上
白いエリカは幸福で紫のエリカは孤独。
黒いエリカは裏切りでこの世界は花で満ちている。
「この世界では告白する時に花束を渡す習慣があるの。」
「へ〜ロマンチックだね!ママもパパからもらったの?」
「えぇもらったわよ。」
ママは花瓶に活けられたチューリップとガーベラを見て微笑んだ。
「昨日さ〜A君から花束貰ってさ〜!」
「え?!告白されたのいいな羨ましいよぉ。」
告白する時に花束を渡す。
だから花束をもらった=告白されたということだ。
くだらないな。
恋愛に興味がない私には一生縁がない話だと中学生ながらに思っていた。
「絵里香!またつまらなそうな顔してどうしたのよ?」
「別に。」
「顔あの子たちの方に向けて睨みながら何も無いなんてないでしょ〜。あもしかして嫉妬?告白されるの羨ましいよね〜。」
「恋愛なんてくだらない。花束とか意味わからないでしょ?メルヘンだよね。」
「え〜?私はいいなーって思うよ?だって自分の思いが具現化したものが花束って超ロマンチック!」
紫色の髪飾りをいじりながら私は言った。
「誰かを好きになるなんて私にはわからない。」
中学を卒業し、高校に入ってからもそれは変わらなかった。
仲良い友達が告白されて幸せそうでも私には関係ないのだ。
『恋愛なんてくだらない。ましてや結婚なんて。』
父親のモラハラに毎日耐え、母親の浮気は見ないふり
ストレスから手首に線ができたりできなかったりとそんな家庭不和で病んだ私は高校生にしてひねくれた恋愛観を持っていた。
『幸せな恋愛は幻想まやかし』
友達の恋愛を表では祝福し、裏では鼻で笑うそんな汚いエリカは高校を卒業し、音楽の専門学校へ進んだ。
専門学校に行った理由は簡単だ。
当時歌い手が好きだった私(今でも好きだが)はミックスやレコーディングの話を聞くうちに自分でやりたくなったのだ。
曲を作れるほどの独創性は小学生、いや幼稚園に置いてきたのだからできてミックスだろう。
そして大学を強要する父親や父方の親戚への些細な反抗だ。
まぁさすがに入学祝いもなしに「あんたは大学に行ってくれると思ったのに。」という恨み言を祖父母から頂いた時は悲しくなった。
まぁそれによって嫌いな父親とはずっと口も聞いてないし、祖父母宅へも帰っていない。高校から続いていた流行病のおかげもあるが。
ともかく入学した私は持ち前の愛嬌で友達をつくった。先生にも気に入られて真面目にレコーディングエンジニア、ミックスエンジニアを目指した。
レコーディングは意外とチームでやるものが多い、教え合いや協力していく中でイツメンとも呼べる程の子が出来た。
蘭と蓮だ。
まぁそもそもは蘭が蓮のことを好きになったため私がその恋の手伝いをするということからだが。
「蘭は蓮のどこが好きなの?」
18にもなって恋愛経験がない私は疑問に思い聞いてみた。
「えーなんて言うんだろう……。顔もそうなんだけどなんか優しいし、よく喋ってくれるところとか?」
「へ〜そうなんだ。」
私のクラスは24人中16人が女子というとんでもない女子社会だ。
その中である程度の顔があり女子と仲良くできる人間である蓮は確かに魅力的かもしれない。マスクしてるからこの下は知らないけど。とこの時は思っていた。
「蓮!蘭たちと今度ある実技テストの練習するんだけど来ない?」
「お邪魔していいの?行くわ。」
「どうぞ〜蘭が教えて欲しいって言ってたよ。」
「蘭、蓮も来るってさ。」
「ありがとう(泣)」
これが7月までの日常だった。
「近くにアイス屋さん出来たらしいけど蘭行く?」
「めっちゃ気になる!」
「そんなソワソワしなくても蓮も誘うよ。」
「ほんとに絵里香って神!」
なんて青春みたいな会話もしていた。
3人グループが苦手+2人をくっつけるという孤独なミッションに耐えかねて陽葵という年上の友達を連れて4人で食べに行った。
その時の写真も未だにあるが記憶自体はあまりない。
陽葵が疲れ果てて酔っ払いみたいなテンションだったから介抱しつつ蘭と蓮を2人にしていた気がする。
蓮を呼ぶ口実にしていたテストも終わり前期の授業が終わった頃その生活も終わりを告げた。
蘭は学校から近い飲食店でバイトをしていたため夏休みにライブの遠征(同じグループを推していた)の計画と蓮との近況を聞くために行ってみた。
「蘭〜来たよ〜。タイ料理って初めてなんだけど何がおすすめ?」
「わ〜ありがとう!カオマンガイとかかな?」
「じゃあそれで!」
「遠征ね〜蘭のホテルの希望とかある?」
「なるべく安い以外ないかな?」
「OK。まぁ私も同じだけど。」
交通手段、ホテル、日程、やりたいこと……
話し出すとキリがない。
コトリ。
「はい。カオマンガイお待ちどうね。」
にこやかに笑った店主らしき人がカオマンガイを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
美味しかった記憶がある。
食べ始めたタイミングで話を切り替えた。
「蓮とは最近どうなの?この間水族館行くって言ってたよね?」
「あーうん。行ってきたけどもう蓮くんのことは諦めようかなって……。」
「え?」
「ほらもう8月じゃん?3ヶ月くらいアプローチしてるけどなんの進展もないから脈ナシかなって思ってさ。」
「あー。」
確かに周りに好きバレしてるほどのアプローチなのに蓮は特に何も聞いてきたり何か行動を起こしたりしていなかった。
「なんか、ごめん。」
絞り出した言葉で気まずい空気が流れた。
「全然……むしろたくさん協力してくれてありがとう。絵里香。」
その時の彼女はどんな顔をしていたのだろうか。
寂しそうだったかもしれない、悲しそうだったかもしれない、吹っ切れた顔をしていたかもしれない。
でも彼女は本当に彼のことが好きだったことは覚えている。
あんまり興味持てないと言った機材やテストの自習まで彼と同じラインに立つために頑張っていたのだから。
『彼女が告白まで踏み切れば花束は彼女のもとに生まれたのだろうか。』
そんなことを考えていた。
そんな蘭は今推しにガチ恋している。
そんな蘭と私は一緒にコラボカフェに行ったり、ライブの話をするなど交流はずっと続いている。
蘭が蓮を諦めたことによって私も自然に蓮と連絡を取らなくなった。取る必要がなくなったが正しいかもしれない。
そこからは特に何も無く過ごした。
遠征に行ったり、学内のイベント、ミックスの課題など充実しつつも恋愛からは本当にかけ離れた生活だ。
もちろんクラスの女子が花束を抱えて笑っている投稿やストーリーズも見たが相変わらず恋愛なんてと思っていた。
後期。学園祭の季節になった。
学校では普通に蓮とも話していた。
彼は学園祭でチーフをしていたから弱ったりしんどそうな姿を見せることが多くなった。
近くでそれを見ていた私は話を聞いたり一緒に散歩したりした。
少しずつ距離が縮まっていることは鈍感な私でも分かった。
『このまま付き合ったらどうする?』
どうしようか。私は付き合う必要性をあまり感じていない。
関係が始まればその終わりももちろんある。
まだこの先1年半ある学校生活を面倒なものにしたくない。
でも1人ぐらい彼氏がいた方がいい気がするとも思った。
メッセージのやり取りも増えたし、ゲームを一緒にしたり電話をしたり……付き合うことを少しずつ考えはじめていた頃だった。
「絵里香のことが好き。」
彼の手には薔薇とミモザがあった。
たくさんの薔薇の中に1本だけのミモザ。
「……はい。」
ミモザに違和感を感じたものの私は受け入れた。
別に蓮のことは嫌いでもないしなにより楽しかったから。
私はその日の帰りに白いバレッタを買い、貰った花は綺麗に飾った。
『ミモザの花言葉は秘密の恋』
花束の花言葉はその恋の行く末と同じと言っても過言では無い。
だからバラのような愛も感じた。
でも彼は私のことを周囲に言うことはなかった。
最初は2人だけの秘密に1人で舞い上がったりもした。
学校終わりにみんな居なくなってから会ったりした。
キスもした。お互いの弱い部分も見せあった。
クリスマスにはライブも2人で行った。
プレゼントももちろん交換した。
……これ以上の思い出が出てこない。
そう彼は休みの日でもデートなんてしてくれなかった。
バイトがあるからミックスしなきゃいけないから、スタジオ行くから……
外に遊びに行ったのなんてライブぐらいかもしれない。
私をつなぎ止めていたのは彼が私の首に残す噛み跡の赤と痛みだけだった。
薔薇のような赤に何度私は身を焦がしたのだろう。
同じ教室にいるのにデートの予定の話ができない。
そして私と付き合い始めても女子と関わるのをやめなかった。
でも言えるわけないからずっと我慢してきた。
極めつけは特定の女と帰ってた。
醜い嫉妬?いや言い訳させて欲しい。
私たちは変える方向が逆。そしてその女と蓮は同じ方向。
電車で帰るならわかる。でも歩いて帰ってたんだ。
15分の距離なんかじゃない2時間30分の道のりを。
ねぇその10kmの間に私の顔は浮かびましたか?
浮かばないから何回もしたんですよね。
日に日に少なくなったやり取りを見て私は惨めになった。
女があげたストーリーを見た日に私は白いバレッタを汚してしまった。
数々の匂わせ投稿や学校での振る舞い、そして私に対する態度を見て終わりを見始めたのは付き合ってからたったの2ヶ月の時だった。
何度も1人で待った寒い自習の部屋。
かかってこない電話。
私から始まって終わる続かないメッセージ。
この2ヶ月間でもともとメンヘラ気味だった私のメンタルは崩壊の一途を辿った。
今考えて見ればあれがメンヘラ製造機と言うのだろう。
『都合のいい女』
成り下がりたくなかったななんて思いながらも彼の誕プレを選ぶ私は彼からしたら滑稽だっただろう。
お気に入りのお店の季節限定のチョコを買った。
1400円の愛だった。安い愛だ。今では思う。
結論から言おう。
『彼の誕生日が別れた日』
その日私は振られた。
朝渡した誕プレ返してと言いかけた。
よりによって彼の誕生日に振られるなんて。
彼が並べる意味不明な理由を聞きながら「バレンタインは安く済むわね」と思っていた。
別れた理由は今でもよく分かっていない。
甘えてしまうとか1人で頑張らなきゃとか言ってた気がする。
でも一言心に刺さった言葉があった。
『甘えられれば誰でも良かった』
やっぱり都合のいい女だった。
投げ捨てたバレッタは黒い水底に沈んだ。
ふと帰って目を向ける
飾られた花達はいつの間にか枯れ果てていた。
次の日目を腫らした私を見て彼はどう思ったのだろう。