつ。今度は俺が選びたい」
「あっ、それなら今度はあたしがお金、出すから」
「いーよ、いーよ。奢らせて。その代わり……」
「え?」
「……いや、なんでもない」
「この間もそれ、言いかけてやめたよね? 何? 聞かせてよ」
すると彼は顔を真っ赤にして、横を向きながら、聞かせてくれた。
「奢る代わりに、友達じゃなく、彼女になってって……言おうとしたけど、なんか卑怯だなって思って……」
あたしはもう彼の彼女のつもりだった。
でも……そうか。あたしは自分の気持ちを何も伝えてない。
彼はいつもあたしに『大好き』って言ってくれるけど、そのたびにあたしは顔を赤くして、そっぽを向いて、不機嫌にも見えるような、怒ったみたいな顔をするだけだ。
恥ずかしいからそんな顔になるだけなのに──
「蹴斗……」と言おうとして、言えなくて、だから彼の腕を、人さし指でちょんちょんとつついた。
「ん? 何?」
にこっと笑う音を立てて、彼が聞く。
あたしはありったけの勇気を振り絞って、それを口にした。
「あの……。中学時代は大人しくて、あたしみたいな性格だったって……同じ中学だった子から人づてに聞いたよ? ……なんで、そんなに、性格変わったの?」
不機嫌になられるかと思った。
人には触れてほしくない過去とかあるものだから、それに触れてしまって、嫌われてしまうかもしれないと思った。
でも彼はなんともないようににっこりと笑って、あたしが彼を指さしたままの人さし指を握って、言った。
「好きなひとができるとさ、強くなれるんだよ」